井上孝司の Defense Column
 〜 ロシアの START II 批准は結構なのだが

先週、ロシアの議会が START II を批准した。これにより、ロシアが保有する核兵器の数がさらに減ることになる。

中国については知らないが、それ以外の "公式" 核保有国については、冷戦末期と比べると、大幅に核兵器の保有数が減少しているのは御存知のとおりだ。それでもなお、とんでもない数の核弾頭が眠っているわけだが、イラクなどに対する「ビンの蓋」として考えれば、それほどべらぼうな数の核弾頭が必要とは思えない。

だから、今回の批准で核兵器の数が減るのは、喜ばしい。喜ばしいことなのだが、どうも素直に喜べない面があるのも確かだ。


問題は、ロシアが突如として平和愛好主義に目覚めて、自発的に核兵器の廃絶に向けて動いたのかというと、そうとは思えないという点にある。

現在、アメリカは戦域レベルと国家レベルの両方で、弾道弾迎撃システムの開発を進めている。テストが失敗したり延期になったりと、まだいろいろと難渋しているが、それでも同種のシステムを独力で開発できる国が他にあるかというと、多分ないだろう。

弾道弾迎撃ミサイルと、発射直後の弾道ミサイルをレーザーで撃ち落とす ABL (Airborne Laser) が実用化されると、アメリカ以外の国の弾道ミサイルの威力、というより政治的発言力を増すためのカードとしての威力は、確実に落ち込むことになる。すると、ただでさえ強大なアメリカの発言力が、さらに増すことになる。

それが面白くないロシアとしては、中国とつるんでアメリカを牽制する一方で、ABM 条約を盾にしてアメリカの弾道弾迎撃システムの開発の足を引っ張ろうとしているわけだが、今回の START II と CTBT 批准の裏にも、アメリカを悪者にしようとする "平和攻勢" の臭いを感じるのだ。

現に、ロシアはチェチェンに大規模な武力侵攻を仕掛けている。以前の失敗の教訓を取り入れて、指揮系統の再編からマスコミ対策まで徹底したおかげで、前回と比べるとはるかに (ロシア側から見ると) 良好な結果を手に入れているわけだが、これが平和主義に目覚めた国のすることとは思えない。つまり、ロシアの本質的な部分は、それほど変わっていないと思える。

だいいち、経済力に乏しいロシアの現状では、政治的発言力を裏付けるのは核兵器と通常戦力しかないのである。あの国は、輸出商品の主力も兵器だ。もっとも、バーゲンセールをやっているのと売れ行きがあまりよくないせいで、実績ではアメリカの方が上回るが。

なお、ここでは「アメリカを悪者にしようとする」と書いたが、これがすなわち、アメリカが本当は非の打ち所のない正義の味方なのだと主張するものではないので、念のため。悪者云々は、あくまで相対的なレベルでの話である。

もちろん、アメリカ政府もそこのところはちゃんと分かっているだろうから、これに対してどういう対応を取ってくるかが注目されるが、あの国のことなので、自国の主張をゴリ押ししてしまうかもしれない。それが元で、米露関係が緊張しなければよいのだが。


ただ、ロシアが保有する核兵器の総量が減少すると、ロシアはおそらく、弾道ミサイル原潜 (SSBN) の大半をコラ半島の北洋艦隊に集約することになるだろう。太平洋艦隊の SSBN を全廃するとなると、今まで SSBN の聖域として存在価値の高かったオホーツク海の戦略的価値が、いくらか減少するのは間違いない。

それでもなお、カムチャッカ半島に対する補給路確保という点を考えると、ロシアとしてはオホーツク海を完全に手放すことはできないだろうが、北方領土の返還か、せめて共同管理化に際しての障碍要因が減ったのは確かだ。政治的面子という面もさることながら、北方領土返還がロシアから見て軍事的に見て受け入れられなかったのは、オホーツク海の防備に穴を開けることになるからだ。

もっとも、このことを利用して、したたかに交渉を進められるだけの雅量が日本政府にあるかというと、そこがどうも疑問ではあるのだが…