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井上孝司の Defense Column
〜 撃てない武器に存在価値なし (後編)今週は、先週に引き続き、西鉄の高速バスが乗っ取られた事件に関して私が感じた問題点のうち、以下の 2 点について触れることにしよう。
- 事件の際のマスコミ対策
- 少年犯罪の犯人に対する取り扱いの問題
事件の際のマスコミ対策
今回の事件では、バスの正面から撮影した TV の映像やスチール写真がマスコミ各社によって公開された。
そこで、読売新聞社が撮影したスチール写真がモザイクなしの状態で漏出し、ネット上で公開されたといって問題になっているが、そもそも、バスの動きや周囲の警察の模様、さらに犯人の様子までマスコミが撮り放題、中継やり放題という点に、問題はないのだろうか。最近では多くの高速バスに TV の設備があるし、携帯式の液晶 TV も広く普及している。ということは、今回の事件ではどうだったか知らないが、犯人が車内の TV でニュース報道を見て、警察などの動きを知ってしまう危険性があるわけだ。
そこへきて、今回の事件のように犯人の姿をマスコミが撮影してライブで放送されるなんていうことになると、犯人がそれを車内で見ていれば、却って刺激されて凶行に及んだりしないのだろうか。あるいは、警察の動きを TV で知ってしまい、たとえば強行突入を察知して自殺、あるいは人質を巻き込んでの自爆、はたまた人質の殺害などの暴発を引き起こす可能性が、まったくないといいきれるだろうか。
御存知のように、誘拐事件ではマスコミに報道規制がなされることが多い。それと同じことが、人質立てこもり事件に対してもいえるのではないかと思うのだ。
もちろん、ケース・バイ・ケースではあろうが、少なくとも、説得や、あるいは強行突入準備のフェーズに入ったら、撮影はともかく (事件解決後に必要だろうから)、中継を差し止めるぐらいの措置は必要ではないかと思うのだ。こういうことをいうと、マスコミ関係者はすぐに「知る権利」だの「報道の自由」だのを振りかざす悪癖があるのだが、たとえば今回のような事件で犯人がマスコミ報道を活用したり、あるいはマスコミ報道に刺激されたりした結果として人質の死亡などの良くない結果が生じたとしたら、政府や警察はそれを逆手にとって、さらに強力な報道に対する締め付けをやってこないとも限らない。
つまり、些細な「知る権利」にこだわったために、さらに重大な、本当に必要とされる「知る権利」までもが、危険にさらされる可能性があるということである。先週の拙稿で、「犯人に対する狙撃のオプションを保持すべし」と書いたが、マスコミがヘリや地上から周囲の状況を撮り放題という現状では、狙撃手がライフルを持ってやってきた時点でカメラが殺到し、リポーターは絶叫し、国会では野党議員が騒ぐという光景が目に見えるようだ。そんなことでは、狙撃というオプションは使いたくても使えない。
少年犯罪の犯人に対する取り扱いの問題
最近、未成年者の犯罪が多い。5,000 万円を恐喝したとか (これって何所得になるんだ?)、「人を殺してみたかった」といって本当に殺してしまうとか (そんなに人殺しがしたければ、フランスに行って外人部隊に入ればよいのである。例の高校生にそんな根性があるとは思えないが)、今回の乗っ取り事件もそうだ。ところが、どんな凶行に及んでも、「少年法」の壁のため、犯人の顔や名前は公開されないし、顔写真が公開されると写真を公開した方が非難される。何か間違ってないか?
確かに、「本人の自覚による更生を優先させる」という少年法の理念は美しい。美しいが、少年法が制定された当時には想像できなかったようなとんでもない事件が多発している現状に対して、現在の少年法は全然抑止力になっていないし、むしろ「何をやっても名前は出ないし、それほど間をおかずに社会に戻れる」という妙な安心感を醸成していないかと不安になる。
しかも、「犯人の人権」を盾に、少年犯罪では被害者の遺族に対しても裁判の傍聴などで制限が課されているということらしい。そんな馬鹿な話があるものか。
おまけに、今回の乗っ取りは「犯人は精神病院に入院していて、一時外出の際に起こした事件」である。ヘタをすると、「責任能力なし」ということで無罪放免になりかねない。それでは亡くなった方とその遺族は浮かばれないし、半日も刃物を突きつけられていた少女もたまったものではない。
だいたい、犯人の名前は報道されないのに、この少女の名前がバンバン報道されているというのはどうかしている。こちらの方が、少女の今後を考えると心配だ。(現に、新潟の監禁事件では被害者の名前は出ていないではないか)もし現在のような状況が続くと、未成年者を鉄砲玉にしたテロ事件が起きはしないかと心配になる。なにしろ、同じ犯罪でも未成年者の扱いは大幅に甘いのだ。「まさか」と思った人は、世界各地の地域紛争で子供の兵士が使われているケースが多い点を想起されたい。
実は、テロ指導者にとっては子供の方が使いやすい側面があると思う。特定の思想に染めるのも大人よりは容易だし、体力はあり余っている。しかも大人より子供の方が警戒されにくいだろう。そこへきて処罰が甘いというのでは、もうお膳立ては揃っている。オウム真理教がどうして未成年者を鉄砲玉に使わなかったのか、謎だ。
個人的意見としては、少年法の制限による名前非公開等の制約は、犯罪の内容に応じて加減すべしと考える。強盗や殺人等の凶悪事件では、氏名も顔写真も公表してしまってよいと思うし、処罰も大人並にしてよい。それこそが、犯罪に対する真の抑止力足りうるのではないか。
この少年法の件にしろ、何かというと「平和解決」を主張する件にしろ、根底は軌を一にした体質ではないかと思う。そんなことでは犯罪や領海侵犯、テロ事件などに対する抑止力にならない。悲しい話だが、「もし妙なことをしたら、ただでは済まないぞ」といって、実際に "妙なこと" をした奴をこてんぱんにやっつけてこそ、抑止は成立するものなのだ。
今の日本の現状では、たとえば某国の特務機関が工作員を送り込んでテロを展開しても、「説得」だの「平和解決工作」だので時間を費やし、あげく、国民の生命や財産に対する危機を助長する羽目になりかねない。「とにかく武力行使や狙撃はしたくない。そのために国民が犠牲になっても構わない」というのなら、政治家や平和運動家は選挙にかけて、国民に信を問うべきだろう。
ただ、念のために書き添えておくと、特殊部隊を使ったテロだの破壊工作だのというのは、正規軍の作戦を側面から支援するための支作戦としてこそ意味があるが、それだけで一国を屈服させるというのは、まずできない相談だ。 たとえば、朝鮮半島で花火が上がったときに日本で破壊工作をやれば、在日米軍の活動の足を引っ張ったり、あるいは足を引っ張るように日本政府にメッセージを送る役に立つ。そういう使い方はできるが、破壊工作だけで日本を滅ぼすなんていうのは、たとえ NBC 兵器を使っても難しいだろうし、最強テロ兵器のテポドン・ミサイルで北朝鮮がいうように日本中を火の海にするにも、50 万発は撃たないと駄目だろう。
つまり、「イザとなればただでは置かないぞ」という姿勢を明確に見せてこそ、警察力も法律も軍事力も存在価値がある。使われないことが見え透いている "強行措置" は、存在しないも同然だ。
そのようにして必要な備えを怠らずに "抑止" を成立させて、結果として犯罪も戦争も起きないのが、現状では最善の解決策である。何も準備をしていなくて、結果として何も起こらなかったというのは運がいいだけで、全然誉められないものなのだ。「平和解決」とか「相互理解」の理念は美しいが、それはそういうテーブルに双方がついてこそ成立するものだ。それができない相手に対してこれらの理念を吹いてみても、相手を調子に乗せるだけだろう。
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