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井上孝司の Defense Column
〜 国防予算は公共事業費 ?9/13 に、「住友重機の浦賀工場が閉鎖」というニュースが報じられた。この造船所は海上自衛隊の艦艇建造所のひとつで、護衛艦やミサイル艇などを手がけているところだ。もともと、住友重機は石川島播磨と共同で 1995 年から「マリンユナイテッド」という会社を設立し、設計作業などを共同で行うことで効率化を図っていた。
それでも、防衛庁が艦艇を随意契約から指名競争契約に切り替えるといった外的要因もあって、さらにコスト削減努力が必要になったということらしい。以前に「世界の艦船」誌で田岡俊次氏が書かれていたように、日本の艦艇の価格は諸外国と比べても、決して高くない。イージス艦のようにブラックボックスの輸入品が増えると事情は違ってくるようだが、日本の産業界全体がコスト高体質にある中では、艦艇はむしろ割安ではないかと思う。
ところが、こうした傾向は艦艇特有で、その他の国産装備が諸外国の同等製品と比べて冗談の様に高価な値札をぶら下げているのは、よく知られているとおりだ。例外は、ASM-1 ぐらいだろう。
よく知られているように、自衛隊の装備の多くは国産されている。国内開発のものもあれば、F-15 戦闘機のようにライセンス生産という例もある。
どちらにしても、武器を輸出しないという国是がある関係上、どうしても生産数量が少ないからコスト高に付く傾向があるのは間違いない。また、ライセンス生産ではライセンス料を元のメーカーに払うわけだから、高くつくのは当然だ。
それでも国内生産に固執するのは、
- 国内産業基盤と技術ノウハウの維持
- いざというときに装備入手の道が立たれるのは具合が悪い
という考えかららしい。
しかしどうだろう。最近では、よほどたちの悪い内戦でもなければ、第二次世界大戦のように何年も戦争が続くことはまずない。だから、後者についていえば、いまひとつ説得力に欠けるような気がする。だいいち、製造する工場があっても、原材料の入手はどうするのだろう。
イスラエルやイラク、アルゼンチンのように、戦争をやらかした結果として「武器禁輸」を食らった実例もあるにはあるが、武器禁輸を食らうほどの思い切った行動を仕出かす度胸が日本の為政者にあるとは思えない。特に、"ノミの心臓" の森総理には。
しかも、「専守防衛」でやっている限りは、国際社会からつまはじきにされる理由はないはずである。
もっとも、日米安保を廃棄して中国と同盟したりすれば、アメリカから禁輸措置を食らってアメリカ製の装備が軒並み使えなくなる、ということはあるかもしれない (笑)。 そもそも、国産にしたらコスト高で調達数が減ってしまうのと、外国から輸入することで有事の入手難のリスクを背負うのと、どちらもリスクとしてはそれほど差はないように思えるのだが…
おまけに、国内で製造された装備の場合、実戦の洗礼をくぐっていないから、本当に戦争で使ったときの有効性がどうも不安だ。もちろん、カタログ・スペックでは諸外国のものに引けを取らないのは知っているが、カタログ・スペックで戦争をするわけではない。戦場に持っていったら額面通りの性能が出なかった兵器はいくらでもある。そんなリスクを冒してまで国内開発に固執するのは、果たして利益になるのだろうか。
それでは、前者はどうだろう。特に航空機や艦艇については、この理由が前面に押し出されることが多いようだ。確かに、カナダのように、艦艇建造のギャップが元で、後になって艦艇建造を再開した際にいろいろとノウハウの欠如で苦労した実例もあるから、継続的に何かを発注して産業基盤を維持するというのは、ある程度理解できる。
また、同等の装備を外国から輸入した場合でも、自分が技術を持っているのといないのとでは、その中身に対する理解に差が出てくるだろうから、ノウハウがあるに越したことはない。
となると、これも土木事業なんかと同じ、一種の "公共事業" といえるだろう。もっとも、それがストレートにいけないというのではなくて、そういう方針が国民に支持されているのであれば、それはそれで構わないと思う。
といっても程度問題なので、たとえば現在の日本の航空機メーカーのように、複数のメーカーが交代に主契約社を持ちまわって、その他のメーカーが副契約者に回るというような状態では、競争原理もそれほど働かないように見えるし、コスト高を加速する傾向はないだろうか。
だいたい、当節、複数の航空機メーカーが存在している国はそれほど多くない。冒頭に書いたように、艦艇建造所の世界では業界再編の傾向が出てきているが、航空機業界は今のままでいいのだろうか。
こんなことを書くと、「何も事情を知らないマニアが業界に対して耐えがたい侮辱的な発言をしている」といって文句をいう向きもありそうだが、私とて、日本に航空機産業が不要だなんていうつもりはない。国産技術で開発された飛行機が飛ぶという話だって、断じて嫌いなわけではない。
ただ、国の財政に余裕があるわけでなし、"公共事業" として既存の産業基盤をただそのまま維持することが許されるのか、あるいは高価につくのが分かっている航空機の国内開発計画を幾つもぶち上げることが許容されるのかどうか、といったことを、いまひとつ、立ち止まって考えてみてもいいのではないかと思うのである。
国内開発をやるならやるで、ちゃんと背景や理由を説明した上で、「コストダウンや効率化のための努力をこんなにしています。でも、構造的に仕方のない部分もあるのでお金はかかりますが、そこのところは御理解をお願いします」ぐらいのことをいってみてもいいのではないか。
ただ闇雲に「国産でやるぞやるぞ」と連呼するだけでは、納税者に見放されないかと心配なのである。![]()