井上孝司の Defense Column
 〜 サイバーテロを甘く見るな

湾岸戦争のときに証明されたことのひとつに、「マスコミも兵器になる」ということがある。

多国籍軍側は「成功した攻撃の映像」を公開して、精密誘導兵器の威力を喧伝した。それに対し、イラク側は破壊された工場を公開して「ミルク工場を破壊した」と宣伝した。まあ、実際のところ、精密誘導兵器がどれくらい外れたのか、"ミルク工場" で作っていたのがミルクなのか毒ガスなのか、はたまたサダム・フセイン専用の特製スタミナ・ドリンクなのかは皆目不明だが、ポイントは、マスコミを通じて世論を味方につけた方の立場が強いという点である。

その辺のところが明確になったからこそ、昨年のコソボ紛争でも、両陣営はそれぞれ、マスコミや世論が相手の "場外乱闘" で奮戦していたわけだ。もっとも、度が過ぎて、ビデオの早回しなんていう反則技を使った向きもあったが。


さて。そこで問題なのは、霞ヶ関に騒動を巻き起こした、官庁 Web サイトへのクラッキング事件である。

官庁の Web なら URL を知っている人も多いし、そこにクラッキングを仕掛けて成功すれば、間違いなくニュースになる。ニュースになれば、書き換えられた内容だって報道される。

まして、今回の一件は、内容が内容だ。個人で同じ内容の Web サイトを開設することを考えると、百万ヒットに相当するぐらいの宣伝効果はあったと思う。ただ、あの内容から察するに、個人の仕業なのか、中国政府の "後援" を受けたクラッカーの仕業なのか、どうにも判断をつけかねるところではある。

だいたい、インターネットの本家本元であるところのアメリカからして、空軍宇宙軍団が優秀なハッカーを雇ってサイバー戦争を仕掛ける研究をするといってるぐらいだから、兵器の質に劣る他の国が、兵器で戦争する代わりにサイバー戦争を仕掛けても不思議はない。どんなに優秀なハッカーを雇ったって、戦闘機や軍艦より安上がりだし、インターネットの普及のおかげで、敵国に潜入しなくても、自分の家から攻撃できる。こんな "兵器" は他にない。

しかも、巡航ミサイルと違って、証拠が残らない上にプロパガンダ効果は抜群だ。おまけにサイバー戦争の場合、血が流れないし建物も壊さないから、マスコミの非難も爆破事件や空爆と比べると多くない (?) というメリットもある。

そのうち、Web の書き替えに続き、売り物になっているメール アドレスを買いこんでの、官製 SPAM メール宣伝攻撃なんていうのも始まるかもしれない。
ある日突然、正体不明の差出人から「南京大虐殺を認めない日本人は怪しからん。貴様らは世界の恥だ」なんていうメールが、".co.jp" ドメインのアドレスに向かって二百万通ぐらいバラ撒かれないと、いったい誰が保証できようか。

内容の如何を問わず、不特定多数に大量にバラ撒かれる SPAM メールは、人類の敵である。


以前に毎日新聞社がやられたような、単にコンテンツを破壊して適当な画像にすり替えるだけのクラッキングなら、単なる愉快犯といっても通るが、今回のように明確な政治信条の下で行われたと思われるクラッキングは、背景に国家の影が在ろうがなかろうが、立派なサイバーテロというべきだろう。

ところが、どうも霞ヶ関の諸氏には、その辺の認識が欠けているように思うのだ。Web サイトをあんな内容で引っ掻き回されれば、馬鹿にできない政治的爆弾になるというのに、Web サイトの管理の甘さといい、復旧の遅さといい、対応の遅さといい、右往左往する様といい、まったくもって、目も当てられない。

マイクロソフトみたいに、自社製品の威信をかけて度重なるクラッカーの攻撃と闘い続けている会社ならいざ知らず、日本のお役人には「まさかうちに限って」という油断があったのではないか?

だいたい、戦争でもテロでも、本来は何らかの「政治的目的」を達成するためにやるものだ。ということは、別にミサイルや爆弾をぶっ放さなくても、同程度の目的を達成できる代わりの手段があるなら、それだって立派な戦争やテロといえるだろう。極端なことをいえば、メールの洪水を送りつけてメール サーバを止めてしまうのも、レッキとしたテロ活動といえる。

少なくとも、サイバーテロだけで人が死んだり国が倒れたりはしないだろうが、なにがしかの政治的ダメージを与えるぐらいのことは十分に可能だ。その辺の認識を、もうちょっとしっかり持ってもらいたいものだと思う。