井上孝司の Defense Column
 〜 「エネルギー安保」を考える

「石油ショック」とまではいかないが、原油価格の高騰が原因で、世界各地でいろいろと騒動が起きている。オリンピックの陰に隠れて、日本ではあまり話題になっていないようだが。

特にヨーロッパでは、ユーロ安と原油高のダブルパンチで、ガソリンが品切れになったり、トラック運転手が示威行動に出たりと、特に大騒ぎになっている。

この件、一応は国会でも話題になったらしく、森総理は「石油の安定供給確保に努力する」云々と答弁したらしい。だが、具体策として、果たして何を考えているのやら。

現代文明の多くが石油の供給に依存している以上、原油価格の推移が各国の政治・経済に影響を及ぼすのは避けられない。しかも、主要な産油国の多くは、不安定要因の多い中東にある。

そのことと、過去二回の石油ショックの経験を考えれば、石油にまったく依存しないというのは無理だとしても、石油に対する依存度の少ない体制を作ること、それと、非常時にいきなり石油が枯渇しないように、備蓄体制を強化することが重要になってくる。

後者については、日本は比較的充実しているように見受けられる。また、昨今の不景気も、皮肉な話だが石油需要を減らすという意味では効果があったようで、日本が今回の原油高に関して、比較的、平静を保っていられる一因かもしれない。

とはいうものの、それはあくまで結果論である。いったい、日本政府は今後のエネルギー需要を賄う上でいかなる戦略を持っているのか、そのためにどのような方法を考えているのか、という点を問題にしたいのだ。


たとえば、中東以外にもうひとつ、「柱」となり得る石油の供給源を確保するのも一案だ。といっても、具体的にどこがあるだろう。尖閣諸島には海底油田の存在が噂されているが (中国が尖閣諸島を欲しがる理由はこれだ)、実際に石油が出たわけではないし、他に何かアテがあるかというと、あまり具体的な話は聞かない。

それに、尖閣諸島に石油が出たら、それこそ中国が武力行使に出て、尖閣諸島を占領しようとする可能性だってゼロとはいえない。それに対して、日本政府が果たしてどれくらい本気で、尖閣諸島の領有を主張できるのだろう。

では、中東から安定した石油の供給を受けるための政策は…というと、こちらもどうだろう。結局のところ、経済援助か何かを交換条件にする、いわば「油請い土下座外交」が関の山ではなかろうか。湾岸戦争でイラク退治の主力を務めたことから、湾岸地域における発言力を大きく強化したアメリカとは対照的だ。(もっとも、日本に同じことを求めるのは無理だが)

では、石油に対する依存度を減らすという点はどうだろう。
たとえば、発電用エネルギーの多くは火力発電で、そのまた大半は重油を焚いているはずだ。だが、代替手段といっても、原子力発電は「危険だから反対」で、水力発電は「環境を破壊するから反対」で、結局、話は先に進まない。それでいて、エネルギー需要は増える一方だ。こんな身勝手な話はない。

原発事故がいろいろ起きているのは事実だ。それに対して、「だから原発は危険だ、やめろ」とするか、「より安全な原子力技術開発を」とするかで、結果は雲泥の差なのである。

よく、原発の全廃を決めたドイツをもてはやす意見が聞かれるが、あれはとんでもない食わせ物。実はドイツは、足りなくなる電力を原発大国のフランスから買うのである。自分だけ「いい子」になろうとするとは図々しい。
こういう話を無視して「原発廃止」だけを取り上げて拍手を送るのは、無責任の極みである。マスコミは、完全に世論をミスリードしているのだ。

また、私がしばしば槍玉に挙げている、トラック輸送への過剰な依存だってそうだ。トラックよりも鉄道や海運の方がエネルギー効率が良いのは明白なのだから、そちらに移行を進めてトラックを端末輸送に押し込めれば、それだけ石油消費が減り、石油の価格が及ぼす影響を抑制できる。

また、乗用車の世界でも、ガソリンを大食らいする大型車が多いのが現実だ。燃費の悪いクルマに対する課税を、もっと強化したってバチは当たるまい。代替燃料の「ガイアックス」に税金をかけている場合ではないのだ。エネルギー安保の観点からいえば、むしろ代替燃料の開発と普及を奨励するべきである。
(だから私は、大排気量のクルマには乗らない)

ちなみに、この「ガイアックス」課税の件は、外資系企業に対するストックオプション課税の件と、非常によく似ている。最初のうちは「そんなのよく分からない」といって放っておいたのに、数が無視できないものになった途端に「気が変わって」税金をかける (あるいは課税強化する) というのだ。こういう恣意的で気まぐれで場当たり的で終始一貫していない裁量行政は、まったくもって容認できないものである。

1970 年代よりもマシとはいえ、まだまだ日本経済は石油資源を無駄に使っていると思う。そのことに、もっと目を向けてみようではないか。


もちろん、エネルギー政策も御多分に漏れず、さまざまな業界の利害関係が入り乱れてカオスと化しているのが現実だから、そう簡単にコトは運ばないかもしれない。だが、何かしなければ、何も変わらない。

今回の原油高はひとつのきっかけだが、どちらにしても石油資源が有限であることに変わりはないのだから、

といったことを本気で推進するべきではなかろうか。国の政治体制が健在でも、国家活動の根幹を支えるエネルギー供給に不安を残していては、真の意味での「安全保障」は成立しない。そんなことでは、国家が立ち腐れてしまう。
今はまだ、時間的猶予がある。だが、だからといって問題を先送りしていては、将来に禍根を残すのは間違いない。

よく、環境保護を訴える人は「子供達のためにきれいな地球を残そう」といっている。それをいうなら、「子供達のために、エネルギー供給に不安のない社会を残そう」という主張だって、同様に成り立つのではないだろうか。我々の子孫に対して「エネルギー資源はもうないので、あなた達は石器時代に戻ってください」というわけにはいかないのだから。