井上孝司の Defense Column
 〜 厚木基地騒音問題を考える

先週の拙稿で、7 年前に筆者が NIFTY-Serve で体験した、厚木基地騒音問題をめぐる「発言封じ」について言及した。

この「発言封じ」が完全に事実であるとすれば、それだけでも怪しからん話だが、そもそも、私が最初に問題提起したように、基地があるところに引っ越してきておいて、そこに以前からある騒音に対して文句をいうのは、根本的に筋が通らない話なのである。


念を押しておくが、厚木基地に発着する航空機がジェット化される以前から基地近隣に居住していた人が、ジェット化に伴う騒音問題の激化を不満として裁判を起こすのは納得できる。それに対しては、国としても、何らかの補償措置を講ずると同時に、住宅に対する防音工事の施工を行うべきだろう。

また、航空機を飛ばす米海軍側としても、現に基地の周囲に住宅が密集しているという事実がある以上、できるだけ訓練を硫黄島にトランスファーするとか、訓練のスケジュールに配慮するよう求めたい。たとえば、先日話題になった、学校の試験期間中の訓練というのは問題があると思うし、戦時でもないのだから、スケジュールを組み替えてほしかったと思う。

ただ、そのこととは別に、私が問題としているのは、以下のような主張である。

そもそも、「騙された」からといって国を訴えるという主張自体に無理がある。同じ訴訟を起こすなら、実態を正しく伝えずに物件を販売した不動産業者であるべきだし、だいたい、自分が購入しようとしている物件がどのような状況に置かれているかを、自分でまったく調べようとしなかった責任は免れ得ないはずだ。

「騙された」といって国を訴えるなら、それは、国が基地の周囲の土地を開発して分譲し、その際に基地の存在を伏せたケースであろう。それなら話はわかる。しかし、現実はそれには反する。

また、私の主張に反駁した T 氏の主張の中では大和市の市長まで担ぎ出されたのだが、選挙に落ちたらタダの人である政治家が、理屈よりも地元住民の主張を取り入れるのは無理もない。そうしなければ、選挙に落ちるという、政治家にとって最大の悲劇が待っているのだから。


だいたい、日本人は、「自由」とか「民主主義」を主張するときには声が大きいくせに、それに付随する「自己の責任」についてはダンマリを決め込むケースが多すぎないかと思う。

普段は「規制緩和」に拍手をしていても、何か事故や事件が起こると、一転して「国は何をやってたんだ」と文句をいうあたりに、その辺の民度の低さが垣間見えるのは残念なことだ。

この厚木の一件にしても、地図を見れば基地はそこに載っているのだし、騒音訴訟のニュースもここ数年に限ったことではないのだから、ちょっと調べればすぐ分かる筈のことだ。そのことを棚に上げて、いざ引っ越してきてみた後で騒音の惨禍ばかりを強調したり、憲法第 9 条を担ぎ出したり、あげく、基地のダイオキシン問題に八つ当たりするなど、言語道断である。

しかも、自分たちの主張に反対するような意見が出てくると、今度は圧力をかけて「発言封じ」をやったとあっては、もう救いようがない。

まあ、訴訟を起こせばマスコミは無条件に「市民の味方」をしてくれるだろうから、それがさらに歪みを加速したのではないかという感がなくもない。

自分の判断ミスを糊塗するための八つ当たりを「平和運動」にすりかえるあたり、背後で誰かが入れ知恵したのではないかという気もしなくもないが、これは単なる憶測だから措いておこう。それはともかくとして、同じ「平和」を語るなら、もっと正々堂々たる主張のできるような類の運動であってほしいと、切に願うものである。