イラク攻撃特報
 

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おことわり

大統領が「戦闘終結」を公式に宣言したので、5/2 付の記事をもって「イラク攻撃特報」の更新は終わります。以降のイラク関連ニュースは、アフガニスタンと同様、「米軍短信」で扱います。


President Bush Proclaims End to Major Combat Ops in Iraq (DoDNews, 2003/5/2)
米海軍の空母 USS Abraham Lincoln に降り立った George Bush 大統領は、イラクにおける主要な戦闘行動が終結した、と宣言した。「我々は世界の平和と自由のために戦った。成し遂げたものを誇りに思うべきだ」と大統領は演説している。また、米軍とともに戦闘行動に加わった、イギリス、オーストラリア、ポーランドに謝意を表明し、すべての米軍関係者に対しても「アメリカは偉大な仕事をやってのけた」と称賛した。また、今回の戦争が従来と違い、民間の非戦闘員に少ない被害しか及ぼさなかった点を指摘している。

Rumsfeld: We Can't Know How Many Troops Needed In Iraq (DoDNews, 2003/5/2)
Donald Rumsfeld 国防長官は訪問先のロンドンで、イラクの治安維持に必要な米英軍の戦力について、長期的にも短期的にもはっきりしない、と述べた。国防長官は、ペルシア湾岸とアフガニスタンを巡る一週間の旅程の帰途にロンドンに立ち寄ったもので、イギリスの Geoffrey Hoon 国防相と会談している。
また、国防長官は、イラクの再建に関して国連が、どの任務を担当するかを決めるための協議に参加してもらいたいと表明している。
イラクはまだ完全に安全な状態とはいえず、北部の Fallujah では 5/1 にもイラク人による米軍への攻撃があり、米兵 7 名が負傷している。また、1 ダースほどの銃撃戦も発生した。

Kevlar-Clad Crowd Congratulated by Chief (DoDNews, 2003/4/30)
Baghdad を訪問した Rumsfeld 国防長官は、"バグダッド国際空港" で米陸軍や米海兵隊の兵士を相手にミーティングを開き、"ケブラーの群れ" に向かって、彼らの活躍ぶりを称揚し、ひとつの国家と国民を救ったのだ、と語った。そして、兵士たちが成し遂げたことに誇りを持つように、としている。
現在、"バグダッド国際空港" には米陸軍第 3 歩兵師団の司令部が置かれており、輸送機やヘリコプターが発着する一方で、工兵が滑走路の穴を補修する作業を進めている。同師団を指揮する Buford Blount 少将は、依然として市内では安全確保のためのチャレンジが続いており、前政権の残党探しが実施されていると語っている。

Mr. Rumsfeld Goes to Baghdad (DoDNews, 2003/4/30)
Donald H. Rumsfeld が、第 919 特殊作戦航空団に所属する MC-130 で Baghdad 入りしたことは、"Operation Iraqi Freedom" における特殊作戦部隊の活躍を象徴する出来事となった。長官はクウェートから Basra に入り、さらに Baghdad に飛来したもの。そして、「今回の勝利はイラクの人々にとってだけでなく、周辺地域や世界にとっても重要なものだ、と語った。
それに先立ち、長官は Basra の空港で、英陸軍第 1 機甲師団長の Robin V. Brims 少将から戦争の状況に関する説明を受けた。同少将は、連合軍兵士の戦いぶりについて「見込みどおりによく働いてくれた」としており、米軍は「ファンタスティックな能力」を発揮したと長官に語っている。また Baghdad の Abu Gharib 宮殿で会談やテレビ録画をこなしたが、録画された番組は米空軍の EC-130 コマンドソロを使って放送されることになっている。その後、復旧作業中の発電所や水道施設も視察した。

Iraqi Lawyer Who Led U.S. Marines Granted Asylum in U.S. (DoDNews, 2003/4/30)
Jessica Lynch 上等兵救出の際、海兵隊員を現地に誘導したイラク人弁護士、Mohammed Odeh al Rehaief 氏が、家族とともにアメリカへの亡命を認められた。これは、国土安全保障長官の Tom Ridge 氏が 29 日に発表したもので、すでに Rehaief 氏はアメリカで安全に過ごしている。
救出の前、Rehaief 氏は最初に海兵隊員に Lynch 上等兵の所在について知らせただけでなく、その後も病院と米軍の間を行き来して、情報を伝えていた。この行動について、Ridge 長官は「偉大な勇気の発露」と称讃している。

Saudi Base to Close, Ops Center Moves to Qatar (DoDNews, 2003/4/29)
米国防総省の関係者は、イラク戦争の最盛期には 200 機の米空軍機が駐留していたサウジアラビアの Prince Sultan 空軍基地から、すべての米軍機を 8 月までに撤収する、と表明した。また、同基地に設置されている CAOC (Combined Air Operations Center) はモスボール状態にされる。
これは、アメリカの Rumsfeld 国防長官とサウジアラビアの bin Sultan 国防相が会談して決まったもので、現地の情勢が安全なものになったことの反映とされる。ただし、この基地撤収が、アメリカとサウジアラビアの関係の終わりを告げるものではない、と念を押しており、今後も同基地が演習などで、一時的に使用されることはあるとしている。
28 日以降、CENTCOM の航空作戦の指揮は、カタールにある Al Udeid 基地から行われている。

5th Fleet Commander Says Goodbye to Kitty Hawk Sailors (NavNews, 2003/4/29)
現在、帰国準備中の USS Kitty Hawk (CV-63) を第 5 艦隊司令の Timothy J. Keating 中将が夫人を伴って訪問し、"Operation Iraqi Freedom" における同艦乗組員の活動ぶりに謝意を表明した。

Number of U.S. Forces in Gulf Will Decline, Rumsfeld Says (DoDNews, 2003/4/28)
カタールを訪問した Donald H. Rumsfeld 国防長官は、"Operation Iraqi Freedom" や "Operation Southern Watch" の終結にともない、現地の米軍戦力を削減すると表明した。これはカタールの首脳やオーストラリアの Robert Hill 国防相と会談した後で明らかにされたもので、削減される兵力の具体的な数量は未定ながら、現地の情勢が安定化すれば、残留する戦力はごく少数になる見通し。
その上で、Rumsfeld・Hill の両氏は、最終目標である大量破壊兵器の除去を達成した、自国の兵士の活躍を称揚した。また、Rumsfeld 国防長官は、同盟国の協力に謝意を表明した。

Tariq Aziz Brings Total of 'Top 55' in Custody to 12 (DoDNews, 2003/4/25)
元イラク副首相の Tariq Aziz が拘束され、これで 55 名のお尋ね者リストのうち、12 名が捕まった。国防長官によると、この 55 名に含まれないお尋ね者も、相当数が存在するという。

More Regime Leaders Captured, 3 Marines Die in Accident (DoDNews, 2003/4/23)
23 日に、例のトランプに載っているイラクの高官 3 名がさらに捕まった一方で、Al Kut ではロケット弾の爆発で、海兵隊員 3 名が死亡、7 名が負傷した。
今回捕まったのは、元防空部隊指揮官の Muzahim Sa'b Hassan al Tikriti (ダイヤのクイーン)、情報部門を指揮していた Zuhayr Talib Abd al Sattar al Naqib (ハートの 7)、元通商大臣の Muhammad Mahdi al-Salih (ハートの 6)。特に、情報部門の人間を捕まえたことで、アメリカ国内におけるイラクの情報網に関する情報が得られると期待されている。
一方、海兵隊の第 4 軽装甲偵察大隊が、北東部のイランとの国境地帯でパトロールを開始した。

First Navy Aircraft Lands at Baghdad International (NavNews, 2003/4/24)
VP-46 "Grey Knights" に所属する P-3C オライオンが、米海軍機としては初めて、"バグダッド国際空港" に着陸した。

Coalition Takes "Queen of Spades," Continues Security Operations (DoDNews, 2003/4/22)
例のトランプでは "スペードのクイーン" に載っているフセイン政権の重要幹部で、革命指導評議会のメンバーも務めた元首相の Muhammad Hamza Zubaydi が、連合軍によって拘束された。これまでに拘束されたフセイン政権監部の中では最高位に当たる。この人物は湾岸戦争以来、シーア派イスラム教徒に対する弾圧を指揮しており、"Marsh Arabs" という渾名がある。
また、イラク国民会議 (INC) に投降した Jamal Mustafa Adallah Sultan al-Tikriti の身柄が、連合軍に引き渡された。その他、Basra に対する爆撃の際に、Ali Hasan al-Majid al-Tikriti が死亡したと見られている。
現在、連合軍は戦闘から治安維持に任務の重点を移しているが、まだフセイン政権残党の抵抗が残っているため、危険な状況が続いている。また、連合軍兵士は、爆薬と電子式起爆装置を組み込んだ「自爆ベスト」800 着を発見している。
その他、イラク国内で活動していたクルド人テロリスト・グループ "People's Mujaheddin" が、連合軍との間で停戦協議を実施した。

U.S. Not Asking for Long-term Iraqi Bases (DoDNews, 2003/4/21)
Donald H. Rumsfeld 国防長官は、アメリカがイラクに対して基地の長期使用を申し入れたとするニューヨーク・タイムズ紙の報道を否定し、「我々はイラクにフセイン政権打倒と大量破壊兵器の捜索に行ったのであって、飛行場の長期使用などという話がペンタゴンとの間で俎上にのぼったことはない」と、報道を否定した。
現在、イラクにおける米軍は "バグダッド国際空港" と Tallil 空軍基地、西部の H-1 空軍基地、北部の Bashur 空軍基地を空輸拠点や戦闘機の発進基地、人道援助の拠点として利用している。

Wrestlers Put Smile on Wounded GI's Face (DoDNews, 2003/4/21)
イラクで負傷して、ウォルター・リード陸軍医療センターに入院している米陸軍の Fernando Gonzalez 一等兵 (18 歳。第 3 歩兵師団所属) を、プロレスラーの "Bradshaw" と "Faarooq" の両氏が見舞った。これは、同一等兵が子供の頃からのプロレス好きだったにもかかわらず、陸軍に入隊してから一度も試合を見たことがなかったという事情から実現したもの。"Bradshaw" と "Faarooq" の両氏は、同一等兵が贔屓にしているプロレスラー。

More Regime Captured, Army Takes Control of Baghdad (DoDNews, 2003/4/21)
フセイン政権の幹部の一人で教育と科学技術を担当していた元大臣、Humam Abd al-Khaliq Abd al-Gafar が、4/19 にイラク国民会議 (INC) : Iraqi National Congress) に投降し、身柄を拘束された。例のトランプでは "ハートの 4" に載っている。なお、拘束された場所については、明らかにされていない。また、"クラブの 9" に載っていた Jamal Mustafa Abdullah Sultan al-Tikriti も、イラク国民会議の手で 4/20 に Ahmad Chalabi で拘束されている。これらは報道として伝えられたもので、CENTCOM ではこれらの人物の拘束をまだ確認できていない、としている。
その他の逮捕者としては、、元副首相で財務担当だった Hikmat Mizban Ibrahim al-Azzawi が 18 日にイラク官憲の手で拘束され、海兵隊に身柄を引き渡されているほか、Samir abd al-Aziz al-Najim が 17 日に拘束されて米軍特殊作戦部隊に、Barzan Ibrahim Hasan al-Tikriti が 16 日に、Watban Ibrahim Hasan が 13 日にイラク北部のシリア国境近くで、それぞれ拘束されている。また、14 日にはアキレ・ラウロ号乗っ取り犯人の一人、Abu Abbas が米軍特殊作戦部隊の手で拘束されている。
なお、Baghdad では第 1 海兵遠征軍が第 3 歩兵師団に任務を引き渡して、Al Kut、Nasiriyah、Karbala に移動した。このほか、第 V 軍団麾下には第 101 空挺師団 (航空強襲) と第 4 歩兵師団が配属されており、Baghdad 周辺で治安維持任務に当たっている。現在、Palestine Hotel に CENTCOM の作戦センターが設置されている。また、イラク南部の治安維持はイギリス軍が担当している。
Baghdad の宮殿では米ドル 6 億 4,000 万ドルが発見され、これは安全な場所に移送された。

Wolfowitz: Newly Freed Iraq Provides 'Greater Security' for U.S., World (DoDNews, 2003/4/18)
Paul D. Wolfowitz 国防次官は、フセイン政権の崩壊により、アメリカのみならず、世界にとって安全性が高まったと発言した。イラクにおける民主的政権の樹立は他のアラブ諸国におけるモデルとなるだろう、と述べ、さらに、韓国やフィリピンにおける民主的な政権の発展についても言及している。

Justice Department Helps Coalition Intel Effort (DoDNews, 2003/4/18)
John Ashcroft 司法長官によると、アメリカの司法当局は、イラクにおける情報収集活動と、アメリカ国内にあるイラク情報部門の組織の摘発を通じて、アメリカに対するテロ攻撃の阻止を図っているとの由。アメリカ国内居住しているイラク人 10,000 名あまりに対して FBI が聞き取り調査を行い、情報収集を進めている。イラク人コミュニティは前向きに協力してくれているとのこと。

Coalition Releases Iraqi Noncombatants (DoDNews, 2003/4/18)
連合軍は、Umm Qasr の収容所に収容されていたイラク人捕虜のうち、非戦闘員と認定された 887 名を釈放した。これは、ジュネーブ条約第 V 章の規定によるもの。この収容所は米陸軍の第 800 憲兵旅団によって管理されており、現在、6,850 名の捕虜を収容している。

U.S. Airfield Troops Sustain Ops, Assist Iraqi Populace (DoDNews, 2003/4/18)
米陸軍と米空軍は、イラク南部で連合軍に対する空輸や兵站支援、そして地元のイラク人向けの援助物資の輸送を続けている。第 377 戦務支援コマンド次席指揮官の Jack Stoltz 准将によると、米軍は戦後処理の体制に移行し、地元の市民に対する医療支援を提供しているとの由。また、Tallil 前線航空基地を拠点にして Nasiriyah 周辺に対する民事活動が展開されている。この飛行場を通じて支援物資が搬入されているほか、この基地から A-10 が発進して戦闘任務に従事している。
Tallil 基地は 3/23 に第 3 歩兵師団によって占領されたが、その後でイギリス軍工兵隊の手で滑走路が補修された。

Another Regime Leader Captured; Coalition Forces Transition (DoDNews, 2003/4/18)
イラク国内のクルド人勢力が昨日、バース党の Baghdad 東部地域コマンド指揮官で、例のトランプでは "クラブの 4" に掲載されている al-Aziz al-Najim を拘束し、米軍特殊作戦部隊に身柄を引き渡した。Vincent Brooks 准将によると、al-Aziz al-Najim はバース党の中央組織に関する情報を持っているものと見られている。フセイン政権幹部の拘束は、14 日の Abu Abbas、16 日の Barzan Ibrahim Hasan al-Tikriti に続くもの。
連合軍はイラク国内で安全地帯を拡大し続けており、新着の第 4 歩兵師団は Taji から Samarra にかけての掃討戦に投入された。このとき、車両 8 台を破壊し、30 名を拘束している。
人道支援の実施には電力供給の欠如が障害になっているが、イラク人と協力して電力供給復帰のための作業が続けられており、Hadithah ダムの近くでは施設の復旧が行われたほか、北部の Irbil、Dohuk、Sulimaniyah では、40 日ぶりに発電所への燃料供給が再開された。陸軍工兵隊の Steven Hawkins 准将によると、Baghdad の電力供給が完全に復帰するには、さらにイラク人スタッフの職場復帰が多く必要との由。

Operation Iraqi Freedom Marks New Way of War Fighting (DoDNews, 2003/4/17)
Richard Myers 統合参謀本部議長は、"Operation Iraqi Freedom" を、チームワークとテクノロジーの勝利と評した。議長は、アメリカの歴史家 Russell F. Weigley 教授が 1973 年に著した著書 "The American Way of War: A History of United States Military Strategy and Policy." を引き合いに出し、南北戦争における Ulysses S. Grant 将軍の時代からこちら、戦争に勝つ手段として敵の軍事力だけでなく、敵の国家中枢を破壊する方法が用いられてきたと指摘した。
Grant 将軍の部下を務める William Tecumseh Sherman 将軍は、アトランタからサバンナにかけて移動しながら農場や鉄道を破壊する焦土作戦を展開したが、それは民間人をも目標にしたものだった。そして Myers 議長は「戦争は残酷なもので、それを変えることはできず、地獄のようなものである」とした上で、今回のイラクに対する軍事行動において、民間人の生命保全やイラクのインフラの破壊防止に、前例のない努力が払われた点を指摘した。そして、レーザーや GPS で誘導される兵器が、イラクの保安部隊や防空網、共和国防衛隊といった目標だけを狙い撃ちすることを実現した、としている。「こうした装備はイラクの体制を護るためのもので、イラクの市民を護るためのものではない。そこに攻撃を集中することで、我々は Weigley 教授が指摘したような、過去の戦争のあり方を変えたのだ」と議長は発言している。

Former POW Lynch Asks Public to Redirect Gift Outpouring (DoDNews, 2003/4/17)
Jessica Lynch 上等兵は、現在、ウォルター・リード陸軍医療センターで治療を受けており、彼女の元に贈られた多くのカード、手紙、ギフト、花に対する謝意を表明している。もし、何か贈りたい場合の宛先は以下の通り。

Pfc. Jessica Lynch, c/o Walter Reed Army
Medical Center, 6900 Georgia Ave. N.W., Washington, D.C., 20307-5001.

Coalition Special Ops Forces Capture Saddam's Half-Brother (DoDNews, 2003/4/17)
海兵隊の支援を受けて、特殊作戦部隊は昨夜、Baghdad 市内でフセイン大統領の異父兄弟に当たる Barzan Ibrahim Hasan al-Tikriti を拘束した。この人物はフセイン政権有数のお尋ね者で、例のトランプでは "クラブの 5" に掲載されている。
また、特殊作戦部隊は各地の都市に展開して、フセイン政権残党の抵抗拠点を潰す作戦に従事している。さらに、クウェートからイラク入りした第 4 歩兵師団の尖兵隊は、Baghdad 近くの al Taji 飛行場で戦闘を交えた。複数の敵兵を死傷させたほか、少数の T-72 戦車を破壊し、100 名以上を拘束した。現地には無人の火砲や兵員輸送車、多連装ロケット発射器、SAM、コンピュータなどがあり、現在、調査が進められているところ。
南部では、イギリス軍がイラクの不正規部隊からロケット攻撃を受けた。まだ "death squad" のメンバーが残存しているものと見られるが、Basra 市内の安全性は改善されつつあるとの由。また、各地で電力や水道の供給が復旧しつつある。

DoD Getting $62.9 Billion to Help Pay for War (DoDNews, 2003/4/16)
国防総省は、大統領が補正予算案に署名したことで、629 億ドルの追加予算を受け取った。イラク戦争に関わる直接戦費は 200 億ドルほどで、国防総省は、議会が迅速に補正予算案を通してくれたことに感謝している。また、現地の兵士にとって関心の深い戦地増俸が、月間 150 ドルから 225 ドルに増額されることになっている。
なお、直接戦費 200 億ドルの内訳は、人件費が 40 億ドル、支援経費が 20 億ドル、軍事作戦関連経費が 100-120 億ドル、武器弾薬が 30 億ドル。作戦が早期に終結したことで、戦費支出についても最悪のシナリオは免れた。
この後、年末まで月ごとに 35-40 億ドルの支出が必要と見積もられている。

Many Diehard Fighters in Iraq Aren't Iraqis, Myers Says (DoDNews, 2003/4/16)
Richard B. Myers 統合参謀本部議長によると、イラクで連合軍に攻撃を仕掛けてきた狙撃や自爆攻撃の多くは、イラク人以外によってなされていたという。これらはフセイン政権側の呼びかけに応じて国外からイラク入りした義勇兵とのこと。これらの義勇兵がどこから来たのかが問題だが、国防総省では、シリアが関与しているものと見ている。シリアは戦争中にイラクに対して暗視装置などを提供した疑惑があり、Colin Powell 国務長官も、戦争中、シリアとイラクの間の国境線を超える人や物の交通量が多かったと指摘している。また、国務長官は、シリアの大量破壊兵器開発やテロリストに対する支援に関する懸念を表明した。
現在、主要な戦闘は終息して連合軍はパトロールや人道支援を中心にした活動に当たっているが、依然としてフセイン政権側の抵抗拠点は残っており、危険な存在となっている。

Coalition Forces Still Conducting Operations (DoDNews, 2003/4/16)
主要な戦闘行為は終息したが、依然としてイラク各地で連合軍は小規模な戦闘を続けている。Al Ramadi では 15 日に、イラク軍第 12 機甲旅団が米陸軍第 3 歩兵師団に対して降伏することで合意した。この旅団は、Baghdad からヨルダンに向かう道路を確保していた部隊で、大半の兵士は脱走していたものの、指揮官と 40 名の兵士が依然として道路を護る位置についていた。
一方、Baghdad では第 1 海兵遠征軍がイラク人と共同で、市内のパトロール区域を拡大している。また、別の海兵隊部隊が Tikrit の安全確保にあたり、南部ではイギリス軍が Basra の安全確保に当たっている。
航空作戦は全部で 1,050 ソーティ。このうち攻撃ミッションは 275 ソーティ、空輸ミッションが 425 ソーティ。空輸部隊は連合軍の兵士や軍需品だけでなく、人道支援物資も輸送している。また、15 日には 10 件の負傷者後送があった。

Coalition Captures Terrorist, Brooks Describes Mosul Incident (DoDNews, 2003/4/16)
CENTCOM の Vincent Brooks 准将は、米軍の特殊作戦部隊がパレスチナ人テロリスト、Abu Abbas、別名 Mohammad Abbas を Baghdad 南部で発見・逮捕したことを明らかにした。Abu Abbas は、1985 年に発生した、イタリアの客船アキレ・ラウロ乗っ取り事件の犯人で、この事件では、アメリカ人乗客の Leon Klinghoffer 氏が殺害されている。
また、Brooks 准将は、15 日に Mosul で発生した事件について、調査が進んでいることを認めた。これは、海兵隊によって補強された特殊作戦部隊が、元の政府の建物に向かい、第一陣に続いて第二陣の海兵隊員が建物に入ろうとしたところ、彼らは投石したり唾を吐きかけたりするイラクの群集をかき分けながら進む羽目になった。そこで、海兵隊がその地域を安全にするために配置を取ったところ、車両をひっくり返して放火したり、空中に向けて銃を発射するようになり、警告射撃に至ったとのこと。その後、今度は海兵隊員や特殊作戦部隊員に対して射撃がなされる事態になったため、建物の壁を乗り越えようとしていた一部の群集に対して実弾射撃がなされたもの。

B-52 Litening II pod used in combat (AFNews, 2003/4/12)
4/11 に、空軍の B-52H ストラトフォートレスが、ライトニング II ターゲティング・ポッドを実戦で初使用した。使用された兵装は GBU-12 ペーブウェイ LGB で、バークスデール AFB の 93rd BS に所属する予備役搭乗員と、マイノット AFB の 23rd BS に所属する搭乗員が作戦に参加した。標的は、イラク国内のレーダー施設と指揮統制施設。
ライトニング II は、リアルタイムの画像情報を提示してレーザー目標指示器による LGB 誘導を可能にする機能を持ち、他の機体、あるいは地上要員によって目標を "塗る" 必要がなく、自力で爆撃を実行できる。

After 9 Months, Lincoln, CVW-14 Head Home (NavNews, 2003/4/15)
CVW-14 を搭載する USS Abraham Lincoln (CVN-72) は、9 ヶ月間にわたる戦闘航海を終えて、帰国の途についている。当初、同艦は通常の 6 ヶ月間のデプロイメントの予定で "Operation Enduring Freedom" と "Operation Southern Watch" に参加していたが、年明けにオーストラリアのパースを出航した際、そのまま帰国せずにアラビア海に舳先を向け、"Operation Iraqi Freedom" に参加することになった。
そして、F/A-18E スーパーホーネットの初の戦闘参加を記録し、1973 年以来最長となる 9 ヶ月間のデプロイメントを記録することになった。その間の航行距離は 102,816 浬に及び、消費した JP-5 ジェット燃料は 2,100 万ガロン、艦載機の着艦回数は 12,673 回を、かつ無事故で記録している。CVW-14 は、"Operation Iraqi Freedom" の最初の 17 日間で 130 万ポンドの兵装を投下している。また、同艦は 2002 年の "バトル E" アワードを受賞した。
この航海の間に、Lincoln の原子炉は 8,000 万ガロンの海水を淡水化して艦内各所に提供し、ソーダ類 4,750 万 (井上注 : 単位不明)、ミルク 42,300 ガロン、チキン 50,600 ポンド、牛肉 27,272 ポンド、海老 16,000 ポンド、ハンバーガー 29,000 ポンドを消費した。

U.S. Troops to Be in Iraq 'Not One Day Longer' Than Necessary, Myers Says (DoDNews, 2003/4/15)
Richard Myers 統合参謀本部議長は、フセイン政権が歴史の 1 ページとなり、イラクがイラクの国民の手に戻された今、連合軍は不必要に長くイラクに留まるつもりはない、と言明した。そして、(すでに他の会見でも取り上げられている) 掃討作戦や人道支援、インフラ復旧支援などの任務が残っているとしつつも、「我々は、イラクの国民が自分たちの代表で構成される政府を樹立し、近隣諸国の脅威にならない状態を早急に作り上げるのを支援しなければならない」といっている。
また、主要な戦火の収束に伴い、USS Kitty Hawk と USS Constellation の 2 個空母戦闘群、B-2 や F-117 といったステルス機が帰国の途についたと説明した。

Bush: Coalition Victory in Iraq Certain But Not Complete (DoDNews, 2003/4/15)
George Bush 大統領はローズ・ガーデンで行われたセレモニーの席で、「自由にとって佳き日であり、この 1 ヶ月で、イラクが自国民を虜囚にとり、テロリストを国内に住まわせ、世界の脅威となる兵器の備蓄を行うような国から変革した」と演説した。さらに「世界は平和になり、テロリストは隠れ家を失い、イラク国民は自分で自分の国をコントロールできるようになった」と付け加えている。
ただし、イラクの政権が瓦解したものの、まだ危険な抵抗拠点は残っており、すべてが終わったわけではない、とも付け加えている。そのため、連合軍は敵が降伏するか殲滅されるまで、戦闘を続けるとしている。また、食料品・水・医薬品などの人道支援提供と電力などの基本的サービスの復旧も、課題として挙げている。
そして、アフガニスタンとイラクにおける事例を通じて、合衆国が自分の身を護ることができることが証明された、としている。

Coalition Focuses on Pockets of Resistance (DoDNews, 2003/4/15)
CENTCOM の Vincent Brooks 准将は、今後のイラクにおける作戦上の焦点として、残存しているフセイン政権側の抵抗拠点の発見と排除を挙げた。特に、市街地における治安の工場に注力する、としている。それとともに、フセイン政権幹部の捜索と、イラクの一般市民に対する人道支援の強化も挙げられている。
Baghdad や Tikrit では市街における掃討作戦が続いており、複数の武器貯蔵庫が発見されている。Baghdad の某所では、ダイナマイト・プラスチック爆薬・手作り爆薬が合計 90 ケース、ロケット推進擲弾 23 ケースが発見された。さらに、イラク市民からの情報提供により、10 ヶ所の小規模な弾薬貯蔵庫が発見されている。
イラク北部の Mosul、Irbil、Kirkuk では特殊作戦部隊が治安確保を進めており、油田の安全も確保され、火災は全部消し止められた。
イラクの市民による連合軍への協力も進んでおり、"death squad" のメンバー捜索や、発電所・水道・警察などのインフラ再建作業が始められている。

Shape of Coalition Forces Will Change As War Winds Down (DoDNews, 2003/4/14)
イラクにおける戦闘行為の収束に伴い、イラクにおける連合軍の戦力組成が見直される。
まず、USS Constellation (CV-64) と USS Kitty Hawk (CV-63) の両空母戦闘群が帰国する。その後、現地に残る空母戦闘群は USS Nimitz (CVN-68)、USS Harry S. Truman (CVN-75)、USS Theodore Roosevelt (CVN-71) を基幹とする 3 個群。また、陸上基地に配備されている航空戦力も削減される。
ただし、それと同時に、特に Tikrit において、フセイン政権の残党探しが続けられている点も指摘された。国防総省の広報官・Torie Clarke 氏は、フセイン政権が消滅して関係者は死亡したか、拘束されたか、あるいは逃走中だと発言している。
なお、今回の戦争における米軍の戦死者は、現在までに 118 名。その他、報道関係者 10 名が死亡している。
Torie Clarke 報道官は、今回の戦争の目的を 8 点挙げた。それは、(1) フセイン政権の打倒とイラクの解放、(2) イラクに隠れているテロリスト、あるいはテロ組織の壊滅と関係者の逮捕、(3) テロリストのネットワークに関する情報収集、(4) 大量破壊兵器に関する情報収集、(5) 大量破壊兵器の破壊処分、(6) イラク国内にある油田の安全確保、(7) 国連の対イラク制裁解除と人道支援開始、(8) イラク人の代表による新政権の樹立。

Kuwait Delivering Aid to Iraqis, Hoping to Find POWs (DoDNews, 2003/4/14)
イラクに対して大量の人道支援を実施しているクウェートだが、依然として 1990 年のイラクによるクウェート侵攻時に連れ去られて、そのまま行方不明になっている人の帰国を待ち望んでいる状態にある。こうした人は 600 名にのぼっている。また、湾岸戦争中に行方不明になった米海軍のパイロット、Michael Scott Speicher も、依然として行方不明のまま。
Donald Rumsfeld 国防長官が明らかにしたところによると、クウェートはイラク国内に通じるパイプラインを設置し、日量 200 万リットルの水を供給している。また、複数のイラクの都市では食料品や医薬品の供給も実施している。
一方、シリアについて国防長官は、過去 12-15 ヶ月以内に化学兵器のテストを実施し、さらにイラクに対して義勇兵を送り込んできているという情報報告の存在、さらにイラク人の逃走を受け入れているという話を持ち出して、シリアを非難している。Colin Powell 国務長官も、シリアの大量破壊兵器開発やテロリスト支援を指摘している。

Marines in Tikrit, Encounter Sporadic Resistance (DoDNews, 2003/4/14)
CENTCOM の記者発表によると、Tikrit に向けて進撃した海兵隊は、散発的な抵抗に遭遇した。ここはフセイン大統領の故郷でもあり、激しい戦いになるのではないかと予想されていたが、実際には海兵隊は市街を用意に掌握できた。
Vincent Brooks 准将によると、前日、イラクで発生した唯一の戦闘行為は、海兵隊が Baghdad から Tikrit に向けて進撃する途中に遭遇したイラク側の抵抗のみだったとの由。Tikrit に入った海兵隊は大統領宮殿を占拠し、フセイン政権の支持者探しに取り掛かっている。
イラクの残りの地域についても同様で、連合軍はイラクの各地に浸透しながら、安定化を進めているところ。また、日常生活が戻りつつある兆候もあるとしている。イラク人が連合軍に協力して治安維持活動に当たっている他、病院のような重要インフラも活動を再開し始めている。また、フセイン政権の残党を探すために地元のイラク人の協力が得られている。北部の Mosul と Kirkuk でも特殊作戦部隊が活動を継続中で、油田地帯は安全に確保され、現在、専門家が破壊活動の発見とと不発弾の処理に当たっている。さらに、第 173 空挺旅団の残りの部隊と海兵隊の第 26 海兵遠征ユニット (MEU) が、当地の特殊作戦部隊などを増強することになっている。
とはいえ、イラクが国家としてまともに機能するようになるには、この先数ヶ月はかかる。これは、フセイン政権が一般市民のために資金を投下してこなかったため。

Seven American POWs Returned to U.S. Control (DoDNews, 2003/4/13)
イラクの捕虜になっていた、第 507 整備中隊所属の兵士 5 名と、イラク国内で墜落した第 227 航空聯隊所属の AH-64 アパッチ攻撃ヘリ搭乗員 2 名が発見され、米軍のコントロール下に復帰した。
これらの兵士は、Tikrit に向けて進撃の途上にあった海兵隊が、Samarra 近くの道端で発見したもの。彼らは飛行場に運ばれた後、C-130 でクウェートに後送され、現在、病院で手当てと情報聴取を受けている。

Rumsfeld Says U.S. Will Find Iraqi WMD Materials (DoDNews, 2003/4/13)
Donald Rumsfeld 国防長官は、連合軍に投降してきたフセイン政権の科学技術顧問が大量破壊兵器の存在を否定した点について問われた際に、「そんなことはない」と否定した。長官は、イラクが国内で多数の生物化学兵器関連活動を進めていただけでなく、核開発の再開をも目論んでいたとして、「イラクは査察対策として証拠を分散・隠匿しているが、我々はそれを探し出す」と表明した。また、その際にイラク人による協力や、大量破壊兵器の開発に関わっていた技術者の発見が重要になると指摘した。

No Part of Iraq Under Regime Control, Franks Says (DoDNews, 2003/4/13)
CENTCOM 司令官の Tommy Franks 大将は、フセイン政権が掌握している都市はイラク国内に存在しなくなった、と語った。ただし、これが戦争の終結を意味するものではない、ともいっている。また、大量破壊兵器やテロリスト細胞を捜索・発見する必要もある。大量破壊兵器の関連施設として調査対象になるのは 2,000-3,000 ヶ所ほど。
連合軍は Baghdad への進撃に際して、途中の街や村を多数迂回しており、これらを対象にした掃討戦が続けられている。これに対するイラク側の抵抗は散発的とのこと。また、首都 Baghdad でも、55-60 に分割されたゾーンのうち、10-15 ヶ所で依然として戦闘が続いている。主な戦闘の相手は特別共和国防衛隊と Fedayeen Saddam だが、シリア人を主体とする国外からの義勇兵も含まれる。
一部の街や村では、地元の首長が連合軍と協力して復興への取り組みを開始している。また、フセイン大統領の生死については依然として不明ながら、DNA を持ち込んで調査を続ける。

Deck of Cards Helps Troops Identify Regime's Most Wanted (DoDNews, 2003/4/12)
連合軍は、フセイン政権の重要人物の顔写真を印刷した特製トランプ (55 枚組) を作成した。このうち、No.55 にカウントされていたフセイン政権の科学技術顧問、Amir Hamudi Hasan Al-Sadi が、連合軍に投降している。
この 55 名は、捜索して拘束、あるいは殺害してよいとされた重要人物が選ばれている。Vincent Brooks 准将によると、すでに死亡、あるいは拘束された人物も含まれているとの由。カードには名前と顔写真、肩書が記されている。このトランプのセットにはジョーカーが 2 枚含まれていて、一方にはイラク軍の階級、他方にはアラブ諸国の部族名が記されている。ちなみに、サダム・フセイン大統領の写真はスペードのエースに載せられている。
また、この「お尋ね者リスト」は、連合軍に対する情報提供を促す目的から、ポスターやビラの形でイラク全土に配布される。

Navy May Reduce Gulf Carrier Presence As Iraqi Freedom Winds Down (DoDNews, 2003/4/12)
航空作戦に対する要求の減少を受けて、米海軍はペルシア湾岸戦域における空母戦闘群の展開規模を縮小する。これは、現地の海軍指揮官、Timothy Keating 海軍中将がバーレーンから電話を通じて国防総省の会見に向けて語ったもの。前日の空母艦載機の出撃は、合計 200 ソーティほどだったとの由。
現在、この戦域には USS Nimitz (CVN-68)、USS Theodore Roosevelt (CVN-71)、USS Harry S. Truman (CVN-75)、USS Constellation (CV-64)、USS Kitty Hawk (CV-63) の 5 隻が展開している。このうち USS Nimitz は USS Abraham Lincoln (CVN-72) をリリーフしたもの。これらの艦と随伴艦、合計 140 隻あまりに乗艦している 60,000 名を超える兵士が、今回の作戦で重要な役割を受け持っている。3/20 以来の空母艦載機の出撃は 7,000 ソーティを超えており、特に、偵察機が価値ある情報をもたらしたと指摘された。また、海兵隊に対する近接航空支援を行っている点も指摘された。
他にも、高性能のレーダーを搭載する海軍の艦艇がパトリオット SAM による要撃を支援した事例や、800 発を超えるトマホークが発射された事例が紹介された。
また、コースト・ガードも、沿岸における安全確保や人道支援物資搬入の護衛、水路調査に活躍しているし、海軍の病院船は連合軍兵士だけでなく、イラクの一般市民や捕虜に対しても医療支援を提供している。米英海軍の掃海部隊は Umm Qasr 港への水路を啓開するための掃海活動に従事した。

Bush Relays Stories of Oppression, Compassion and Respect (DoDNews, 2003/4/12)
George Bush 大統領は、定例の国民向けラジオ放送の中で、フセイン政権の非人道性について語った。大統領は、これを「Baghdad で 2 つの世界が衝突した」と形容している。
なぜ、イラクで「恐れ」が根強いかを示す一例として大統領が示したのは、バース党の青年隊に加わることを拒否した子供が 100 人以上投獄されていた事例を挙げた。この子供たちはボロを身にまとっており、連合軍の兵士によって解放され、親元に帰されて狂喜したという。
また、連合軍の兵士がイラク国内で人道支援に当たっていると紹介した。ある街では、連合軍がモスクを襲撃しようとしているのではないかとして、市民が武器を持って待ち構えていた。ところが、Chris Hughes 中佐が部下に対して、地面に膝をついて武器を地上に置くよう指示したところ、このジェスチャーによって平和的な意図が明らかにされて、危機的状況の緩和に役立ったとの由。
そして大統領は、今週、フセイン政権が「歴史」になった点を指摘し、まだ前途に厳しい戦闘が控えていると警告しつつも、サダムの支配による悪夢は終了したと宣言した。そして、「イラクの才能のある人々は、彼らの権利を尊重し、彼らの言葉を反映するリーダーを選ぶことができるでしょう。そして、全世界からの支持とアメリカ合衆国との友情を得られるものになるでしょう」と語っている。

Combat Ops Continue in Iraq, Humanitarian Aid Pours In (DoDNews, 2003/4/12)
連合軍は、フセイン政権の残党を捜索・排除する作戦行動を継続するとともに、イラクの一般市民に対する人道支援を実施している。これは、CENTCOM の Vince Brooks 准将が語ったもので、たとえば Al Kut ではフセイン政権の残党が勢力を誇示する兆候があったため、ただちに注意喚起を行ったとの由。Baghdad でも、市内北部で残党探しが続けられている。
イラク各地では依然として戦闘行動が続いているが、人道支援の重要性が日に日に増してきている。問題は、フセイン政権時代の政権側の行状のせいで、電力供給などのインフラが不足していること。食料品・水・医薬品の搬入は続いており、クウェート政府と国際赤十字から提供された物資を搭載した飛行機 2 機が、初めて "バグダッド国際空港" に着陸した。Umm Qasr では、パッケージ化された水が配布されているほか、軍用の浄水機材で製造された水がトラック輸送されている。最近、オーストラリアからの支援物資 50,000t を搭載した船も入港した。UAE も、食料品、水、医薬品 70t を提供している。
すでにフセイン体制から解放されたイラク国内の各地では、現地のイラク人と協力して、インフラ再建のために何が必要かを評価する作業が進められている。一例として、Umm Qasr から北方に延びる鉄道の復旧があり、これが完成すれば、北方の Nasiriyah などに、より迅速に物資を輸送できるようになる。もともと、戦後の支援活動を容易にするため、イラク国内の鉄道施設は連合軍の戦争計画で攻撃目標に入っていなかった。さらに、食用油や小麦粉や石鹸といった、捕獲したイラク軍の物資を市民に配布する作業も行われている。

Tough, Brave Troops Fight for Freedom (DoDNews, 2003/4/11)
メリーランド州ベセスダの海軍医療センターとウォルター・リード米陸軍医療センターを訪問し、70 名ほどの負傷兵を見舞った George Bush 大統領は、米軍兵士の勇戦ぶりを称揚するともに、16 名の負傷兵に対してパープル・ハート勲章を授与した。
また、大統領はシリアに対し、フセイン大統領などイラク政権幹部を匿わないように警告した。

Nimitz Fighters Join War (NavNews, 2003/4/11)
USS Nimitz (CVN-68) と、同艦に搭載されている CVW-11 が、USS Abraham Lincoln (CVN-72) の後を受けて、"Operation Iraqi Freedom" への参加を開始した。同艦には F/A-18F スーパーホーネットを装備する VFA-41 が乗艦している。

Coalition Envisions 'Iraqi Government of the People' (DoDNews, 2003/4/11)
Paul D.Wolfowitz 国防次官は、イラクは信頼できる政権を樹立する能力があると言明するとともに、連合軍が食料品、水、医薬品といった人道支援物資の搬入と供給に責任を持つと語った。その上で、戦後の再建にはイラクの一般市民と連合軍の密接な協力が求められる、としている。国連についても再建活動のパートナーとして、国際的な協力を得るためのプレーヤーと見ている。
来週、CENTCOM 司令官の Tommy Franks 大将が、イギリス・オーストラリア・ポーランドの関係者を集めて、会議を開く予定。イラク北部、あるいは反フセインの立場を取ってきたイラク人も参加する。また、連合軍幹部はイラク人による暫定政権樹立に協力する。暫定政権はすべての民族の代表で構成され、選挙の実施と新憲法の制定、行政サービスの再建を行う。その際、人道支援や医療施設の復旧などについては Jay Garner 退役米陸軍大将が指揮する、連合軍の再建・人道支援担当オフィスが支援する。Garner 大将は、過去に "Operation Privide Comfort" で主導的な役割を果たした経験を持つ。

Navy Hospital Ship Provides Comfort to Injured Enemy POWs (DoDNews, 2003/4/11)
米海軍の病院船・USNS Confort (T-AH-20) は、負傷、あるいは罹病した連合軍の将兵やイラクの一般市民、そして捕虜となったイラク兵に対する治療を行っている。同艦の医療施設は、メリーランド州ベセスダの海軍医療センター並み。
イラク軍捕虜はジュネーブ条約に従った取り扱いを受け、適切な治療を施されている。同艦は 1,000 床のベッドを持つが、3/20 以来の入院患者は全部で 300 名ほど。そのうち、イラクの捕虜 120 名と一般市民 30 名を含む 200 名が現在も入院中。また、捕虜の安全にも配慮され、鋭利な物体や武器として使われる可能性があるものはすべて回収されている。

Iraqi Regime Disintegration Continues (DoDNews, 2003/4/11)
CENTCOM の Vincent Brooks 准将は、フセイン政権のリーダーシップと国内統制システムが瓦解したという見方を示した。依然として Baghdad 周辺やイラク北部では戦闘が続いており、すでに解放された地域では情勢安定化のための作戦行動が続けられている。
Baghdad 市内の Saddam City では自爆攻撃があり、海軍と海兵隊の兵士 4 名が負傷した。別の場所では、地雷 350 発が除去された。
Mosul では、イラク軍第 5 軍団の指揮官と現地の米軍特殊作戦部隊との間で、降伏文書の調印が行われた。現在、第 5 軍団の兵士は兵営、あるいは自宅に戻り始めている。また、第 173 空挺旅団と特殊作戦部隊が昨日、Kirkuk 入りした。現在、空挺部隊が油田と飛行場の安全確保に当たっている。
Baghdad では、特殊作戦部隊と機械化歩兵部隊が共同で 1,500 名を収容可能な刑務所に立ち入ったが、捕虜となった連合軍兵士の姿はなかった。
西部では、ヨルダンやシリアとの国境で検問所を指揮していたイラク軍の大佐が、特殊作戦部隊に降伏した。Tikrit では特殊作戦部隊が小規模な戦闘を交え、カムフラージュされた 5 機の小型機を発見・破壊した。これらは、イラク政権幹部が逃走用に使用するつもりだったものと見られる。なお、CENTCOM では「指名手配」したイラク政権幹部 55 名の写真入カードを作成・配布する。
イラク中部・Ar Ramadi 近くでは、フセイン大統領の異父兄弟・Barzan Ibrahim Hasan al-Tikriti が住んでいた建物に対する爆撃が 10 日に実施され、6 発の JDAM が投下された。Barzan は大統領のアドバイザーを務めていた人物。
航空機の出撃は全部で 1,750 ソーティ。攻撃ミッションが 550 ソーティで、その 80% が近接航空支援。給油ミッションが 350 ソーティ、空輸ミッションが 425 ソーティ、指揮・管制ミッションが 120 ソーティ以上。攻撃が開始された G デー (3/19) 以来の出撃累計は 35,000 ソーティを超え、そのうち 13,500 ソーティが攻撃ミッション。投下された兵装の 70% を精密誘導兵器が占める。

Coalition Dealing With Iraqi Civil Disturbances (DoDNews, 2003/4/11)
Donald H. Rumsfeld 国防長官は、イラクにおける連合軍の第一の任務はフセイン政権の打倒である、と言明した。任務にはイラク国内の騒擾を収拾し、安定した状態を作り出すことも含まれるものの、すぐにそれを実施するわけではない、としている。
これは、Baghdad 市内で起きている略奪に関する報道陣からの質問に対して答えたもの。現在、米軍の兵士が市内を巡回しており、連合軍の支配地域では夜間外出禁止の指示も出されている。また、病院などの重要施設も警備されている。国防長官は、現在の騒擾は政権が崩壊して安定した状態に戻るまでの移行過程と認識しており、さきに Basra でも同様の事態が発生している点を指摘した。Basra では「イギリス軍がいい仕事をしている」と長官は語っている。

Free Iraqi Forces: 'Members of the Team' Liberating Iraq (DoDNews, 2003/4/10)
米陸軍予備役で、第 352 民事コマンドを指揮する John H. Kern 准将によると、「イラク自由軍 (FIF)」とは米陸軍や米海兵隊の民事担当部隊とともに行動する、反フセインを掲げるイラク人の集まり。現在、イラク国内への展開が進められているが、イラク人にとっては、よりなじみやすい存在といえる。
彼らはハンガリーで訓練を受けており、通訳だけでなく、現地の行政組織と連合軍の間の中継役を担当する。たとえば、現地のイラク人に対して人道支援を行う際には、FIF のメンバーが、地元で何が必要とされているかを調べて情報を提供する。また、水道施設や警察、消防署の復興作業にも従事している。

Coalition Addressing Iraqi Humanitarian Needs (DoDNews, 2003/4/10)
国防総省で会見した Torie Clarke 報道官は、「戦争前、サダム・フセインは膨大な資金を宮殿や大量破壊兵器に投じる一方で、イラクの市民の必要を満たすためには少しの資金しか使ってこなかった」と指摘した。そして「戦争がイラクの市民に危機をもたらしたのではなく、戦争によって危機が終わるのだ」と説明した。
現在、イギリスの艦 1 隻が Umm Qasr に食料品などの人道支援物資を搬入しており、さらに米艦 2 隻、その後にオーストラリアの艦も続くことになっている。その上で、米英首脳は国連に対し、"Oil-for-Food" プログラムの実施を要請した。
イラク南部では所要の援助物資のストックに関する評価が実施されている。Umm Qasr では水と電気の供給が元に戻り、食料品も十分に行き渡った。医療施設も整い、民間向けには国連の機関が、捕虜向けにはチェコが、それぞれ医療施設を開設・運用している。
Basra では、食料の供給は十分で電力も復帰したが、まだ水の供給復帰は 60-80% 程度。医療施設は戦前の水準で機能している。
Nasiriyah では、食料品は足りているが水の供給が不足しており、電力供給は止まったまま。ここでは、第 1 海兵遠征軍が医療活動を実施している。アメリカからは、5,000 人×3 ヶ月分の医療物資が送り込まれた。
Baghdad では、食料品の供給は十分だが医療施設の活動レベルが低下している。電力供給も部分的に止まっているが、重要施設は自家発電で賄っている。水の供給は重大問題になっていない。

Coalition Continues Fight in Baghdad, Northern Iraq (DoDNews, 2003/4/10)
国防総省で会見した Torie Clarke 報道官は、Baghdad で発生した戦闘で米兵 2 名が死亡したことを取り上げて、まだ戦闘が終わったわけではないと説明した。統合参謀本部の Stanley McChrystal 少将も、特別共和国防衛隊や "death squad" が依然として脅威になっており、Tikrit や Mosul では組織的抵抗を続けている、といっている。
なお、第 173 空挺旅団の一部部隊が Kirkuk 入りしたが、大きな抵抗には遭遇していない。それに先立ち、米軍の特殊作戦部隊とともにクルド人部隊が Kirkuk 入りしている。一方、Tikrit では航空機による爆撃が続いている。ここにはイラク軍 10 個師団が残存しているものと見られているが、戦闘能力は低下しており、戦争に即応できないと見られている。
現在、第 173 空挺師団に対する機甲兵力の増強が始められており、数日中に第 4 歩兵師団もイラク国内への移動を開始する。
イラク軍の捕虜になった米軍兵士については情報がなく、McChrystal 少将は懸念を示すと同時に、現在、捜索のためにハードワークを続けているとの由。

'Your Nation Will be Free,' Bush Tells Iraqis (DoDNews, 2003/4/10)
George Bush 大統領は、イラク国民向けのアラビア語放送 "Towards Freedom TV" で、「サダム・フセインのギャングの残りをやっつけるまで戦争は終わらない。我々の唯一の敵はサダムの強権政治である」と演説した。それとともに、イラクの市民に対する食料品などの人道支援についても取り上げた。
また、同時に放映された Tony Blair 英首相は、「イギリスでもアメリカでも国連でもなく、イラク人による暫定統治機構の早期設立が必要だ」と演説した。

Parts of Baghdad Still Dangerous for Coalition Troops (DoDNews, 2003/4/10)
CENTCOM の Victor Renuart 少将は、Baghdad の全域を掌握できたわけではなく、共和国防衛隊、特別共和国防衛隊、その他の準軍事部隊が部分的に残っているポケット地帯があると指摘した。こうしたポケット地帯は市の北部と西部に多く、現在、連合軍が掃討を進めているところ。Vincent Brooks 准将によると、そうしたポケット地帯の一部が市の中心部や al-Adham のモスクの近くにあり、後者については軍事利用されているという情報があったために掃討作戦を実施したとのこと。この 2 ヶ所は、現在では掌握されている。
第 3 歩兵師団と第 1 海兵遠征軍は Baghdad 市内の主要道路を制圧し、第 101 空挺師団は郊外の Al Hilla で、敵の残党を攻撃した。ここでは、地元民に配るために集積された食料品が発見されている。イギリス第 1 機甲師団は第 1 海兵遠征軍と同じ経路をたどって北上中。イラク南部の油田地帯は安全が確保され、800-1,000 ヶ所の油井について、生産再開のために必要な作業が何かを調べた。
Basra では地元民の協力が得られており、さらに、イギリス軍は武器の回収を申し入れているところ。一方、北部では特殊作戦部隊がクルド人勢力と協力して、Mosul ではイラク軍を押し戻した。Kirkuk もおおむね制圧したという報道があるが、まだ CENTCOM では確認していない。
西部では、イラクとシリアの国境に近い戦略的要衝でミサイル発射地帯にもなっている al Qaim で、特殊作戦部隊が行動中。Hadithah のダムでは機甲部隊と特殊作戦部隊が共同行動を行っており、「これは今次戦争における作戦の柔軟性の一例だ」と Brooks 准将はいっている。
9 日の航空機の出撃は 1,650 ソーティで、このうち 550 ソーティが攻撃ミッション、給油ミッションが 350 ソーティ、空輸ミッションが 375 ソーティ。

'A Good Day' Rumsfeld Says, But More to Do in Iraq (DoDNews, 2003/4/9)
Donald H. Rumsfeld 国防長官は、連合軍を歓迎するイラク市民の様子がテレビで放映された 9 日の様子を評して、「イラク国民にとって佳き日である」と言明した。Baghdad の市民が、連合軍の進撃を目にして連合軍の側につくようになり、フセイン大統領やその手下を怖れなくなったとして、「少なくとも Baghdad では、ムードは安全なものになった」とした。
そして、連合軍を構成する制服を着た男女が達成した仕事、イラク南部の油田を安全に確保したこと、Umm Qasr 港を確保したこと、人道支援物資の搬入が進んでいること、イラク北部のテロリスト訓練キャンプに対する攻撃が実施されたこと、イラク西部の飛行場を抑えることで弾道ミサイルの発射を阻止したこと、を指摘した。「そして、イラクの首都を解放し、フセイン政権を権力の座と国家権力の中枢から追い出したのだ」と長官は語り、今日の Baghdad の映像を、ベルリンの壁の崩壊になぞらえた。
ただし、完全な勝利はまだだとして、フセイン大統領や、その 2 人の息子、その他の政権関係者を捕まえるまで作戦は終わらず、まだ前途には困難な作戦が控えている、と指摘した。
また、国防長官と Richard Myers 統合参謀本部議長はともに、湾岸戦争以来、イラク側に囚われている (または行方不明のままの) 捕虜の問題を指摘し、捕虜の解放が必要であるとともに、イラク側がジュネーブ条約を遵守しなればならないと警告した。また、イラクの原油生産の 40% を占める北部の油田地帯の確保や大量破壊兵器の開発、大量破壊兵器のテロリストへの拡散といった問題点が残されている点を指摘した。そのため、イラク国内で活動中のテロリストの身柄確保が必要とされる。
また、早期に暫定政権を発足させ、新しいイラク政府を立ち上げる道をつける必要がある。アフガニスタンとイラクは、場所は異なるが目指すところは同一であり、それは、安定した政権を発足させて自立した国家運営を実現し、よりよい未来を実現することである、と議長は語っている。

VP Cheney Compares Then and Now (DoDNews, 2003/4/9)
12 年前に国防長官を務めていたRichard Cheney 副大統領は、湾岸戦争と今回の戦争を比較して、「半分以下の地上軍と 2/3 の航空戦力で、より困難な目標を達成した」として中央軍を称揚した。サダム・フセインは湾岸戦争の再現を意図して、油田施設や橋のの破壊を意図していたものとみられるが、今回の戦争では連合軍の技術的な優越や、湾岸戦争のときと比べると大きく改善された能力が、イラク側を驚かせたと、副大統領は語っている。
「湾岸戦争では、偵察写真で目標を発見し、それを航空部隊に伝達して攻撃するまでに 2 日かかったが、今回はリアルタイム画像から得た情報がリアルタイムで飛行中の航空機に伝達された」と副大統領は語っている。また、一度に 16 ヶ所の異なる目標に 2,000lb 爆弾を投下できる B-2A 爆撃機の重要性も強調された。
湾岸戦争では地上戦開始前に 38 日間の航空作戦が実施されたが、今回は地上戦が先に開始され、湾岸戦争のときにやったような油田施設の破壊を防止し、600 ヶ所の油井の安全が守られた。おかげで、環境破壊や重要資源の浪費が防がれた。
さらに、湾岸戦争のときのようにイスラエルやサウジアラビアにミサイルを撃ち込ませない様に、弾道ミサイルの発射基地がある地域を早期に制圧した特殊作戦部隊の活躍が称揚された。また、Al Faw 半島を確保して人道支援の道筋を確保した海兵隊の活躍も、同様に称揚された。
戦史家の Victor Davis Hanson 氏は、今回の戦いぶりを「公平に見て、戦史でもっともすばらしい」と記し、「1940 年春のアルデンヌにおけるドイツ軍、1944 年 7 月のパットンと比べても、今回の Baghdad への突進は、その速度や死傷者の少なさ、大胆さという点で、先例がない」と評している。

Enemy POWs Captured in Iraq Are Getting Good Treatment (DoDNews, 2003/4/9)
John Della Jacono 憲兵大尉は、イラク軍の捕虜が連合軍によって適切に取り扱われていると説明した。捕虜は Umm Qasr に設置された収容所に入れられており、当初はイギリス軍が管理していたが、2 日前から米軍の管轄に変わった。現在は米陸軍の第 800 憲兵旅団が担当している。居住区画は大型テントで、ひとつのテントに 15-20 名が収容されている。また、負傷者に対しては陸上の医療施設か米海軍の病院船で治療がなされている。戦場で捕虜になった当初は MRE が与えられるが、収容所では 1 日に 2 回、温かい食事が供されている。
また、一部の捕虜はイラク軍の戦力や指揮に関する情報を提供してくれている。所要の物資が届けば、祈りの際に使用する敷物とコーランも用意される予定。現在、捕虜の総数は 7,300 名ほどだが、Umm Qasr の施設は 24,000 名まで拡張する余裕がある。最近、3-5 日かけて、国際赤十字による調査も実施された。

Two American Airmen Missing; Two Special Ops Soldiers Rescued (DoDNews, 2003/4/9)
6 日にイラク上空で F-15E が行方不明になり、搭乗員も発見されていない。撃墜されたのか、墜落事故かなど、詳細については明らかにされていない。この機体は、シーモアジョンソン AFB の 4FW に所属するもの。
7 日には、Baghdad 南方 5 マイルの地点から、負傷した特殊作戦部隊の人員 2 名が、悪天候を押して救出・後送された。その際、2 機の HH-60G ペイブホークに 4 機の A-10A が護衛につき、作戦全体を MC-130 から統制した。砂嵐で視界が 0.5 マイルしかない中を、ペイブホークは Najaf まで負傷者を運び、そこから医療施設の整ったクウェートまで後送された。

Iraqi Regime in 'Disarray,' Officials Concerned About Prisoners (DoDNews, 2003/4/9)
CENTCOM のスポークスマン・Vince Brooks 准将は、「フセイン体制は瓦解し、イラクの国民の多くは長年にわたった圧制から解放された」と語った。
作戦面では、イラク北部の飛行場 5 ヶ所とフセイン政権の関連施設に対する爆撃が継続されている。また、特殊作戦部隊はイラク西部・al Qaim の近くにあるバース党の施設を襲撃し、北部ではクルド人と協力して、Mosul の北方 25km にある小さな街を制圧した。
第 V 軍団は Baghdad 市内で作戦行動を継続しており、市街西部で治安を高めるとともに、この地域における作戦の主体を人道支援に転換する準備を開始した。
Karbala では、第 101 空挺師団 (航空強襲) が、学校の中に隠匿された大量の武器を発見した。
第 1 海兵遠征軍は、Baghdad 市内に進入するとともに al Amarah に対する攻撃を実施し、近隣にいたイラク軍の 2 個師団から軽微な抵抗を受けた。といっても、これらのイラク軍師団は、すでに爆撃で装備を破壊されていた状態。
Basra では治安維持のための作戦行動が開始され、この動きを Baghdad に向けて浸透させる動きが続いている。すでにフセイン政権の影響力が除かれた地域では作戦の主体が人道支援に移っており、イギリス、オーストラリア、スペインからの物資が Umm Qasr の港に搬入されている。その他、民間医療施設の再建も開始された。可能なときは、連合軍の医療担当者がイラクの市民に対する治療を提供している。9 日の遅くにスペインから野戦病院施設が Umm Qasr 港に到着する予定になっていて、これによってイラク南部における医療支援体制が強化される見通し。Baghdad やイラク南部では、連合軍は市民に歓迎されている。
なお、Brooks 准将は Rasheed の刑務所で名札のついた米軍の制服が発見されたことを認めたが、それ以上の詳細については語らなかった。同准将は捕虜の処遇に関する懸念を示している。また、湾岸戦争初日に撃墜された F/A-18 パイロットが依然として行方不明になっている点についても、同様に懸念を表明している。

Coalition Medics Provide Care to Iraqi Soldiers, Civilians (DoDNews, 2003/4/8)
米軍の医療関係者は、これまでに 300 名を超えるイラク人捕虜と一般市民に対して、病院で医療活動を提供した。戦場で治療を受けた数はさらに多い。捕虜のうち 75 名は骨折や銃創、弾片による傷を負っていたという。これはアラビア湾北方にいる USNS Confort からの話で、同艦は 1,000 床のベッドを持つ治療センターと数ダースの医師と看護婦、自前の通訳と手術室を持っている。
ところで、Baghdad 市内の、報道陣がいるホテルに対して M1 戦車が射撃を行ったと報じられている件について、Stanley A. McChrystal 少将は、狙撃手に対する反撃だったとされている報道内容は、まだ確認できていないと答えた。また、国防総省の Clarke 氏は、米軍に随伴取材しているのではない報道陣に対し、Baghdad 市内の危険性を警告した。McChrystal 少将も、戦線の兵士が、撃たれたら自衛のために撃ち返す権利がある点を指摘している。
なお、これまでに実施された固定翼機の出撃は累計で 30,000 ソーティを超え、10,000t を超える貨物が運ばれ、20,000 発を超える兵装が投下された、その 70-80% を各種の精密誘導兵器が占めているとの由。

B-1B Crew Details Mission Against Leadership Target (DoDNews, 2003/4/8)
フセイン大統領が死亡した可能性があるとされる 4/7 の爆撃は、405AEW (Air Expeditionary Wing) 所属の B-1B によって実施された。クルーは、「イラク政権の上級幹部」がいるとされる場所への攻撃を指示されて攻撃を実施しているが、大統領などの生死については不明。ただ、実際に大統領が死亡したのであれば、連合軍航空部隊の柔軟性をデモンストレーションできたといえる。
件の B-1B のクルーは、飛行中に AWACS から「でっかい目標が現れた」という連絡を受けた。「その種の言葉はイラクの首脳部を意味するもので、聞いた途端にアドレナリンがドッと出たが、すぐに訓練のときのような平静さに戻って『そいつはもらった !』と返した」とはクルーの弁。
命令を受領してから爆弾を投下するまでに要した時間は 12 分で、4 発の 2,000lb 爆弾 (JDAM) が、高度 25,000ft、速力400-500kt で投下された。その他、作戦を支援するために、空中給油機と、防空網制圧を担当する F-16CJ、レーダー妨害を担当する EA-6B がいた。
405AEW 指揮官によると、作戦に参加している B-1B はサウスダコタ州のエルズワース AFB から参加しており、任務可能率は 90% となっている。アフガニスタンでは、出撃全体の 5% に過ぎなかった B-1B が兵装の 40% を投下しているとのこと。イラクでも、毎日 24 時間体制で B-1B が飛んでいるので、連合軍の作戦計画者は、いつでも 72 発の JDAM を投下する手段を持っていることになるという。

Nimitz Carrier Strike Group Joins Others Deployed to 5th Fleet (NavNews, 2003/4/8)
USS Nimitz (CVN-68) を基幹とする空母戦闘群が、"Operation Iraqi FreedoM" 参加のため、最近、第 5 艦隊の責任区域に到着した。同戦闘群は、以下の艦で構成される。
USS Chosin (CG-65), USS Princeton (CG-59), USS Benfold (DDG-65), USS Fitzgerald (DDG-62), USS Rodney M. Davis (FFG-60), USS Oldendorf (DD-972), USS Bridge (AOE-10)。

101 もサボってません (CNN.com, 2003/4/7)
第 101 空挺師団 (航空強襲) 第 3 旅団が、Baghdad 南方 50 マイル付近のHillah で、Fedayeen Saddam のメンバーと交戦した。

Coalition Targets Senior Iraqi Leaders; Basra Liberated (DoDNews, 2003/4/7)
連合軍は 7 日、Baghdad 市内の Mansour 地区において、イラク政権の幹部をターゲットにした爆撃を実施した。使用されたのは米空軍の B-1B 爆撃機で、2,000lb 級の JDAM を 4 発投下している。CENTCOM の Vincent Brooks 准将は、爆撃の成果について評価するのは時期尚早としているが、今回の爆撃が、政権幹部が会議を開くという情報を得て実施されたことを明らかにしている。この種の攻撃が実施されるのは、3/19 に続いて、二度目。
一方、Basra ではイギリス軍が、イラク政権側の最後の残党を排除した。まだ非正規部隊が少し残っているが、組織的な抵抗は終結したとの由。イギリス陸軍では、将来のイラク経済を支える重要な基盤となる Rumailah と Al Faw 半島の石油関連施設は、安全に確保されている、といっている。
一方、現時点で作戦の焦点となっている Baghdad では、第 1 海兵遠征軍が Diyala 川を越えて攻撃をかけている。その際、T-72 戦車、装甲兵員輸送車、SAM、各種火砲、武装化した民間車両で構成されるイラク軍部隊と交戦した。最終的に、海兵隊は Rasheed 空港を確保した。一方、市の反対側では、米陸軍第 V 軍団の一部が市の中心部に夜を徹してとどまる一方、他の部隊が市の南北から攻め込んでいる。こちらも T-72 戦車や兵員輸送車、火砲などと交戦した。また、Baghdad 市街上空で 1 機の A-10A が SAM に撃墜されたが、パイロットは救出された。
イラク北部では、米軍の特殊作戦部隊とクルド人勢力が、イラク軍にプレッシャーをかけ続けている。Irbil の近くで発生した戦闘では、特殊部隊が近接航空支援を得て、イラク軍の兵員輸送車や戦車を破壊した。Kirkuk の近くでも、別の特殊部隊がイラク側の反撃を粉砕し、多数の戦車や兵員輸送車を破壊した。
Najaf と Karbala では、イラク軍の残党を排除する作業が続いている。また、前日に発見された「化学兵器」については、調査が行われている最中。できるだけ早く結果を発表する。
Baghdad 市内では Al Jazeera の関係者が死亡するアクシデントがあったが、連合軍は報道陣を狙っているわけではないと Brooks 准将は言明している。

Iraqi Regime: 'Systematic Disregard for the Law of War' (DoDNews, 2003/4/7)
国防総省の関係者は、フセイン政権が、長い間にわたって確立されてきた戦時法規に違反し、ジュネーブ条約を守っていないと非難した。それは、たとえば捕虜に対する虐待行為や、イラク兵が民間人の服装をしていること、降伏するふりをして攻撃を仕掛けてきていること、といった行状を指しており、これらは明確な戦争放棄違反だとしている。
湾岸戦争でも、イラクは捕虜に対する肉体的虐待や拷問、プロパガンダのための発言強要、食事の剥奪、国際赤十字との面会拒否といった行為を行っており、イラン・イラク戦争でも捕虜となったイランの兵士に対して同様の扱いをしている。これらは、イラクが戦争放棄をシステマティックに無視していることの現れだ、と指摘している。
事例として特に指摘されたもののうち、最初のものは、戦死した兵士の遺体の映像を国営テレビや Al-Jazeera で放映した、ジュネーブ条約の「死者の略奪および冷遇の禁止」に対する違反。第二は、恥辱的な状況の中で質問に答える捕虜の映像の放映、第三は、降伏するふりをして白旗を掲げる行為。さらに、民間人の服装をして連合軍を待ち伏せる行為についても指摘し、こうした戦時放棄に対する違反行為は、連合軍兵士とイラクの一般市民の生命を危険にさらすものだとして非難した。こうした行為に対し、アメリカ政府は取り得るすべての手段をとる、としている。
また、学校、病院、モスク、歴史的建造物を武装化して利用する行為についても、同様に非難している。

Possible Chemical Site Found, Rumsfeld Details Progress (DoDNews, 2003/4/7)
Donald H. Rumsfeld 国防長官は、イラク国内で化学兵器が発見されたという一部メディアの報道について、詳細な情報が入るまで発表を待つ姿勢を示した。これは、Karbala で第 101 空挺師団 (航空強襲) に所属する兵士が、サリンとマスタード・ガスを発見したというもの。現在、サンプルが収集されて、調査のために研究施設に送られているところ。
また、国防長官は Baghdad 市内における戦闘について、フセイン政権に対する戦争は順調に進展しているという見方を示した。「地上と空における作戦は順調に進展しており、フセイン政権に対する締め付けは強化され、彼らの選択肢は狭まっている」と長官は語っている。また、フセイン大統領の生死や所在については不明として、「いずれにしても、イラクの大半は彼の手中にない」と言明した。また、Basra についても、イギリス軍が市の大半を制圧したとしている。さらに、"Chemical Ali" こと Ali Hassan al-Najeed 氏が死亡したらしいという情報については、「彼はもはや、あなたやあなたの家族に危害を及ぼすことはない」とした。
こうして、連合軍は作戦開始以来、大きな成果を挙げてきているが、まだ、しなければならないことは多いという。
一方、Richard Myers 統合参謀本部議長は、連合軍の戦力を 34 万名以上、そのうち 125,000 名がイラク国内にいるとした。"バグダッド国際空港" を確保していると同時に、市の周囲に延びる幹線道路を確保し、大統領宮殿のうち 2 ヶ所を "訪問" したとしている。現在、連合軍に対して共和国防衛隊だけが散発的な攻撃を仕掛けてきているとした上で、イラク軍が 3/19 の時点で保有していた 800 両を超える戦車のうち、2-3 ダースを除いて、他は破壊、あるいは放棄されたと語った。イラク兵捕虜の人数は 7,000 名を超えているとのこと。

U.S. Units Take Iraqi Presidential Palace (DoDNews, 2003/4/7)
第 3 歩兵師団麾下の複数の部隊が、Baghdad 市内の大統領宮殿に入った。CENTCOM の Vincent Brooks 准将は、これを「連合軍が、自らの意思のとおりに動けることを示すものだ」とした上で、「今回の攻撃は、フセイン政権が首都を掌握できていないという事実を、より強力に示すものだ」と位置付けている。
報道によると、市内に入った連合軍部隊はイラク側の抵抗に遭遇したとされるが、抵抗は軽微なもので、作戦に影響を及ぼすほどのものではなかった。なお、米軍兵士が宮殿に入った頃に、イラク側のスポークスマンが「米兵が壁沿いに並んで自殺しており、市内に米兵の姿はない」といっていた。その一方で、情報省の建物から街路を横切った 1 台の指揮車 (井上注 : Command Post とあるので M577 のことか ?) に乗っていた某大佐は、TV のレポーターが話しているところに行って挨拶をした。
Baghdad 北西部では、第 V 軍団は増援に入るのを阻止しようとするイラク側の、戦車、兵員輸送車、火砲など各種 AFV で構成される部隊の反撃を受けた。しかし、この反撃は粉砕された。
依然として米軍は "バグダッド国際空港" を掌握しており、イラク人の空港職員が、連合軍兵士の手伝いをしている。日曜日には、1 機の C-130 が同空港に着陸した。
Basra ではイギリス軍が大幅な進展を見せ、残っているバース党や "death squad" の支配地域を追い詰めており、少数の抵抗拠点を残すのみとなっている。また、そうした戦闘の一方で、電力、水、食料品が、同地の 120 万の市民のために搬入されている。
航空部隊は、航空機や SSM、各種火砲といった、化学兵器の投入を可能にする敵の装備に対する攻撃を継続している。また、イギリス軍は "Chemical Ali" こと Ali Hassan al-Najeed 氏の死亡を報告した。この人物は 1983-1988 年にかけて、化学兵器による攻撃で数千人のイラン人とイラク人を殺害している。
イラク全土にわたって近接航空支援ミッションが展開され、全部で 850 ソーティ (井上注 : 1,850 の間違い ?) の出撃が実施された。そのうち攻撃ミッションが 600 ソーティを占め、そのまた 3/4 が近接航空支援となっている。また、給油ミッションが 400 ソーティ、空輸ミッションが 425 ソーティ、それぞれ実施された。投下された兵装の 70% が精密誘導兵器。
特殊作戦部隊は北部・中部・南部で不正規戦を実施するとともに、南部では「自由イラク軍」と共同作戦を展開している。また、弾道ミサイルの発射阻止や、フセイン政権の関連施設に対する攻撃も実施している。前夜には、Hadithah 近くの訓練キャンプを襲撃した。
また、化学兵器による攻撃の可能性を考慮して、警戒を続けている。Karbala で化学兵器関連施設が発見されたという報道があったが、国防総省ではまだ確認していない。

Saddam's Regime 'Is on Its Way Out,' Wolfowitz Says (DoDNews, 2003/4/6)
Paul Wolfowitz 国防次官は、20 年に及んだフセイン政権が、まもなく終結しようとしている、という見方を示した。また、同席した Peter Pace 統合参謀本部副議長も、過去 2 週間の戦闘で連合軍が大幅な進展を見せたとして、この見方を補足した。ただし、それと同時に、前途にはまだ大きな危険が待ち構えているとして、楽観論を戒めている。それは、BC 兵器の使用や自爆攻撃といった危険性が存在することによる。
とはいえ、Pace 副議長は、フセイン大統領が若いイラク軍兵士を望みのない状況に追い込んでいるとして、まもなくイラクの人々も、もはやフセイン大統領の政権が続く理由がないことを理解するだろう、としている。なお、Wolfowitz 次官は、情報機関からもたらされた情報により、イラクが大量破壊兵器を隠し持っているのは間違いないといっている。
イラク軍の共和国防衛隊については、Pace 副議長によると 2 個師団を完全に潰滅させ、残り 4 個師団についても装備している戦車や火砲、兵員輸送車の過半を破壊したが、残存している兵士はまだ危険な存在だ、としている。これらの兵士が戦闘行動を続けるかどうかについて言及するのは早計だが、今後もプレッシャーをかけ続ける、とのこと。また、最近の作戦行動により、Baghdad 市内のどこにでも、行きたいときに行けることが実証された、としている。
なお、エジプト・スーダン・シリアから参加しているとされる義勇兵についてPace 副議長は、それほど目立った存在ではないので心配していないとして、もしも彼らが戦闘に参加したところで、殺されるだけだといっている。
イラク南部では、「自由イラク軍」のメンバーが、米軍の民事担当部隊に随伴し、通訳として活動を開始している。Wolfowitz 次官は、今後、フセイン政権が崩壊すればイラクの再建に取りかかれるとしており、まずは可及的速やかにフセイン政権を打倒し、イラク国民の代表で構成された新政権を樹立するのが目標だ、と言明した。

U.S. Forces Drub Baghdad Defenders, WMD Search Continues (DoDNews, 2003/4/6)
CENTCOM の Vince Brooks 准将は、前日の米陸軍部隊の Baghdad 市内突入時に、数千人の死者がイラク側に発生した模様だと語った。「我々が選んだときに、我々が選んだ場所で、Baghdad に入って作戦できることを示し、連合軍に抵抗する者は大打撃を受けるということを示すためのデモンストレーションを実施した」と、同准将は続けた。
現在、Baghdad 周辺にはイラク軍の師団 3 個の残りが布陣しているが、目立った動きはないとのこと。なお、イラク軍は依然として、兵器やその他の軍需品を民間人の居住地域の近くに隠している。(それに対して攻撃を行う) 米軍やその他の同盟国軍の目標は、あくまでイラク軍であって、イラクの一般市民ではない、と同准将は強調した。また、前日の市内突入について、「イラクの体制が、どれだけを支配下に置き、また、置いていないかを明確に示すメッセージだ」としている。
さらに、大量破壊兵器 (WMD) の捜索が続けられている点を指摘して、作戦が終結した時点では、WMD からイラクが解放されている、と言明した。ただし、現時点での優先度はフセイン体制の崩壊にある。その目的が達成された後で、大量破壊兵器の捜索に重点が置かれることになる。

Coalition Air Forces Make Ground Gains Possible (DoDNews, 2003/4/5)
多数のアメリカ人が、Baghdad 市内を走る戦車の映像を目撃したが、それを航空作戦が支援していたことは知られていない。空軍の T. Michael Moseley 少将によると、「誰がどこに向かい、どの車両を破壊したかを知りたがる人もいるが、それは我々にとっても、地上で部隊を指揮している中尉や大尉にとっても、重要なことではない」とのこと。
地上軍の市内突入を受けて航空作戦の様態は変更され、24 時間フルタイムで、地上にいる前線航空管制官 (FAC) のコントロールを受けて作戦が実施されるようになる。常に Baghdad の上空には連合軍の航空機が張りつけられ、友軍のすぐそばに兵装を送り込むことになるが、その際、民間人の死傷者を局限するように注意を払う必要がある。そのため、「できるだけ小さいサイズの兵装を使用して、最大限の効果を発揮させるようにしている」とのこと。
また、「爆発する爆弾が常に最善の爆弾とは限らない」として、ときには炸薬を充填していないイナート弾を投下することもあるという。Baghdad 市内では精密誘導兵器しか使用しないという方針が検討されているが、もともと航空部隊は陸軍や海兵隊を支援するためにさまざまな種類の兵装を送り込む訓練に多くの時間をかけているので、こうした方針に切り替えるのは簡単ではない、という。
なお、イラクの西部や北部では、また戦闘の内容は異なったものになっている。イラク北部では、特殊作戦部隊がクルド人と協力してイラク軍やテロリスト・グループに対する攻撃を実施しているが、それに協力する連合軍の航空機は、戦略目標に対する爆撃を行っている。近接航空支援は、地中海から飛来する海軍の艦載機が担当している。また、イラク北部への第 173 空挺旅団の空挺作戦や、それに対する再補給も航空部隊の任務のひとつ。
イラク西部では、イラクによる弾道ミサイルの発射阻止のため、航空部隊が特殊作戦部隊と共同でイラク西部の飛行場を確保している。イラク南部では、戦略目標に対する攻撃から近接航空支援に重点が切り替えられた。
また、今回の作戦における空中給油機の重要性も指摘されている。3/19 から 4/3 までの間に、空中給油によって補給された燃料は 3,000 万ガロンにおよんでいる。その他、作戦行動を支援するために 50 基以上の人工衛星がかかわっている。

Infantry Division Takes Drive Through Baghdad (DoDNews, 2003/4/5)
"Operation Iraqi Freedom" の開始から 2 週間あまりを経て、米軍歩兵師団の一部が Baghdad 市内に突入した。これは、第 3 歩兵師団から抽出された 2 つの任務部隊によって実施された作戦で、市街の南方から突入してチグリス川に向かって北上し、その後、西方に抜けた。米軍側に死傷者はなし。
この作戦の目的は、連合軍が好きなときに好きな場所で行動できることを示し、イラク側にメッセージを送ることにある。また、連合軍が事態を掌握していないと主張する、イラク首脳部に対する示威行動でもある。
"バグダッド国際空港" は第 3 歩兵師団と第 101 空挺師団によって確保されており、イラク側の反撃を粉砕した。「もはや敵の砲兵は脅威ではない。敵はさまざまな規模と方角から攻撃を仕掛けてきたが、ひとつも成功しなかった」と CENTCOM の Renuart 中将は語っている。空港内には多数の施設があるので、ブービートラップがないかどうか確認して安全を確保するには、まだしばらく時間がかかる。しかし、容易に空港を稼動状態にできるだろうという感触はある、との由。
第 1 海兵遠征軍も Baghdad に向けて前進を続けており、エジプト・ヨルダン・スーダンからの義勇兵と激戦を交えたとする報道もある。それは別に驚くようなことではなく、アフガニスタンで、アルカイダのメンバーがさまざまな国の出身者で構成されていたのと同じことである。この戦闘も間もなく終結する見通しだが、まだイラク側は北部に支配地域を有し、共和国防衛隊と特別共和国防衛隊は Baghdad 市内に残っている。
なお、空港で自爆攻撃があったとする報道について、Renuart 中将は「確認できていない」としている。

Lynch to Rescuers: 'I'm an American Soldier, Too' (DoDNews, 2003/4/5)
CENTCOM の作戦担当、Victor Renuart 空軍中将は、Jessica D. Lynch 上等兵の救出作戦について、統合された計画立案と実行の勝利だ、と語った。
捕虜となった米兵が Nasiriyah の病院にいるという情報を得た米軍部隊は、ただちに情報の確認と作戦の立案に取り掛かり、救出に必要な資源があるかどうかを確認した。情報が本物と確認された後で特殊作戦部隊が計画をまとめて、陸軍からはレンジャー部隊と特殊作戦部隊、そしてヘリの搭乗員、空軍からはパイロットと戦闘指揮官、さらに海兵隊も加わってミッションが開始された。
海兵隊の一隊は市内に向かい、他の部隊はヘリと車両の両方で病院に向かった。病院に突入した際、現地の医師に対して Lynch 上等兵のもとに連れて行くよう説得した。死体安置所には、他の米軍兵士の遺体が置かれていた。
救助チームが病室に突入して名前を呼んだところ、事態が分かっておらず、怯えていたらしい Lynch 上等兵は顔までシーツを引き上げていたが、それを下ろしたところに「救出に来た」と兵士が呼びかけたところ、彼女はそれを理解したらしかった。そして、兵士が歩み寄ってヘルメットを外したところ、上等兵はこう答えた。"I'm an American soldier, too."
米軍の衛生兵が上等兵の怪我の状態を確認した後、上等兵を運び出した。怪我は両脚と腕、頭にも及んでいた。その後、ヘリと航空機で後方の病院に運ばれた。
なお、同じ病院で、遺体で発見された米軍兵士の身元は以下の通り。

Sgt. George E. Buggs, 31, of Barnwell, S.C.
Master Sgt. Robert J. Dowdy, 38, of Cleveland, Ohio
Pvt. Ruben Estrella-Soto, 18, of El Paso, Texas
Spc. James M. Kiehl, 22, of Comfort, Texas
Chief Warrant Officer Johnny Villareal Mata, 35, of Amarillo, Texas;
Pfc. Lori Ann Piestewa, 23, of Tuba City, Ariz.
Pvt. Brandon U. Sloan, 19, of Cleveland, Ohio
Sgt. Donald R. Walters, 33, of Kansas City, Mo.

Powell Predicts 'A Better Day Ahead' for Iraq (DoDNews, 2003/4/4)
Collin Powell 国務長官は、「イラクの解放は近い」と表明すると同時に、暫定政権作りの計画が進められていることを明らかにした。この暫定政権には、イラクのすべてのグループの代表が参加するとのこと。また、戦後のイラク復興は国連と協力して進めたい、とも言明している。

Iraqi Family Risks It All to Save American POW (DoDNews, 2003/4/4)
Jessica Lynch 上等兵は、イラク側に囚われて「サダム病院」に搬入された際、40 人を超える殺し屋に囲まれ、複数の怪我や骨折に苦しんでいた。その際、イラク側は彼女の脚を切断するかどうか議論していた。そうした中で、あるイラク人 (身の安全のために、Mohammad とする) が、彼女に「心配しないでください」と耳打ちした。実は、Mohammad はすでに米海兵隊と協力していて、情報収集活動に当たっていた。
翌日、Mohammad は 10km の道のりを歩いて海兵隊の元に赴き、Lunch 上等兵が囚われているという情報を伝えた。実は彼の妻は「サダム病院」の看護婦で、病院の警戒態勢が通常レベルであるという情報をもたらしていた。
Mohammad が、Lynch 上等兵のことを海兵隊に伝えようと決断したのは、イラク軍の大佐が上等兵を殴打しているのを窓越しに見たこと、それ以前に上等兵が彼の脇を引きずられていったのを見ていたこと、といった理由がある。
そこで、Mohammad は海兵隊の検問所に向かい、間違って撃たれないように両手を高く上げた状態で近付いた。その上で、「何をしに来たのか」と問われた Mohammad は、「重要な情報をもってきた。Jessica のことだ」と答えた。そして、海兵隊に話を伝えた後、Mohammad は病院に戻り、警備状況を確認した。帰宅後、予想外の「サダム暗殺隊」の訪問があったため、妻と子供を逃がしたものの、自動車やその他の資産は強奪された。Mohammad は、自分自身のことは心配していなかったというが、サダムの手下どもが妻子を殺害するのではないかと考えていた。
病院では、医師が上等兵の右脚を切断しようとしていたので、Mohammad はいろいろと理由をつけて時間を稼ぎ、手術を遅らせた。その後、市街で戦闘が続いている間、Mohammad は病院の警備状況を監視していた。
Mohammad は、自分と妻の手で作成した 5 種類の見取り図を海兵隊に渡していた。それには、病院内の位置関係や警備の状況、41 名の悪党の存在、病院の屋上にヘリが着陸できる、といった情報が記されていた。そこで、その情報を基にして、4/1 に救出作戦が決行された。救出された上等兵は、ドイツに後送された。
現在、Mohammad と彼の家族は、安全な場所に保護されている。彼の妻は、負傷した連合軍兵士の治療に当たりたいと表明している。また、そのうち Lynch 上等兵と会いたいと希望しているとのこと。

Iraqi Freedom Largest Special Ops Effort Since Vietnam (DoDNews, 2003/4/4)
"Operation Iraqi Freedom" は、ベトナム戦争以来最大の規模で、特殊作戦部隊が活動する戦争になった。主力は米軍の特殊作戦部隊だが、イギリスやオーストラリアも有能な部隊を送り込んできている。
統合参謀本部の Stanley McChrystal 少将によると、連合軍は、今は「バグダッド国際空港」と呼ばれることになった施設を確保し、多くの部隊を集結させて、空港周辺に対する支配を強めつつある。また、建物などに残る敵兵の掃討も必要。
東方では、Al Kut から前進してきた海兵隊が、Baghdad 郊外を防衛している共和国防衛隊と戦闘中。
国防総省のスポークスウーマン・Torie Clarke 氏は、テレビで放映された「Baghdad を視察するフセイン大統領」の映像について、フセイン大統領の生死は依然として不明である、として、現政権の指導部が自国に対するコントロールを失い続けているのは明白だ、という見方を示した。
自らも特殊作戦部隊の徽章をつけている McChrystal 少将は、イラクにおける特殊作戦部隊の活動について、自分がこれまで見聞きしたいずれの作戦よりも大きな活躍を見せているとして称揚している。特に、イラク北部における特殊作戦部隊のプレゼンスは顕著なものがあり、現地のクルド人と協力して地域の安定化を図っているとする。イラク西部でも、飛行場や大量破壊兵器関連施設、指揮統制施設などを制圧している。現在、イラク国内で数百名の特殊作戦部隊員が活動中とのこと。

Water Flowing Into Southern Iraq; Food on the Way (DoDNews, 2003/4/4)
クウェート政府の支援を得て、連合軍が制圧したイラク南部に対して食料品と水の供給が開始されている。第 354 民事旅団を指揮する David Blackledge 大佐によると、クウェート北部から Umm Qasr まで、水を運ぶためのパイプラインが設置されたとのこと。その先はトラックで運ばれているが、その際には現地のイラク人ドライバーを雇用しているため、現地経済にも貢献する。以前、Umm Qasr は水の供給を Basra に頼っていたが、開戦後はそれが不可能になっていた。
また、第 354 民事旅団は他の政府機関や国際機関、NGO と協力して、援助物資の配分を調整する作業にもあたっている。

Renamed Airport Gateway to Iraq's Future (DoDNews, 2003/4/4)
連合軍によって制圧された「Saddam International Airport」は、新たな支配者によって「Baghdad International Airport」と名称を変更した。CENTCOM の Vincent Brooks 准将によると、第 V 軍団は激戦の末に同空港を制圧し、いまや「イラクの自由へのゲートウェイ」になった、とのこと。
また、イラク西部の Hadithah Dam では、新手の自爆攻撃があった。助けを求める妊婦に兵士が接近したところ、車が爆発して、件の女性も死亡した。現在、この件については調査を進めている最中。このダムは、4/2 以来、米軍特殊作戦部隊が支配下においている。
Baghdad の郊外では化学戦の訓練施設が発見された。
航空攻撃は、指揮統制施設、地対地ミサイル、防空施設、航空機などを対象に実施されている。3 日には全部で 1,900 ソーティの出撃が実施され、そのうち攻撃任務は 850 ソーティ。その 85% が共和国防衛隊に指向された。その他、給油ミッションが 450 ソーティ、空輸ミッションが 200 ソーティ、指揮統制や情報収集に関するミッションが 100 ソーティほど実施されている。
第 1 海兵遠征軍は Baghdad に向けて進撃を続けており、Al Kut 近郊で共和国防衛隊・バグダッド師団の残りを潰している。その際、2,500 名ほどの共和国防衛隊兵士が降伏したという報道がなされているが、Brooks 准将は「正確な数は不明」としている。降伏してきたのは、部隊全体ではなく、部隊の一部分との由。
最近の共和国防衛隊との戦闘では、もはや個々の部隊を識別するのは難しくなってきているという。イラク側の組織はズタズタに破壊されているが、まだ特別共和国防衛隊が Baghdad 市内に残留しており、その一部とは空港制圧時に戦闘を交えた。その際、調整されていない小規模な攻撃があった。
イラク北部では特殊作戦部隊が重要拠点を押さえており、イラク軍に対する航空攻撃を調整している。

自殺バス !? (CNN.com, 2003/4/4)
サダム国際空港を奪取しようとした米軍に対し、イラク軍はダンプカーやピックアップ・トラック、バスに兵士を満載し、武器を撃ちまくらせながら突っ込ませた。これを米軍側は「自殺バス」と呼んでいる。しかしながら、これらの車両は米軍の戦車によって、簡単に駆逐された。そうしたバスの中の 1 台は、中に爆薬を積んでいたかのような大爆発を起こしたとの由。

Precision Munitions Provide 'Great Capability,' Carry 'Great Responsibility' (DoDNews, 2003/4/3)
"Operation Iraqi Freedom" では、精密誘導兵器と入念な目標選定が、ミサイルや爆弾の効果を最大限に発揮させ、付随的被害やイラク市民の死傷を最低限に抑える効果を発揮している。これは、統合参謀本部の Stanley A. McChrystal 少将が語ったもの。その上で、同少将は、今回の戦争の目的がフセイン政権の除去にあり、イラクの一般市民を目標にしたものではないことを強調した。レーザー、あるいは GPS で誘導される爆弾は、過去に聞いたことがないほどの高い命中精度を発揮しているとされる。
ただ、その一方で、通信施設のように軍民双方に使用されている目標に対する攻撃の立案や、攻撃に際しての付随的被害の回避に気を使わなければならず、一般市民がさまざまな施設に勤務していない夜間の爆撃を行っている理由である、とも述べている。

Coalition Forces in Commuting Distance to Downtown Baghdad (DoDNews, 2003/4/3)
連合軍は Baghdad の郊外まで進出し、Donald Rumsfeld 国防長官によると「多くのアメリカの通勤者が通っているダウンタウンのオフィスよりも、(連合軍は) イラクの首都の中心に接近している」と説明した。また、イラクの一般市民が連合軍のことをイラクの市民について気遣いを示す存在だということに気付き始めている、として、シーア派大アヤトラの Sistani 師が、イラク人に対して平静を保ち、連合軍の邪魔をしないように呼びかける指示を出したことを引き合いに出した。また、国防長官は、イラクが Baghdad 近隣のシーア派関連施設に爆撃を仕掛けている点を非難している。
Richard Myers 統合参謀本部議長は、第 V 軍団が Saddam 国際空港に接近しているという報道に対してコメントしなかった。また、Baghdad が停電で真っ暗になっているという件に関しては、連合軍は電力施設を攻撃目標にはしていない、としている。陸軍と海兵隊はすばらしい前進を見せているものの、国防長官は、本当に大変な戦闘はこの後に控えている、とも指摘した。共和国防衛隊のメディナ師団とバグダッド師団は、もはや深刻な脅威ではなく、一部の部隊は崩壊しつつある政権のために戦うより降伏する道を選んでいる、との由。さらに、国防長官はイラクの政権が弱体化しているという見方を示した。
現在、連合軍はイラクの主要な油田や道路、Baghdad に通じる橋を確保しており、開戦から 2 週間でフセイン政権の戸口までやってきた、と長官は語っている。そして、イラクの兵士に対して、フセイン政権のために戦うより、イラクの市民を解放するために連合軍と協力するべきだ、と指摘した。
また、国防長官と統合参謀本部議長は、イラクの現政権のために取引をまとめようとしている「第三国」について酷評し、そうした取引はフセイン政権に希望と弾薬を与え、結果としてさらに 10 年あまり政権を延命して 17、ないしは 18 件の国連決議を新たに必要とする状況を産む、と指摘した。そうなれば、連合軍とイラクの市民の両方に、さらに多くの死者が生じる、と議長は指摘している。

Powell: Post-War Iraq to Transfer Quickly to Iraqi Control (DoDNews, 2003/4/3)
Colin Powell 国務長官は、当初は連合軍が戦後のイラクを安定化させる任務や大量破壊兵器の捜索・破壊を担当するとしつつも、できるだけ速やかにイラクを暫定政権に引き渡すという考えを示した。また、一部のヨーロッパ諸国が、アメリカと同盟国による軍事力の投入に対して反対した件を指摘した。具体的な国名には言及しなかったものの、もっとも強い反対はフランスとドイツからのものだった。しかし、国務長官は、イラクの市民のために我々は足並みを揃えて前進すべきだ、と指摘している。
また、国務長官は報道陣からの「アメリカ外交の失敗」という指摘を否定し、アメリカの外交はうまくいっていると言明した。

President Salutes Marines, Vows Destination Baghdad, Nothing Less' (DoDNews, 2003/4/3)
ノースカロライナ州のキャンプ・レジューンを訪問した Bush 大統領は、イラクにおける海兵隊の活躍を称揚した。

U.S. Pledges Extra $200 Million for Iraqi Food Relief (DoDNews, 2003/4/3)
アメリカは、イラクの一般市民に対する食糧援助のため、2 億ドルの寄付を決定した。これは国連の世界食糧計画 (WFP) を通じて援助に使用される。援助用の食料品は、時間を節約するために現地調達される。これにより、2,300 万人の市民に対して 1 ヶ月分の食料品が供給可能。
さらに、オクラホマ、カンザス、テキサスから 28,000t の小麦が積み出され、テキサス州 Galveston から送り出された。これは、以前に Emerson Trust によって提供された 20 万トンの小麦に続くもの。

Coalition Land Forces Approaching Baghdad (DoDNews, 2003/4/3)
2 日に、海軍の F/A-18 が行方不明になり、陸軍の UH-60 が墜落した。前者については、まだ正確な場所は不明。Vincent Brooks 准将はこれらの件について、原因について言及するには時期尚早だと語っているが、後者については、敵の砲火によるものとは考えていない」としている。
フセイン大統領の指示で軟禁されていた、イスラム教シーア派のアヤトラ・Grand Ayatollah Sistani 師が、イラクの市民に対し、平静を保ち、連合軍の作戦を邪魔しないように呼びかける指示を出した。
第 3 歩兵師団は、ネブカデネザル師団が防衛していた Karbala Gap を突破してユーフラテス川に架かる橋を確保し、Baghdad の西方 10 マイルにある Saddam 国際空港に接近している。海兵隊は Al Kut を突破して、Baghdad に向けてチグリス川北岸から進撃を続けている。
特殊作戦部隊は Tikrit と Baghdad の間の道路を遮断し、共和国防衛隊の増援を阻止している。また、Hadithah にあるダムを確保し、フセイン大統領と息子が頻繁に使用している Baghdad 近郊の宮殿を襲撃した。イラクの首脳部は発見されなかったが、多くの書類を押収している。
4/2 に実施された航空機の出撃は 1,900 ソーティほど。イラク全土で作戦が展開されているものの、中心は地上軍に対する近接航空支援になっている。攻撃ミッションは 900 ソーティ、給油ミッションは 500 ソーティ。

Highlighting the Cruel Nature of Iraqi Regime (DoDNews, 2003/4/3)
対イラク戦争の開始以来、米軍関係者は一貫して、イラクのジュネーブ条約違反について指摘している。たとえば、市民に対してモスクに隠れるように暗殺隊がけしかけているが、これは軽蔑に値する。
最近では、Najaf で最悪の事例があった。当地のアリ・モスクは、メッカとメディナに次ぐ、イスラム教シーア派にとっての聖地だが、ここで、イラク軍はモスクに隠れて第 101 空挺師団の兵士に対して発砲してきたと、Vincent Brooks 准将は語っている。(ちなみに、シーア派とは、イスラム教の正当なリーダーとしてアリ・ムハンマドを支援する政治運動として起こったもの)
イラク側が、連合軍に反撃させるためにアリ・モスクを使用したことは、最新の嫌悪すべき実例である。戦時法規の下では、米軍が砲火を開く可能性は存在するものの、実際にはそうしないことにした。それは、軍事的価値を持たず、保護されるべきものを保護するというアメリカの人道主義に対するアプローチを示すものだ、と同准将は語っている。
こうした例は、連合軍が村から村へ進撃するたびに見られる。イラク軍は、学校を武装拠点化し、病院を指揮所に使用している。Jessica D. Lynch 上等兵が救出された Nasiriyah の病院からも、弾薬や迫撃砲が発見されている。また、Nasiriyah の郊外では、病院の脇に T-55 戦車が駐められていた。こうした行為は戦時法規違反である、と Brooks 准将は指摘している。
3/29 には、国防総省のスポークスウーマン・Torie Clark 氏が、イラク兵が待ち伏せのために民間人を装っている点を指摘している。また、同氏はイラク軍が、装備を民間人のまわりに置き、民間人を "人間の盾" として使用し、油田を破壊し、軍の輸送のために救急車などの民間車両を使用している、とも指摘している。
また、Donald Rumsfeld 国防長官は、サダム・フセイン大統領の直接指揮下にある暗殺隊が、軍や共和国防衛隊に対してフセイン大統領の意思を強いるために用いられている、と指摘している。これらの人員は刑務所から解放された囚人で構成され、民間人の服装をして、民間人の中に紛れ込んでいる。イラクの反体制派は拘束されて姿を消し、手・足・舌が切り取られ、女性の親類が本人の目の前で強姦されている。別の場所では首をはねた事例もある。こうすることで、連合軍に対して降伏するのを防ごうとしているのだと国防長官は言明した。
また、捕虜の扱いもジュネーブ条約違反の一例である。連合軍のもとには 4,500 名以上のイラク兵捕虜がいるが、国際赤十字は面会が可能で、人道的に扱われている。それに対し、イラクは 15 名米軍兵士を捕虜にしており、さらに少なくとも 7 名が戦闘中行方不明者 (MIA) になっているが、赤十字は面会できていない。しかも、捕虜や戦死者の映像をテレビで放送している。こうした、兵士に恥辱を与える行為はジュネーブ条約で禁止されているが、これも、イラクが自国の兵士に対して降伏しないように強要する手段の一つである。この件については、イギリスの Tony Blair 首相も、イギリス軍兵士 2 名が殺害され、遺体の映像を放送されたと糾弾している。
他にも、以下のような事例がある。
  • Kirkuk では、16 名のクルド人が殺害された
  • Basra では、イラクの暗殺隊が逃亡を試みた一般市民に対して迫撃砲と機関銃を撃ち込んだ
  • イラクの暗殺隊は、連合軍の車列に手を振った女性を絞首刑にした
  • イラク兵は、降伏したように見せかけて、捕縛のために接近した海兵隊員を殺害した
  • イラク軍は、女性や子供を "人間の盾" に使用している

Female B-2 pilot makes history (AFNews, 2003/4/2)
393BS に所属する Jennifer Wilson 大尉が 4/1 に、実戦では初の女性 B-2A パイロットとして "Operation Iraqi Freedom" に参加した。彼女は以前、B-1B のパイロットで、"Operation Allied Force" で実戦参加した経験を持つ。ジョージア工科大学の ROTC プログラムを経て空軍に入り、コロンバス AFB で飛行訓練を受けた 30 歳。2000 年秋に B-2A の転換プログラムに入り、2002 年 4 月に B-2 の資格を獲得した。

Airlifters play big role in Iraqi Freedom (AFNews, 2003/4/2)
320th Air Expeditionary Wing に所属する C-130 が、第 82 空挺師団を前線に輸送する任務を担当し、飛行場や周辺の安全確保に寄与した。

B-52 crews use 'smart-guided' cluster bomb (AFNews, 2003/4/2)
4/2 に、米空軍の B-52 が Baghdad 南方で、イラク軍の機甲部隊に対して 6 発のクラスター爆弾を投下した。使用されたのは CBU-105 WCMD (Wind Corrected Munitions Dispensers) で、これは WCMD の実戦初使用。CBU-105 から散布された子爆弾は、エンジンなどの熱源を探知して、上空から攻撃・破壊する。また、風や悪天候の影響を受けないように弾道を補正する機構が組み込まれている。

U.S., Turkey Announce Operation Iraqi Freedom Support Agreement (DoDNews, 2003/4/2)
アメリカとトルコは、トルコがアメリカの対イラク戦争を支援することで合意したと発表した。トルコは、イラク北部に対する米軍の補給が領内を通過することを認め、以前に合意している米軍機の領空通過に加えて、トルコ国内への緊急着陸も承認した。
アメリカは、イラクに対する第二戦線を形成するため、トルコから第 4 歩兵師団をイラクに投入する計画だったが、トルコ側が大量の米軍兵士の国内通過を認めなかったため、同師団はクウェートに移動させられた。また、トルコは自国内への難民流入を警戒し、湾岸戦争のときに行ったように軍をイラク領内に入れるつもりだった。しかし、イラク北部に住んでいて独立を希望しているクルド人がトルコ軍の侵入に反対したこと、実際に戦争になってみたところ、難民流入が発生しなかったこと、といった事情から、アメリカとトルコの間の協力関係が復活した。
また、トルコは戦後のイラクについても人道的な面などで協力できるだろう、と、トルコを訪問していた Powell 国務長官は語っている。

More Details on Lynch Rescue, 11 Bodies Found (DoDNews, 2003/4/2)
イラク側が戦闘の拠点に使用していた「サダム病院」から発見・救出された、Jessica D. Lynch 上等兵救出の詳細が明らかにされた。
Vincent Brooks 准将によると、同上等兵はテキサス州フォート・ブリスの第 507 武器整備中隊所属で、補給隊がイラク軍の待ち伏せに遭い、23 日から行方不明になっていた。CENTCOM では、補給隊が Nasiriyah の近くで道を曲がる場所を間違え、民間人の服装をしたイラク兵に襲われたと説明した。
救出に参加したのは、陸軍のレンジャー部隊と海軍の SEAL チーム、空軍の管制官と海兵隊で、損害は皆無。「これは、戦友を置き去りにしないと誓った、我が国でも最優秀の兵士によって実行された、古典的統合作戦だった」と Brooks 准将は語っている。
銃撃戦の大半は病院の外部で発生した。イラク軍が指揮所として使用していた病院の内部に入った連合軍兵士は、そこで迫撃砲、弾薬、地形図などの装備を発見した。また、11 名の遺体が発見されたが、そのうち 2 体は死体安置所、9 体は墓地で発見されている。
Lynch 上等兵は飛行機でドイツに後送された。彼女を発見するために何人もの兵士が生命を危険にさらしたが、彼らは戦友を置き去りにしないという信条に忠実だった、と Brooks 准将は語っている。

Vice Chairman Calls on Iraqi Commanders To Disobey Illegal and Immoral Orders (DoDNews, 2003/4/2)
Peter Pace 統合参謀本部副議長は、「これまでと同様、降伏することによって、イラクの軍司令官は自分と部下の運命を決定できる」と言明した。また、依然として非人道的な犯罪行為や大量破壊兵器の使用を命じるには至っていない、さらに、イラク軍の指揮官が、大量破壊兵器の使用命令に従ってはならないと認識しているものと信じている、ともいっている。
また、Baghdad と Al Kut の周辺で、空陸からの攻撃によってイラク軍の師団が潰滅させられている点を指摘して、ものすごい仕事をしている航空戦力と敵の残存戦力を破壊している地上軍のコンビネーションが、今後も継続される、としている。
また、Baghdad に対する爆撃は付随的被害を避けるために精密に実施されているとして、イラク側がいう民間の被害の多くは、イラク側の対空砲によるものだという見方を示した。連合軍の兵装の中に、予定通りに機能しなかったものが存在する可能性があることも認めているものの、イラク側が無闇矢鱈に発射している SAM や対空砲の方が、はるかに数が多いと指摘した。
そして、 Jessica D. Lynch 上等兵の救出については、情報活動と、複数の軍種の協力による成果だと賞賛した。

Coalition Destroying Iraqi Republican Guard (DoDNews, 2003/4/2)
Vincent Brooks 准将は、Al Kut と Karbala で大規模な戦闘があり、共和国防衛隊の 1 個師団を潰滅させ、他の師団にも大きなダメージを与えた、と発表した。
Al Kut では、海兵隊が共和国防衛隊のバグダッド師団を壊滅させ、チグリス川を渡河した。一方、Karbala では第 V 軍団がメディナ師団とネブカデネザル師団を攻撃し、Najaf でも別のイラク軍を攻撃した。米軍は数千の市民に歓迎される一方、モスクに隠れたイラク軍からも "歓迎" されたとのことだが、Brooks 准将は、詳細について語るのを避けた。なお、現在も共和国防衛隊との接触が続いているが、彼らが苦境にあり、地上でもっとも手ごわい敵と対峙しているという以上のことを明らかにするのは難しい、としている。
地上軍などに対する航空攻撃は依然として続けられており、1 日の出撃は全部で 1,800 ソーティ、そのうち攻撃任務が 800 ソーティ。これらの多くはメディナ・ハムラビ・バグダッドといった、共和国防衛帯の各師団に振り向けられた。その他、給油任務が 400 ソーティ、空輸任務が 250 ソーティ、指揮統制・監視・偵察任務が 150 ソーティ、それぞれ実施されている。使用された弾薬の 70% が精密誘導兵器。
なお、26 日に Baghdad の市場に対する爆撃があったとされている件に関して、その時点で現地には航空機もミサイルも爆弾も何も存在しなかった、としている。
特殊作戦部隊はダムを制圧し、イラク側がユーフラテス川の氾濫作戦を起こすのを阻止した。また、ダムの周辺ではイラク軍に大きな損害を与えた、としている。
イラクの一般市民は日を追うにつれて協力的になっており、"death squad" やイラク軍の追跡に協力してくれているとの由。

エチオピア人も食わない食事 ? (Contracts, 2003/4/1)
MRE (Meals, Ready-to-Eat) と HDR (Humanitarian Daily Rations) の発注。
AmeriQual Group LLC 社に $69,175,000、The Wornick Co. に $60,195,625、SOPAKCO Packaging 社に $44,981,875。

Coalition aircraft strike two Iraqi targets (AFNews, 2003/4/1)
Baghdad 西方 200 マイル、Ar Rutbah にある無線中継施設に対し、2 機の米空軍機がレーザー誘導爆弾による攻撃を実施した。また、Baghdad 市東部にあるオリンピック委員会の建物にも、別の機体が攻撃を実施した。ここには、イラク政権の幹部が住んでいるとされている。

Unconditional Surrender Demanded of Iraqi Regime (DoDNews, 2003/4/2)
Rumsfeld 国防長官はイラクに対し、連合軍は無条件降伏しか要求しない、と言明した。
イラク北部では、地元のグループや米軍の特殊作戦部隊、第 173 空挺旅団が足場を固めており、西部でも特殊作戦部隊が重要なエリアを保持している。それにより、イラクはイスラエルに対してミサイルを発射することができずにいる。また、南部では共和国防衛隊との戦闘準備を整える一方で、Basra を確保している。こうした、過去 12 日間の戦闘の結果は、多くの人が湾岸戦争に匹敵するものと評価するだろう、と国防長官は言明している。
「湾岸戦争では 38 日間の航空戦に続いて地上戦を開始したが、今回は航空戦より先に地上戦を開始し、数千人の特殊作戦部隊がイラク全土に展開し、クウェートからイラク南部に大群がなだれ込んだ。そして、イラク国民はフセイン政権の手法が瓦解するのを目撃しており、もはやその多くはフセイン政権を支持してはいない。サダム本人も表に姿を現していない」と国防長官は語っている。

Myers Slams Monday Morning Armchair Quarterbacks (DoDNews, 2003/4/2)
Richard Myers 統合参謀本部議長は、連合軍が兵力不足の状態でイラクに攻め込んだとする報道に対し、「それは偽りで、かつ有用なものではない」と批判した。そうした批判は、たった 12 日で Baghdad をとれるとした知ったかぶり (原文は "armchair quarterbacks") のいうことだ、とのこと。

Saddam a No-Show on Iraqi Television (DoDNews, 2003/4/12)
Rumsdeld 国防長官や国防総省の幹部は、「フセイン大統領の声明」と称するものが本人によって読み上げられず、フセイン大統領本人も表に姿を現していない点を指摘した。国営テレビに登場して「侵略者に対する聖戦」を呼びかけたのは Muhammed Saeed Sahaf で、大統領本人ではない。
しかし、連合軍が首都から 50 マイル以内に攻め込んでおり、航空優勢を確保して南部の油田を制圧し、人道援助を開始しているという状況の中では、いずれ、サダム・フセイン本人が姿を現さざるを得ないだろう、と見ている。

Army Units Confront Iraqi Republican Guard (DoDNews, 2003/4/1)
米陸軍は Karbala で、共和国防衛隊に対する攻撃を実施した。攻撃は成果を挙げ、イラク軍の将軍 1 名を捕虜にしただけでなく、飛行場 1 ヶ所と 暗殺隊の訓練施設を制圧した。Vincent Brooks 准将によると、これらの攻撃は限定的な目的を持つもので、共和国防衛隊の防衛網に弱点をつくるためのものだという。
また、検問所で発生した、婦女子が乗ったクルマに対する発砲で死者が出た件については、遺憾の意を示しつつも、これまでの交戦規則は変更しないとした。ただし、この件に関する調査と、検問手順に関する評価を実施する。
航空作戦は約 2,000 ソーティが実施され、そのうち 800 ソーティが攻撃任務。また、空中給油任務は 400 ソーティが実施され、2,000 万ガロンの燃料が補給された。その他、空輸任務が 250 ソーティ、指揮管制などの任務が 125 ソーティ。
Brooks 准将によると、共和国防衛隊には督戦のため、暗殺隊のメンバーが混じっているという。その共和国防衛隊に対し、連合軍は自軍に有利な状況を作り出し、敵の組織の内部に指揮系統の寸断によって弱点を作ることで対処しようとしている。

給油機、貸します (NavNews, 2003/4/1)
USS Nimitz (CVN-68) 乗艦の CVW-11 は、保有する F/A-18E/F スーパーホーネットのうち 4 機 (E 型 2 機、F 型 2 機) を、ファイター/タンカー任務のため、USS Abraham Lincoln (CVN-72) 乗艦の CVW-14 に提供している。これは CVW-14 のタンカー不足を補うための措置で、これによって艦載機の航続時間を延伸し、地上戦に対する支援を効率的に実施できる。

転落事故 (NavNews, 2003/4/1)
USS Constellation (CV-64) で、VS-38 所属の S-3B が飛行甲板から転落する事故があったが、乗員は救助された。

荷下ろし開始 (CNN.com, 2003/4/2)
第 4 歩兵師団の装備を運んでいる 4 隻の輸送船が、クウェートでアパッチ攻撃ヘリ、M1 戦車、M2 歩兵戦闘車、HMMWV など、装備の荷下ろしを開始した。これらは、必要とされれば一週間以内に前線の部隊に合流可能。

Saddam Has Not Been Seen Since First Strike, Pace Says (DoDNews, 2003/4/1)
統合参謀本部副議長の Peter Pace 海兵隊大将は、3/19 の攻撃開始以来、イラクのサダム・フセイン大統領が、一度も公の場に姿を現していない、と指摘した。
これは、31 日に行われたニュース番組のインタビューでの発言だが、複数の情報源によると、フセイン大統領が某所の複合施設内にいるところに連合軍が精密な航空攻撃を仕掛けた、としている。また、同じ情報源は、同大統領がその攻撃以来、一度も表に姿を現していないとしている。
Pace 大将は、「それ以来、サダムがどこにいるかは分からないが、公表されるのはテープばかりで、サダム本人ではない」と指摘した。そして、「では、サダムはどこにいるのか。死んでいるのか ? 負傷しているのか ? それとも部下の兵士に殺されるのを怖れて引っ込んでいるのか ? それとも、人民に殺されるのを怖れて引っ込んでいるのか ?」と続けた。
また、最初にサダム・フセインを標的にした攻撃を実施して以来、イラク軍の戦闘部隊にリーダーシップが欠如している、と指摘した。さまざまな部隊が戦場で戦っているものの、上級指揮官によって統制されたものではない、と Pace 大将は指摘している。さらに、イラク首脳部の家族が国外に逃亡しているとも付け加えた。

More than 100,000 Coalition Troops in Iraq (DoDNews, 2003/3/31)
現在、対イラク戦争のために展開している連合軍の戦力は 30 万人を超えている。さらに、毎日 2,000 名ほどが現地に空輸されていると、国防総省のスポークスウーマン Torie Clarke 氏が明らかにした。
また、統合参謀本部の Stan McChrystal 少将によると、As Samawa と An Nasiriyah では、イラクの非正規部隊に対する攻撃を推進するため、ユーフラテス川にかかる橋を確保したとのこと。航空攻撃は、共和国防衛隊のメディナ師団とハムラビ師団、バグダッド師団、アルニダ師団に対して実施されている。また、Baghdad やイラク北部の指揮統制施設や防空施設に対する攻撃も継続されている。
これまでに使用されたトマホークは 700 発、誘導爆弾は 8,000 発を超え、特に共和国防衛隊に対する攻撃では大きな戦果を上げ、戦力を削いでいるとされる。Baghdad 北方から、別の部隊が既存の部隊を強化するために南下している動きは、こうした見方を裏付けるとされる。
共和国防衛隊は、住宅地に戦車や歩兵戦闘車を配置している。難しい目標ではあるものの、それに対する攻撃を行うとしている。また、単純な直接攻撃だけが攻撃手段ではないとして、そうした機甲部隊に対する補給、メンテナンス、指揮統制といったシステムを破壊することで、実質的な戦力を削ぐことも可能だと説明した。
生物化学兵器による攻撃については、情報収集を進めるとともに、そうした兵器の発射に使用される (火砲やミサイルなどの) 手段を潰すことで、攻撃を防止しようとしている。ただし、生物化学兵器が保管されていると見られる施設に対する攻撃は、薬剤の拡散を防ぐため、注意深く実行されている。
また、記者会見では、湾岸戦争と比較すると、イスラエルに対するスカッド・ミサイルの発射や油田への放火がなされていない等の相違点があると指摘された。

Myers Praises British Troops; Says Must Be 'On Our Toes' (DoDNews, 2003/3/31)
英 BBC のインタビューアー、David Frost 氏の取材に答えた Richard Myers 統合参謀本部議長は、Najaf で発生した自爆事件以来、連合軍はイラク側の自爆攻撃に注意し、その危険性を緩和するために注意を払っていると説明した。特に、イギリス軍はこうした攻撃に関する経験を積んでいるため、それを活かして自爆攻撃に対処するための手順を策定することになる、とのこと。他にも、米軍はイギリス軍から多くのことを学んでいるという。
イラクは自爆攻撃を頼りにしているほか、連合軍の補給線に対する攻撃を効果的な嫌がらせと看做しているが、実際にはそれほど大きな作戦上の影響はない、と議長は言明している。また、議長はバース党の暗殺隊が市民に対してサダムのために戦うよう強制している点を指摘し、Basra で進められている、バース党暗殺隊を根絶するための連合軍の努力を称揚した。

With Iraqi Regime Going Down the Tubes, Where's Saddam? (DoDNews, 2003/3/30)
FOX ニュースに出演した Rumsfeld 国防長官は「サダムはいずこにありや ?」と問いかけた。Robert Myers 統合参謀本部議長も、開戦後にサダム・フセインや彼の息子が、本物だと証明できる形で表に姿を現したことがない、と言明している。
また、Myers 議長は、依然として多くの前線で連合軍はイラク解放のためにプッシュを続けており、イラク西部を支配下に置いたほか、北部でもアフガニスタンと同様の手法で地元の武装勢力と特殊作戦部隊を共同行動させ、そこに通常部隊を送り込みつつあると説明した。
また、フセイン大統領の生死は不明であるとした上で、イラク上層部の家族が国外に逃亡しているという情報があることを明らかにした。国防長官は、連合軍が Baghdad から 49 マイルの地点まで進出しており、イラクにとっては状況がうまく行っていないとしつつも、今後予想される共和国防衛隊との戦闘は、厳しいものになるという見通しも示している。共和国防衛隊は首都の周囲を取り囲むように布陣しており、そこに連合軍の爆撃の 40-50% が指向されているという。
一部の部隊は装備に甚大な打撃を受けており、実際に連合軍地上部隊が共和国防衛隊と本格的な戦闘に入る際には、先に防衛隊の戦力を半減させる予定とのこと。
国防長官は、フセイン政権を支援しない国民を殺害してしまうイラク側の手法を「ゲシュタポ方式」だと非難している。議長も、Basra をイギリス軍が掌握しているとした上で、多くの市民が連合軍側につき始めていると説明した。
また、イラク側のゲリラ攻撃による補給部隊への攻撃については、補給線に対する嫌がらせはあるものの、軍事的に重要というほどのものではなく、連合軍の目的を思いとどまらせるようなものではない、としている。
イラク軍による化学兵器の使用については、実際に使用するかどうかは不明としつつ、化学戦防護服を着用したイラク軍兵士が、2 日前に 50 ガロン入りのドラム缶を荷下ろししているという情報報告があることを明らかにした。

Forces not 'Paused'; Coalition Attacks Continue (DoDNews, 2003/3/30)
CENTCOM の Tommy Franks 司令官は、連合軍が一時停止しているのでもなければ、補給不足で苦しんでいることもない、と説明した。多くの地上軍が Baghdad から 60 マイル以内に布陣し、装備の稼働率は 90% 以上で、イラク軍に対する攻撃を継続している、と Franks 将軍は語っている。また、イラク側が困っていることは分かっており、軍をコントロールするイラク側の能力をそぎ落とし、人心を掌握できなくする作業を進めている、としている。
作戦の進展については、イラク南部の油田地帯を確保したほか、イラクが近隣諸国に対して大量破壊兵器を使用できないように、イラク西部を押さえた、と説明している。航空作戦では、以前から実施されている指揮統制施設やミサイル発射器に対する攻撃に加えて、イラク軍の飛行場に対する攻撃が開始された。
イラク北部では特殊作戦部隊がテロリスト関連施設を破壊し、現在、通常部隊が施設の調査を進めている段階。また、イラク北部に展開した米軍部隊は、トルコとクルド人が衝突するのを防ぐ役割も果たしている。イラク南部では海岸線が確保され、Umm Qasr 港から援助物資の搬入が開始されている。
また、Franks 将軍は、連合軍に対する自爆攻撃を命じられて Umm Qasr に向かった 2 名のイラク兵がイギリス軍に降伏し、死に絶えつつある政権に協力するよりも将来のイラクのために戦いたい、と表明した話を紹介した。Nasiriyah でも、イラクの市民が連合軍に協力しているとのこと。

U.S. Troops' Remains Found Near Nasiriyah (DoDNews, 2003/3/29)
イラクの準軍事部隊が、捕虜とした米軍兵士を処刑して非難された場所の近くで、その米軍兵士 4 名と思われる遺体が発見された。現在、米軍の遺体仮安置作業チームが現地に向かっている最中だが、発見された遺体が 24 日に発生した一件に関連しているのかどうかは、まだ確定していないとのこと。
24 日にイラク側が米軍の補給部隊を襲撃して兵士を捕虜にし、市街地を引き回す様子を TV で放映しているが、その際のビデオテープには米軍兵士の遺体も映っていた。そのビデオを見た Peter Pace 米海兵隊大将 (統合参謀本部副議長) は、遺体の頭が撃ち抜かれている点を指摘して、降伏した後で処刑されたのではないかといっている。
なお、24 日の襲撃で捕虜にされた陸軍の兵士 5 名に加えて、ヘリコプターの搭乗員 2 名もイラク側の捕虜になっている。

Bomb Kills U.S. Troops Near Najaf; Iraqi Missile Damages Kuwait City Mall (DoDNews, 2003/3/29)
国防総省の記者会見で、Najaf 近くの検問所でイラクの自爆攻撃によって米軍兵士 4 名が死亡した件について、CENTCOM のスポークスマンを務める Victor Renuart 少将は「この種の行動は、イラク軍が絶望的になり始めていることの象徴と考えられる」と発言した。現在、カタールの CENTCOM 司令部では、この一件を初めとして、前線から報道されてくる件に関する検討を進めているところ。
連合軍の兵士は、この種の自爆攻撃に注意するよう訓練されているものの、イラクには 2,400 万人あまりの民間人がいるため、多くの民間の交通が発生している点を認めた。
また、会見の席では連合軍の前進が停止しているという報道を否定して、連合軍が哨戒や爆撃、通信施設の破壊などの任務に忙しいと強調された。夜間には、AH-64 アパッチを使った、共和国防衛隊メディナ師団に対する縦深攻撃も実施されているとのこと。この攻撃では、多くの戦車や兵員輸送車、火砲、SAM が破壊されている。
また、前線に対する補給については、依然として補給活動は継続されており、250 マイルに及ぶ補給線に対するイラク側の攻撃はあるものの、それは減少傾向にあるとされている。
クウェートのショッピングセンターに着弾したミサイル攻撃については、現在、連合軍の兵士が Al Faw 半島でミサイル発射地点の捜索に当たっているとのこと。

Hussein's Ba'ath Party Hangouts Blasted; 200 Killed in Air Attacks (DoDNews, 2003/3/29)
連合軍の航空機は、バース党の幹部や準軍事部隊の幹部が会合に使用している 9 ヶ所の施設を爆撃した。Vince Brooks 准将によると、Basra 北東部の施設に対して実施された夜間攻撃では、バース党関係者など 200 名あまりが死亡したものと見られる。この爆撃では、地上に特殊作戦部隊が展開して作戦を調整していた。また、Samawah と Rutbah でも、地上部隊による爆撃支援が実施された。
その他、コマンドー部隊の指揮所を攻撃した連合軍は、虜囚となっていたイラク兵 50 名あまりと弾薬、ガスマスク、無線機などを発見した。
Baghdad 周辺では、共和国防衛隊に対して 1,000lb 爆弾を使用した爆撃が実施され、ミサイル基地や燃料集積所が破壊された。
この後で国防総省で実施された記者会見では、Stanley McChrystal 少将が、連合軍が補給上の問題を抱えているという見方を否定した。また、この会見の席で、イラクの自爆攻撃によって死亡した米軍兵士の人数が、当初報じられた 5 名ではなく 4 名だったことが明らかにされた。スポークスウーマンの Victoria Clarke 氏は、イラクの自爆攻撃が連合軍の作戦に影響を及ぼすことはない、と言明している。

B-2 strikes Baghdad communications tower (AFNews, 2003/3/28)
米空軍の B-2 爆撃機が、Baghdad の通信施設を 2 発の誘導爆弾で攻撃した。攻撃目標はチグリス川東岸にある無線塔。他にも、Baghdad やクウェート国境付近にあるイラク軍の指揮統制関連施設に対する攻撃が継続されている。

C-17 crews describe paratroop drop (AFNews, 2003/3/28)
26 日に、陸軍の第 173 空挺旅団によって実施された空挺降下は、米空軍の第 62 空輸航空団 (62AW、ワシントン州マッコード AFB) に所属する C-17A グローブマスター III を使って実施された。使用された機数は 15 機。輸送機の乗員は、マッコード AFB だけでなくチャールストン AFB からも派遣され、現役と予備役の混成で編成されていた。

DoD Leaders Detail War Progress, Death Squad Atrocities (DoDNews, 2003/3/28)
Donald H. Rumsfeld 国防長官は記者会見の席で、イラクに隣接するイランとシリアに対し、両国がイラクに対して暗視装置などの軍需品をイラクに持ち込んでいると指摘した上で、連合軍の作戦行動の邪魔をしないように、と警告した。
また、Richard Myers 統合参謀本部議長は、過去 8 日間の作戦の進展についてまとめた際に、イラクの "death squad" こと "Fedayeen Saddam" について触れた。この集団はイラク各地の都市に展開して一般市民に対するテロ行為を働いているほか、市民が連合軍を歓迎しないように監視する役割を負っているという。また、正規軍に対する督戦隊の機能も果たしているため、イラクの一般兵士にとっても脅威となっている。もし、イラクの体制に反逆するものがいると、街路や広場で、剣を用いてその人物の舌を切り取ったり、首をはねたりしている。一般の兵士に対しては、まず、彼らを騙して連合軍に対して降伏させた後で処刑行為に及び、他の兵士に対する見せしめとしている。
"Fedayeen Saddam" (サダムの犠牲) という名称は、この組織のメンバー自身が犠牲となるわけではないことからすると偽りのものだが、彼らがフセイン大統領のために死にたいのであれば、連合軍はそれを実現する、と参謀総長は言明している。
南部では連合軍は首都 Baghdad まで 50 マイルの地点に進出して共和国防衛隊と対峙しており、一方、北部では第 173 旅団が空挺降下したほか、現地のテロリスト掃討作戦を開始している。過去 8 日間の作戦で、イラク全土の 35-40% を掌握した。
Umm Qasr では、人道援助物資搬入のために 200 ヤード幅の水路が啓開され、まず英海軍の補給揚陸艦 HMS Sir Galahad が入港した。

Wounded U.S. Troops Recall Fights With Iraqi Combatants Dressed as Civilians (DoDNews, 2003/3/28)
負傷後送された海兵隊員 2 名がインタビューに答えて、イラクの戦争法規違反について語った。これらの兵士は Nasiriyah の近くでイラク軍の待ち伏せを受けたもので、敵兵は民間人の服装をして AK47 自動小銃で撃ってきたという。最初、海兵隊を歓迎しているように見えたのだが、それがいきなり撃ってきたとのこと。さらに、一部の射撃が病院の方からなされたことに、海兵隊員は驚かされた。HMMWV の銃手を務めていた件の海兵隊員は、機銃を旋回させて敵兵を撃とうとしたところに RPG を撃ち込まれ、負傷して右脚をなくす事態になった。

Myers Speaks to Arab World via Al Jazeera (DoDNews, 2003/3/27)
Richard Myers 統合参謀本部議長は、衛星放送 Al Jazeera のインタビューに答え、放送を観ている 6,000 万人のアラブ系視聴者に対し、フセイン政権の打倒という連合軍の目的を達成して状況が安定化すれば、不必要に長くイラクに留まるつもりはなく、迅速に撤退すると強調した。
また、視聴者に対して「フセイン政権の過去の記録を、フセイン政権が自国民や近隣諸国に対して行ってきたことを、皆さんは御存知のはずだ」と訴えている。さらに、イラク軍と戦闘を行うだけでなく、人道援助活動も開始していると言明した。
それに加えて、連合軍は生物化学兵器をまったく持ち込んでいないとした上で、「どうして "Fedayeen Saddam" やバース党の人員が 3,000 セットもの化学戦防護服を用意していたのか ?」と問いかけた。
(イラク側が主張している) Baghdad の市場に対する爆撃については、「その地域は爆撃目標にしていない」として、「原因は調査中だが、もし連合軍の攻撃が原因なら、ただちに admit する」と発言した。その一方で、イラク側が対空部隊をモスクや学校の近くに配置している点を指摘し、イラク軍が発射した SAM が民間人の被害を引き起こしているのではないか、と示唆した。

Rumsfeld: Saddam's 'Death Squads' Preventing More Iraqi Surrenders (DoDNews, 2003/3/27)
Donald Rumsfeld 国防長官は、イラク兵が降伏しない理由について、"Saddam's death squad" の存在を指摘した。これは準軍事組織 "Fedayeen Saddam" の一部で、いわば督戦隊にあたるもの。一般市民に銃を向け、降伏しないように強要しているという。また、Baghdad の中心街では、政権に反対した市民が、舌を切られて出血多量で死ぬまで舌を引き抜かれ続けたという。
この "Fedayeen Saddam" は、Baghdad だけでなく、イラク全土に展開しており、一般市民に銃を向けているという。

Regime Threatening Children to Make Men Fight (DoDNews, 2003/3/27)
CENTCOM の Vincent Brooks 准将は、イラクの政権はますます絶望的になっており、殺人を生き残りの道具に使用していると語った。Najaf の街では、近郊の家々から子供を捕縛し、男性がフセイン政権のために戦うよう強要しているという。
現在、連合軍は直面する脅威とうまく戦っているとした上で、25 万名の現兵力に加えて、さらに 4 万名の追加戦力が到着しつつあることを明らかにした。また、イラク軍が中央からの統制を失いつつあり、各地でてんでバラバラに戦い、適当にミサイルを撃っていると説明した。
さらに、イラク各地で大量破壊兵器に関する偵察行動が続けられているほか、イラクの一般市民を解放するための非正規戦も実施されているとのこと。Najaf の東方では第 V 軍団に対してイラクの車両化部隊が攻撃してきたが、撃退したという。Nasiriyah では、第 1 海兵遠征軍が、装甲兵員輸送車に支援された非正規部隊の攻撃を撃退した。
Umm Qasr では、昨日、60 ヤードの幅を持つ水路の啓開が完了し、船舶の入港が可能になった。さらに啓開水路の幅を 200 ヤードに拡大する作業が進められる。

Marine Gen. Peter Pace Decries Iraqi War Crimes (DoDNews, 2003/3/27)
統合参謀本部副議長を務める Peter Pace 米海兵隊大将は、イラク軍が地上戦開始以来多くの戦闘を続けていること、あるいは、指揮所を病院内に置いたり学校に武器を保管したり、民間人の服装で偽装したりしていることに驚きを表明した。
その上で、「彼らは婦女子を人間の盾に使っている」として、降伏するふりをして発砲してくる件と併せて、戦争犯罪であると指弾した。また、道を間違えてイラク軍に遭遇した補給隊の兵士に、降伏した際に射殺された者がいるという情報報告がある、と明らかにしている。
戦死者については現時点で 20-30 名とした上で、それを正確にいうのは難しく、現時点で行方不明になっている人の中にも死者がいるかもしれないこと、全員の正確な居場所を把握しているわけではないことを認めた上で、捕虜になった兵士の家族に対して共感を示した。そして、「彼らを解放するため、仲間はあらゆる手段を取っている。早く捕虜が本国に帰れるように、戦争が早期に終結することを望む」と言明している。
また、イラク兵の中には降伏したがっている部隊もいるが、その後方には保安部隊がおり、降伏しようとした兵士を殺害したり、政権に反対した者の舌を (文字通り) 切断して遺体を街路に放置したり、あるいは連合軍の兵士に手を振った女性を絞首刑にしたりしている、と指摘した。
それでも、同大将は作戦が順調に進展しているとし、フセイン大統領はイラクの西部と北部で、もはや支配力を有していないと指摘した。また、イラクの空軍については、すでに叩き落されて空中には存在しない、とした。航空機の発進に使用できそうな飛行場は、すべて爆撃して穴だらけにしたという。
イラクの南部では、水路の機雷を掃海してイギリス軍が援助物資の搬入を開始しており、また、連合軍の工兵隊がパイプラインを設置して、Basra に 2,000t/日 のペースで水を補給できる体制を作ろうとしているという。

Bush, Blair: Coalition Loosening Iraqi Regime's 'Grip of Terror' (DoDNews, 2003/3/27)
キャンプ・デービットで会談した George Bush 米大統領と Tony Blair 英首相は、「イラク国民の首に巻かれたテロリストのくびきは弱まりつつある」「連合軍は敵に対して着実に勝ちつつある」という見方を示した。
Bush 大統領は、現在対峙しているのはもっとも強力な敵兵であり、まだ終結には時間がかかるものの、イラクの武装解除は達成される、と言明した。戦争に時刻表はないとして、具体的な終結時期の見通しは示さなかった。

Coalition Air Forces Fly 1,500 Missions March 26 (DoDNews, 2003/3/27)
連合軍は 26 日に、合計 1,500 ソーティほどの出撃を実施し、延べ 600 回の攻撃を行った。このうち 事前に計画されていたものは指揮統制施設やイラク首脳部、防空システムを対象にした 100 回程度で、残りはすべて臨機目標。攻撃の大半が、共和国防衛隊に指向された。米軍関係者はイラクの防空システムが機能していないという考え方を間違いだと指摘し、今でも Baghdad の上空を飛行するのは危険だと強調した。そのため、防空施設に対する攻撃はまだ継続される。
なお、イラク側が「市場に対する爆撃があった」と称している件について、米軍側は、その地域に対する攻撃は実施されていないとし、イラクが発射した地対空ミサイルが落下したのではないかという見方を示した。電波を出すとすぐに探知・破壊されるため、イラク軍の防空部隊はレーダーを作動させていないという。その結果、イラク軍の防空部隊は単にミサイルを撃ち上げて、それが連合軍の航空機にまぐれ当たりするのを期待している状況。対空砲についても同じことがいえており、炸裂した砲弾の弾片が地上に落下して、一般市民を殺しているという。
使用されている兵装の 70% あまりが精密誘導兵器で、自由落下爆弾が使用されるのは、付随的被害を気にしなくてもよい場合に限られている。
その他、イラク全土で近接航空支援作戦が実施されているほか、攻撃ミッション以外にも空中給油や電子戦、偵察、輸送、特殊作戦といったミッションが実施されている。さらに、イラク西部ではスカッド・ミサイルも標的になっている。

Airborne Opens New Front in Iraq; Mines Delay Food Aid in (DoDNews, 2003/3/26)
イタリア・Vicenza に駐留する第 173 空挺旅団に所属する兵士・数百名が、イラク北部、クルド人地域にパラシュート降下し、飛行場を確保した。降下の際に敵の抵抗はなく、順調に進展した。当地における米軍のプレゼンスはサダム・フセインに対する圧力となると同時に、クルド人による反フセイン活動の後押しにつながる。もともと、米軍はトルコを経由して北部に第二戦線を開こうとしていたが、トルコが米陸軍第 4 歩兵師団の展開を拒否した経緯がある。
また、交戦状態に入る前から米軍の特殊作戦部隊がイラク北部に展開しており、第 173 旅団が降下した際にも近隣で行動中だった。今回の降下はベトナム戦争以来最大規模の空挺作戦で、またも第 173 旅団によって実行された。
南部では、Umm Qasr からペルシア湾に通じる水路で機雷が発見されたため、人道援助物資の搬入に遅れが生じている。英海軍の補給揚陸艦 HMS Sir Galahad は食料品、飲料水、医薬品など 650t の物資を陸揚げする予定だったが、同艦が水路で機雷のような物体を発見したため、現在、掃海作業を実施中。入港は明日になる予定。

Iraqi Mine Smugglers Intercepted by Coalition Forces (NavNews, 2003/3/26)
Khor Abd Allah 水道で、兵員 50 名と 100 発近い機雷を積んでいたイラク軍のタグボート 3 隻とバージ 1 隻が要撃された。要撃を行ったのは、オーストラリア海軍の HMAS Kanimbla。タグボートのうち Jumariya が牽引していたバージには、マンタ機雷 20 発と LUGM 機雷 48 発が積まれていた。また、タグボート Al Raya には LUGM 機雷 18 発、タグボート Tug 0 には機雷関連機材が詰まれていた。これらの武器は、一般のタグボートやバージを装うため、50 ガロン入りの樽を模してカムフラージュされていた。

Coalition Progress 'Phenomenal,' DoD Officials Say (DoDNews, 2003/3/26)
国防総省のスポークスウーマン・Victoria Clark 氏は、連合軍の進撃を「驚異的」と評し、制空権の確保と北部・南部・西部における特殊作戦部隊の投入、地上軍の北進を強調した。統合参謀本部で作戦を担当している Stanley McChrystal 少将によると、現在、現地の米軍兵力は 25 万名。さらにイギリス軍 4 万名ほどがいる。
地上軍はイラク領内に 220 マイルほど進撃しており、Najaf で戦闘を交えた。イラクの非正規部隊からロケット推進擲弾と対戦車ミサイルで攻撃された第 7 機甲騎兵聯隊は、反撃して敵の車両 30 両あまりと敵兵数百名を殺害した。米軍側に死傷者はないとのこと。その際、イラク軍の大半は民間人の服装をして、民間の車両に乗っていた。
一方、イラク南部ではイラク兵が病院を要塞化して立てこもっていた。そこでは、攻撃を避けるために赤新月社の旗を掲げていたが、海兵隊がその建物を奪取してみたところ、中からイラク兵 170 名と、武器や化学戦防護服などが発見された。
航空作戦は 700 ソーティほどの出撃が実施され、主として Baghdad 周辺の目標が攻撃された。また、イラク南部と西部でもミサイル基地が攻撃されている。これまでに発射されたトマホークは 600 発以上、各種の精密誘導兵器は 4,300 発以上にのぼる。航空機が使用する兵装の 80% は精密誘導兵器とのこと。

General: Iraqi Regime's Showing Its 'True Colors' (DoDNews, 2003/3/26)
CENTCOM の Vincent Brooks 准将は、Basra でイラクの準軍事部隊による一般市民の虐殺が目撃されていることを明らかにして、「イラクのやり方が本性を現わした」と発言した。また、MiG 戦闘機が共同墓地に駐機されていたり、軍用の通信施設が 2,000 年前の遺跡に設置されているなど、イラク側が攻撃を避けようとして行っている手段を公表した。
An Nasiriyah の近くでは、第 1 海兵遠征軍が、準軍事部隊の指揮所に使用されていた病院を確保した。そこでは、200 あまりの武器と軍服、3,000 の化学戦防護服、神経ガス対策用の薬剤注射器が発見された。
また、イラクはクウェートに向けて弾道ミサイル 10 発を発射したが、全部がパトリオットによって要撃された。その多くが、射程 150km を超える Ababil-100 や Al Samoud であったという。

Navy, Air Force sink Iraqi patrol boat (AFNews, 2003/3/25)
米海空軍は 21 日に、ペルシア湾北部でイラク海軍の高速攻撃艇を撃沈した。海軍の P-3C (VP-46 所属) が目標を追跡し、その情報や赤外線センサーの映像が AC-130 ガンシップ (4th SOS 所属) にリアルタイム中継され、AC-130 からの砲撃で撃沈が実行された。
現地は石油積み出し用海上プラットフォームの多い場所で、イラク側によるサボタージュを防ぐため、特殊作戦部隊によってプラットフォームが確保されている。以前から、イラク海軍による機雷敷設が懸念されていた。

U.S., Aid Agencies Ready to Assist Impoverished Iraqis (DoDNews、2003/3/25)
米軍と国際援助組織は、Umm Qasr の港を通じて、水や衛生設備の不足が生じているイラク南部に対する救援物資の搬入を開始する。ただ、イラク政府の配給システムが食料配布を実施していたこともあり、食料品の優先順位は低くなっているとのこと。

Coalition on Track, Forces 'Flowing' into Iraq (DoDNews、2003/3/25)
地上戦開始から 5 日を経過した時点で、連合軍はイラク国内に 200 マイル進出したと、国防総省の首脳部は説明している。これは、Rumsfeld 国防長官と Myers 統合参謀本部議長が出席した会見の席での発言。「数週間前に動員され、装備の船積みを行っていた部隊が、今はイラクで戦闘に参加している」という発言があった。
Myers 大将は CENTCOM の戦いぶりを「輝かしいもの」と賞賛する傍ら、連合軍に発生した損害の多くがイラクのジュネーブ条約や戦争法規に対する違反行為によるものだと非難した。
Rumsfeld 国防長官は、イラク軍の Baghdad 防衛担当指揮官に対して設定されている、化学兵器の使用を許可する境界線 "Red Line" について言及し、連合軍が Baghdad や Tikrit に接近すると化学兵器が使われる可能性があると言明した。そのため、さらに連合軍にとっての危険性は高まっているという。

# それをやると、イラクが「大量破壊兵器はない」と否定してきたのが
# ウソツキだとバレるのも事実だけど、もはやなりふり構わないであろう
# ことも、また事実

405th Commanders, Bomber Pilots Talk War's Optempo (DoDNews、2003/3/25)
某所に展開している 405 AEW (Air Expeditionary Wing : 航空遠征航空団) は、B-1B 爆撃機などの航空機を擁して対イラク戦争に参加している。当初の "Shock and Awe" 段階において、10 機の B-1B がそれぞれ 24 発の 2,000lb 級 JDAM を搭載して出撃し、240 の目標を攻撃した。イラク軍が戦闘機を飛ばしていなくても、まだイラク上空への出撃は危険な任務だという。
パイロットや整備、通信担当者は、12 時間交代のシフトを敷いて任務に従事している。休日はまったくないが、「それでもよい」とのこと。この航空団は昨年 10 月に展開を実施して、アフリカ東部やアフガニスタン、そしてイラクで作戦に従事してきた。指揮官は「我々はまだ "911" を忘れていない」と発言している。

Supplemental Calls for $62.6 Billion for Defense (DoDNews、2003/3/25)
Bush 大統領が議会に要求した補正予算 750 億ドルほどのうち、国防総省に関わる分は 626 億ドル。残りは、本土防衛など、その他の政府関連部局に割り当てられる。
国防総省に関する補正予算のうち、作戦行動経費は 378 億ドル、人員、あるいは人員に対する支援経費は 156 億ドル、装備調達や研究開発の経費は 65 億ドル。

Iraq Flouting Laws of War, Geneva Conventions (DoDNews、2003/3/25)
国防総省のスポークスウーマン・Victoria Clarke 氏は、イラクの戦争手法が国際法違反だとして、「まるでテロリストのようなことをする」といって非難した。イラク兵は、白旗を掲げて、あるいは民間人の服装をして連合軍部隊に接近し、待ち伏せを仕掛けてくるという。
これは法律用語でいう「背信または違約」であり、軍隊の活動に大きく影響するために禁止事項とされている。そういうことをすると、イラク軍からの (本物の) 降伏が受け入れられない事態を招く、と指摘した。また、イラク兵が民間人の服装をしている点については、本物の民間人の保護に支障をきたす、戦争法規に対する違反行為だと指摘した。
さらに、イラク軍の捕虜の取り扱いについても、ジュネーブ条約違反であるとして、重ねて非難した。ただ、こうしたイラク側の行動について Stanley McChrystal 少将は、イラク軍が連合軍の進撃を止められない中で発生している事態であり、サダム・フセインが事態を掌握できなくなっているのだといっている。

# ん、しかしながら、対イラク戦争は "Global War on Terrorism" の
# 一環じゃなかったのか ?

CENTCOM Charts Operation Iraqi Freedom Progress (DoDNews、2003/3/25)
CENTCOM 作戦担当トップの Victor Renuart 少将は戦況について、イラク全土において、悪天候にもかかわらず進展が見られると説明した。会見では、砂漠の中に設置された発着場にパラシュート降下する特殊部隊の映像が放映された他、Nasiriyah と Basra 北部でイラク軍の反撃が撃退されたと説明された。「我々は敵にさらなるダメージを与え、戦車や火砲、兵員の多くを撃滅した」「風と雨のような悪天候でも、我々の全天候型精密誘導兵器は敵を攻撃している」と説明されている。
Basra では、不正規のイラク軍が正規軍と共同で攻撃を仕掛けてきたとのこと。また、これらが撃退された後で、民間人の服装をした人を乗せたバスや民間の自動車が戦闘に加わってきたが、これらは "Fedayeen Saddam" の連中だという。しかし、こちらも撃退されたとのこと。
航空機の出撃は 1,400 ソーティに達し、共和国防衛隊やミサイル発射基地に対する攻撃が継続された。
週末に報道された、ロシアからイラクに対して輸出したとされる暗視装置や GPS レシーバーの件について、Colin Powell 国務長官がロシア側に接触し、調査中。この種の装備が、米軍のアドバンテージを減殺することになるとして、懸念の対象になっている。また、ロシアから供給されたといわれる GPS 妨害装置については、6 基すべてを発見して破壊した、と説明された。

Bush Calls Wartime Supplemental Budget Request 'Urgent' (DoDNews、2003/3/25)
George Bush 大統領は議会に対し、747 億ドルの補正予算を要求した。主な用途は、兵員の輸送、装備の調達、艦船・航空機・戦車などに対する燃料の補給、各種ハイテク兵器の補充など。また、戦争終結後のイラクの再建にも充当される。
ところで、大統領はイラク兵が民間人の服装をして米軍兵士を襲撃している点を指摘して、イラクが戦争に関する国際的な法規を無視していると発言した。

Coalition Aircraft Flew More Than 1,500 Sorties Over Iraq (DoDNews、2003/3/25)
24 日に連合軍は、イラク上空に 1,500 ソーティ以上の出撃を実施した。全体のうち 800 ソーティあまりが攻撃任務で、そのうち 200 ソーティほどは事前に決まっていた目標に対する攻撃、残りは臨機目標が発見されると攻撃するもの。攻撃の主な目的は、弾道ミサイル発射の阻止、共和国防衛隊と特別共和国防衛隊に対する攻撃、特殊作戦部隊の支援など。Baghdad 市内とその周辺にある指揮施設や特別保安部、共和国防衛隊司令部、情報部門の施設が、特に狙われた。
また、空軍の幹部をして「給油機なしでは一発の爆弾も落とせない」と言わしめるほど、空中給油機は隠れたヒーローといえる。空中給油のおかげで、攻撃機は高速で目標に突入し、また安全に基地に帰りつくことができる。

Apache Pilots' Status Changed to POW (DoDNews、2003/3/24)
国防総省は、未帰還のアパッチ搭乗員 2 名のステータスを「行方不明」から「POW (戦時捕虜)」に切り替えた。

Army Named Executive Agent for Combating Iraq Oil Fires (DoDNews、2003/3/24)
国防総省は、(イラク軍によって放火された) 油井火災の消火活動と損害評価のために、米陸軍工兵隊を投入することにした。また、陸軍戦務支援コマンドの LOGCAP (Logistics Civil Augmentation Program) 構想の下で緊急対応計画を担当している米 Kellogg, Brown & Root 社が、工兵隊とともに作業に当たる。

Coalition Forces Continue Tomahawk Launches (NavNews、2003/3/24)
3/21 以来、イラクに対するトマホーク発射に使用された艦は以下の通り。
イージス巡洋艦 : USS Bunker Hill (CG-52)、USS Mobile Bay (CG-53)、USS San Jacinto (CG-56)、USS Cowpens (CG-63)、USS Shiloh (CG-67)
駆逐艦 : USS Briscoe (DD-977)、USS Deyo (DD-989)、USS Fletcher (DD 992)
イージス駆逐艦 : USS Arleigh Burke (DDG-51)、USS John S. McCain (DDG-56)、USS Paul Hamilton (DDG-60)、USS Milius (DDG-69)、USS Higgins (DDG-76)、USS Donald Cook (DDG-75)、USS O'Kane (DDG-77)、USS Porter (DDG-78)、USS Oscar Austin (DDG-79)
攻撃型原潜 : USS Augusta (SSN-710)、USS Providence (SSN-719)、USS Pittsburgh (SSN-720)、USS Key West (SSN-722)、USS Louisville (SSN-724)、USS Newport News (SSN-750)、USS San Juan (SSN-751)、USS Montpelier (SSN-765)、USS Toledo (SSN-769)、USS Columbia (SSN-771)、USS Cheyenne (SSN-773)
イギリス海軍の攻撃型原潜 : HMS Splendid、HMS Turbulent

Two Apache Pilots Missing; Progress Against Baghdad 'Rapid' (DoDNews, 2003/3/24)
CENTCOM 司令官の Tommy Franks 大将は記者会見で、共和国防衛隊に対する攻撃を実施していた AH-64 アパッチ攻撃ヘリの搭乗員 2 名が行方不明になっていることを認めた。
後方地域では、準軍事組織などを含む敵の拠点をバイパスして前進しているが、今後数日かけて掃討作戦を実施するとのこと。なお、記者会見の席で大将が発言した "Fedayeen" とは、予期しない場所で遭遇することから連合軍にとっては厄介な存在である、不正規のイラク兵を指す言葉。
CENTCOM の作戦担当次長である Vince Brooks 准将は、イラク各地で特殊作戦部隊が活動していることを明らかにした。彼らは、大量破壊兵器や弾道ミサイルの捜索に従事しているという。その他の地上部隊は An Nasiriyah を越えて前進しており、Baghdad の近くで共和国防衛隊と戦闘中。その際、アパッチ攻撃ヘリ 1 機が未帰還となったが、他のヘリはすべて帰還した。その他、Basra の空港と Rumailah の油田、An Najaf 近くの弾薬庫が確保された。An Najaf に化学兵器関連施設があるという報道に対し、Franks 大将はコメントを避けた。
Umm Qasr の港湾施設が確保できたので、これから人道支援物資の搬入を開始するとのこと。まず、イラク第二の都会である Basra の住民が、過去 10 年分より多くの食料品と水の供給を受けるとのこと。

Wolfowitz: Iraq War Is Part of Global Anti-Terror Efforts (DoDNews, 2003/3/24)
Paul D. Wolfowitz 国防次官は、進行中の "Operation Iraqi Freedom" を対イラク戦争の一環と位置付け、サダム・フセインを「独裁者であるだけでなく、テロリストとの関連や大量破壊兵器によって我々を脅かしている」と指摘した。なお、3/21 に実施された、イラク北部のテロリスト関連施設に対する攻撃の際に少数のテロリストが死亡した点も指摘している。
さらに、「現在もアフガニスタン、パキスタン、フィリピンでテロリストの追跡が続いているが、これらはアメリカに対する攻撃を企んでいた者たちだ」と言明した。

First Predator strike takes out anti-air threat (AFNews, 2003/3/23)
Al Amarah の近くで ZSU-23-4 自走対空砲を発見した MQ-1 プレデター UAV が、ヘルファイア対戦車ミサイルを発射して ZSU を破壊した。これは、今次作戦におけるプレデターの初戦果。

F-117 の兵装 (DefendAmerica.mil, 2003/3/23)
3/21 にイラクの通信ノードと指揮施設を爆撃した F-117A は、新型の誘導爆弾 EGBU-27 を使用していた。

アパッチ登場 (CNN.com, 2003/3/23)
Baghdad 南方 60 マイルの地点で、米陸軍の AH-64 アパッチ攻撃ヘリが、イラク共和国防衛隊・メディナ師団の第 2 戦車旅団を攻撃した。攻撃は深夜から 3 時間に渡って実施された。対空砲火は目撃されていないが、アパッチの搭乗員は激しい抵抗に遭ったといっている。また、作戦行動中の他の米軍機も対空砲火の存在を報告している。
攻撃されたのは T-72 戦車で、90 両ほどがいたものと見られる。また、野砲や装甲兵員輸送車も配備されていたとのこと。

Iraqi Freedom Coalition Readies Humanitarian Aid (DoDNews, 2003/3/23)
CENTCOM 作戦担当次長の Vincent Brooks 准将は、連合軍がイラクの武装解除と平行してイラクの一般市民に対する人道援助を実施するため、多数の手段を用意していると語った。食料品数百万食や医薬品、その他の補給品が事前集積されており、必要があれば、いつでも現地に送り込める用意が整えられているとのこと。
その際、すでに確保されている Umm Qasr の港湾施設を利用する。また、国連の世界食糧計画 (WFP) など、他の民間機関とも連携することになっている。現在、イラクの一般市民の多くは 6 週間分未満の食料品しかないと見られており、それをカバーするだけの援助を行うには 10 億ドルの経費が見込まれている。WFP は各方面から 4,400 万ドルの寄付を受け取っており、そのうち 4,000 万ドルはアメリカからのもの。200 万人×1 ヶ月分の食料品が確保されている。

Battle Intensifies Around Nasiriyah (DoDNews, 2003/3/23)
23 日は、イラクに侵攻した米軍にとって厳しい 1 日になったが、陸・海・空のすべてで順調な進展を見せている。これは米陸軍の John Abizaid 少将がカタールで開かれた記者会見の席で語ったもの。
Nasiriyah では、米海兵隊が死傷者の発生を抑えつつ、敵の戦車 8 両と対空砲、少数の歩兵を撃滅したという報告が来ている。一方、陸軍の補