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井上孝司の Defense Column
〜 和平交渉は難しい中東和平交渉が決裂した。このおかげで政治的得点を稼ぎそこなったクリントン大統領の話は措いておくとして、今回、改めて実感したのは、和平交渉の難しさだ。中東に限ったことではないが、何十年にもわたって憎しみ合い、戦争を続けてきた 2 つの陣営が歩み寄って和解するというのは、並大抵のことではない。特にイスラエルとパレスチナ人の場合、事実上、二千年分の怨念がこもっているのだから、解決するにも二千年ぐらいかかるのではないか… そんな気がする。
だいたい、日本にしても、戦後 50 年以上経った現在ですら、負け戦の怨念からか「日本が大逆転勝利!」というたぐいの架空戦記がひきもきらない。日本とアメリカですらこんな調子なのだから、イスラエルとパレスチナのゴタゴタが、話し合いをちょっとやったぐらいで解決すると考える方がおめでたいだろう。
この種の交渉の場合、「ある程度の譲歩はやむなし」として、とにかく歩み寄って平和解決を目指そうとする一派と、自分たちの主張をことごとく押し通そうとする一派がせめぎあうのが通例だ。今回の中東和平交渉にしても、このパターンがしっかりと当てはまっている。つまり、妥協しても、決裂しても、交渉当事者はどちらかの陣営から叩かれるのだ。
現に、ボスニアにしても、コソボにしても、長い間にわたって複数の民族がいがみ合ってきた地域における和平活動というのは、なかなか進展しないものだ。
そうした中で、どちらか一方からは叩かれるのは仕方ないとしても、そのときどきで勢いがある方の意見に従って交渉が進むと考えるのが妥当ではないかと思う。だから、「譲歩派」の勢いが強ければ譲歩によって和平交渉が進展するし、「強硬派」が強ければ、和平交渉は決裂する。
だから、南北対話の合意ができた朝鮮半島にしても、真の意味での和平が達成されるまでには、相当な紆余曲折があると考える方が妥当だろう。一部のおめでたいマスコミや "平和運動家" が唱えるように、ただ一回の南北対話合意だけであらゆるモメ事が雲散霧消するかというと、そんなことはあり得ないと思う。
双方が核兵器を弄んでいるインドとパキスタンにしても、事情は似たようなものだ。ここも、過去に何回も戦争をやらかした実績があるし、民族だけでなく宗教的な対立が絡んでいる点からしても、根本的な解決は困難ではないかと思う。
戦争が起こる原因にはいろいろあるが、その中では、単純な「経済的対立」というのは比較的対処しやすい部類ではないかと思われる。
それに比べると、「民族」が絡んだ場合には、えてして宗教的な対立も含まれることが多いだけに、話が厄介だ。独裁的指導者を仰ぐ「カルト国家」の場合も一種の宗教に近いものがあるだけに、事情は似ている。こうした国家が関係したモメ事を解決するには、並大抵の努力では済まないはずだ。
先に述べたように、和平交渉に臨む指導者が国内情勢に左右されるという事情がある以上、指導者だけで問題をどうにかしようとしても難しい。むしろ、双方の陣営の国民同士が、長い年月をかけて融和するような方向に持っていかないと、根本的な解決は難しいと思う。
もちろん、それは簡単な話ではない。民族間の憎悪というのは、えてして親から子へ、あるいは学校などの場で言い伝えられ、醸成されることが多いからだ。しかし、その悪循環をどこかで断ち切らないと、事態は解決しない。
数世代にもわたって醸成された憎しみが解消されるには、憎しみの醸成に要したのと同じか、あるいはさらに長い時間がかかると思う。だが、一般民衆レベルで融和が進まないことには、指導者や国連、周囲の国々がどんなに手を尽くしても、おそらくけりはつかないだろう。
それを考えると、北朝鮮のように、国民を「精神的遮断機」で囲まれた状態に置いている国というのは、実に具合が悪い。
また、国民が海外のメディアと接するのは「アメリカの横暴を訴える官製プロパガンダのときだけ」というイラクも、似たようなものだ。中東和平にしろ他の民族紛争にしろ、一発で全面解決、ということは期待せずに、息の長い、地道な和平努力を積み重ねていくことが必要ではないか。性急な解決を求めたり、一回の和平合意ですべて解決するかのような幻想を振りまくのは、むしろ事態を悪化させるだけだと思う。
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