井上孝司の Defense Column
 〜 集団的自衛権は、そんなにいけないものか?

昨年のガイドラインをめぐる国会審議でも、それ以前でも、野党、特に社民党と共産党は、ハンで押したように「集団的自衛権につながり、これは憲法違反だ」と主張してきた。

しかし、憲法違反である、という以上の理由の説明がまったく聞かれないのはどうしたことか。
集団的自衛権がどうして憲法違反なのか、集団的自衛権の何が具体的に良くないのか、他国と手を組んで国防の任に当たるのがすべていけないのか、それとも場合によっては認められるべきなのか、といったことまで、ちゃんと筋道立てて説明できないのでは困る。

単に「憲法違反だからよくない」というだけでは、ただの思考停止である。そんな議論の仕方しかできない人は、政治家失格だ。


これは筆者の推測だが、日本国憲法の制定に際して「集団的自衛権の行使」に対して否定的な立場を取ったのは、日独伊三国同盟に対する反省 (あるいは、そういうことをさせないための防波堤を聯合国側が設定したかった) という事情があるのではないかと思われる。

なるほど、日独伊三国同盟の当初案には、いずれかの国が他国と交戦状態になったら、他の同盟国も自動参戦するという条項が付いていて、これに対して当時の米内海軍大臣などが強硬に反対したという史実がある。確かに、集団的自衛権の否定は、こういう失敗を繰り返さないためである、という見方には、まったく根拠がないわけではない。

しかしながら、他国と連合することによる自国の防衛という手段を、この一事をもって全面否定してしまうのは問題があると思う。「集団的自衛権」を全面否定するということは、独立独歩、国防も外交も経済運営も、すべて自主独立路線でやっていくということだ。そうしなければ、他国の手を借りない国土の維持というのは不可能だ。

だが、現実の日本が置かれている地理的条件と政治的立場からすれば、まったく他国と関わりを絶ち、自分だけで生きていくという方針は成り立たない。
また、スウェーデンやスイスのような厳正中立という政策にしても、それに付随する高いコストやリスクを国民や政治家一同が背負い込む覚悟があるかというと、多分ないだろう。

それに、かねてより拙稿でも主張しているように、日本が「集団的自衛権」に頼らないために独自に強力な軍事力を保持するなどということになると、むしろアジア諸国の強い反発を招き、政治的な大損失になる可能性が高い。つまり、「非武装中立」という絵空事が成り立たない限り、自分たちの手だけで国土を護るというのは、今の日本には、ちょっとできない相談だ。

そういった事情を考えると、どこかの国と手を組まざるを得ないというのは間違いない。そして、その相手としては、経済的依存関係の強いアメリカ合衆国を考えるのが、もっとも筋が通っている。


考えてみてほしい。日独伊三国同盟のときは、日本は独伊と手を組むことで米英を敵に回し、結果として勝ち目のない戦争に突き進んでしまった。他国と手を組むにしても、相手を間違えると「とんでもないこと」になるという好例である。

現在も、日本が経済的依存関係をもっとも強く持っているのはアメリカである。おそらく、その次はヨーロッパと中東の各国ということになるだろうが、それらの地域に多大な軍事的・政治的発言力を保持しているのもアメリカだ。つまり、日米関係の円滑な維持なくして、今の日本は成り立たないのである。

それなら、自力ですべての国防を達成するのではなく、アメリカと手を組んだ上で、日本の防衛のためにアメリカの世界戦略を利用させてもらう方が、よほど経済的で、しかも間違いのない選択というものだ。そのような「集団的自衛」までも否定するのは、

のいずれかだろう。

もし、アメリカと手を切って、たとえば中国や北朝鮮と同盟を結ぶなどということになれば、これはもう、日独伊三国同盟に匹敵する愚挙である。そんなことをすれば、日本経済は壊滅し、結果として国が成り立たなくなるであろう。(これはあくまでたとえ話である。念のため)

単に憲法違反だからどうとかいうのではなく、そういうところまでちゃんと考えた上で集団的自衛権の是非について論じてもらいたいと、切に願うのである。