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井上孝司の Defense Column
〜 ロシア原潜事故に関する疑念と懸念すでにご存知のように、ロシア海軍のオスカー II 型巡航ミサイル原潜 <クルスク> が、バレンツ海で沈没事故を起こした。原潜事故というと、まずは「放射能漏れの危険性」が騒がれるのがお約束だが、今回は沈没した場所の水深が浅いので、水圧で格納容器が圧壊する危険性はないと思われる。長期的に考えれば腐食による破壊の可能性もあるが、もし船体の引き揚げが可能なら、こちらも心配はとりあえずないのではないか。
ただ、それとは別に、いくつか懸念材料があるように思われる。
今回の事故では、ロシア海軍当局が機密漏洩を気にして、諸外国への援助要請を遅らせたことが非難されている。確かに、原潜といえば機密事項の塊のようなものだから、機密漏洩を気にしたことがないといえば嘘になるだろう。
ところが、それなら自分でなんとかすればよいではないかと思ったのだが、ロシア海軍は救難潜水艦のインディア級 (NATO コードネーム) を退役させてしまっていたそうだ。原潜はたくさんあるのに救難機材を退役させてしまうとは、人命軽視といわれても致し方あるまい。
では、他国から救難機材を借りるとしたら、どこに頼むか。
潜水艦を保有している国は多いが、沈没潜水艦のための救助機材を持っている国といえば、それほど多くない。まして、自力航走可能な救難艇 (DSRV) を持っている国は、ごくわずかというのが実情だ。実は、日本にも DSRV と救難艦があるが、横須賀や呉からバレンツ海まで走っていたら、いくらなんでも間に合わない。米海軍の DSRV なら輸送機で空輸可能だから、最寄の港の近くまで空輸した上で、後は SSN (攻撃型原潜) の背中に積んで送り込めば、もっとも早く救援できる。
ところが、ロシアはアメリカに援助を要請しなかったし、する様子もない。代わりに援助を依頼した相手はイギリスだ。
アメリカでは、何回も「救援依頼があれば出動する」というプレス リリースを出しているが、ロシアがそれに応じる様子はまったくない。代わりに、単なる海洋観測用に毛が生えた程度としか思えない潜水艇をイギリスから出してもらっているのは、なんとも妙だ。正直な話、ここ数年の間、米露関係は必ずしもしっくり行っていないのではないかと思われる。特に、昨年のユーゴ空爆以来、その傾向が強い。
その背景としては、ロシアの「大国としてのプライド」が、かつてと同様に国際政治における覇権の維持を目指し、それがアメリカの世界戦略と衝突したというのが実情だろう。ただ、現実問題としてロシア単独では経済的にも軍事的にもアメリカと張り合えない。ところが、都合のいいことに、アメリカと張り合っている国はもうひとつある。中国だ。
最近、ロシアは中国と接近して「敵の敵は味方」状態だが、その一方で、ヨーロッパ諸国とアメリカを離反させようという動きに出ているように思われる。そのいい例が、ヨーロッパに対する「弾道弾迎撃システム共同開発提案」だ。アメリカは TMD と NMD という 2 つの弾道弾迎撃システム開発構想を持っている。これが実現すれば、ロシアや中国の ICBM は、大幅に抑止力を失うのは間違いない。しかし、正面からこの構想に張り合うほどの余力は、中国にもロシアにもない。そこで、側面から足を引っ張るべく持ち出したのが、ヨーロッパ諸国の抱きこみ工作ではないかと思われる。
今回の原潜事故でも、もっとも有力な救難手段を持っているアメリカではなく、あえてイギリスに救援依頼を行った点に、ロシアの「ヨーロッパ諸国の抱き込み & 欧米間にクサビを打ち込む戦略」が垣間見える、といったら勘繰りすぎだろうか。これが表題にあるところの「懸念」である。
もうひとつの「疑念」は、沈没原因だ。今からこれをいうのは尚早だが、ロシア側の発表には、どうも納得が行かないのである。
ロシア政府の発表では、深度 20m 付近を航行中に、「巨大な物体」に衝突したのだという。暗に「米海軍の原潜」といっているようにも見えるが、それなら相手の艦も無傷ではすむまい。しかし、今のところ損傷艦の報告はない。
それにしても、オスカー級は馬鹿でかい巡航ミサイル原潜だ。耐圧殼の両側にバラスト タンクと巡航ミサイルの発射筒を抱き込んでいるという構造からして、よほど大きな衝撃がなければ、耐圧殼までは被害が及ばないのではないか。
潜航中だから、バラスト タンクは満水だったはずだ。したがって、衝突して外殼が破れても、それだけでは沈没の理由にならない。耐圧殼の中に相当量の浸水がなければ、沈没には至らないだろう。
もっとも、衝突の衝撃が原因でバランスが崩れたというのなら、それはそれで可能性はあるが。アメリカの SSN やノルウェーの観測所が 2 度の爆発音を聴取したという報道があることから見て、衝突が直接の原因かどうかは別として、魚雷やミサイルの弾頭、あるいは燃料などの爆発事故があったは間違いないのではないか。まともなソナー員なら、爆発音と衝突音の区別ぐらいつくだろう。
あるいは、演習で発射した魚雷が味方の艦に命中してしまったとか (演習では弾頭が爆発しない演習弾を使うだろうという気もするが…)、戦時中、あるいはソ連時代に敷設した機雷にひっかかったという可能性も否定できないような気がする。
なお、その後の報道によると、海軍当局は「爆発」の存在を認めているとのことで、「爆発」を否定する政府との間で、内輪もめ状態にあるようだ。 ただ、原因が何であれ、魚雷やミサイルの爆発事故、あるいは触雷があったとすれば、ロシア海軍の潜水艦が搭載している兵器の安全性や、それを取り扱っている人員の資質に疑義を生じることにもなりかねない。だから、ロシア政府は「爆発」に触れないのではないか、というのが、「疑念」の部分である。
また、露骨にはいわないものの、「巨大な物体」といういい方をすることで、暗に米海軍の原潜に責任を押し付けようとしてはいないか、という疑念もある。
他の原潜事故の例から見て、もし今回の事故原因に関する真相が突き止められたとしても、それが発表されるには、相当な時間がかかるのではないかと考えられる。
ただ、今回の事故で改めて、「新たな冷戦構造」の存在が露見したのではないかと思うのだ。今後の米・露・中関係の動向からは、目を離せないだろう。
それにしてもあきれ果てたのは、フジテレビの某番組の司会者が「冷戦が終わったのに潜水艦があちこち活動してるものなんですか」と何回も発言していたこと。 別に、冷戦があろうがなかろうが、手元に潜水艦があれば、それがどこかで行動するのは当然のことで、平和ボケもここに極まるの感がある。
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