井上孝司の Defense Column
 〜 正しい独裁政権の潰し方

すったもんだの末、ユーゴスラビアの大統領選挙は、ミロシェビッチ大統領が「敗北宣言」を出したことで、事実上、決着したようだ。

ミロシェビッチ大統領は、一応「選挙で選ばれた大統領」だったはずだが、思想的にはセルビア人至上主義を掲げ、民族主義を煽り、外敵を作り出すことで政権を維持してきた。そういう意味では、どちらかというと独裁者にありがちな要素が強いように思える。

もっとも、「独裁者」といっても、その背景には政党があることが多い。ヒトラーだって、最初はナチ党が議会で勢力を伸ばしてから政権の座についている。イラクのサダム・フセイン大統領にしても、背後にはイラク・バース党がついている。

つまり、「独裁者」という個人だけを標的にするのではなく、「独裁政党」を「独裁者」と同一に扱っても、間違いではないと思うのだ。たとえば、ソ聯や中国における共産党が、まさにこのパターンに該当する。


過去の歴史において、独裁政権が潰れたケースは多々あるが、その内容をちょっと考えてみたい。

まず、「戦争に負けた」というような外的要因で、独裁政権が潰されてしまったケース。ヒトラーとナチ党、ムッソリーニとファシスト党の組み合わせなどが典型だ。

次に、国民が革命を起こして独裁政治を潰したケース。ただ、この場合は革命勢力が新たな独裁政権になってしまうこともなしとはしない。ルーマニアのチャウシェスク政権崩壊や、帝政ロシア→ソ聯→ロシアという流れには、そんな印象を受ける。

また、このバリエーションとして、今回のユーゴスラビアのケースのように、選挙がきっかけになって国民が騒ぎ出して、政権がそれを抑えられなくなったというケースもある。インドネシアのスハルト政権やフィリピンのマルコス政権の崩壊が、このパターンか。

本当は、湾岸戦争や昨年のユーゴ空爆は、最初のパターンを狙っていたのではないかと思える。ところが、直接的な効果となると、どうも怪しい。湾岸戦争でフセイン自慢の軍隊が無能をさらけ出したからといって、イラクの国民が蜂起したという話は (クルド人を別にすると) ほとんど存在しないし、ユーゴスラビアもまた然り。

湾岸戦争のときに航空作戦の基本戦略を考え出した、米空軍のジョン A. ウォーデン大佐は、「航空戦力によって、国家を構成する "五つの輪" の中心である政治指導の中枢を破壊すれば、敵の国家 (あるいは軍隊) は神経麻痺状態に陥って崩壊する」と考えていたそうだが、これは少々楽観的な見方ではなかったのかと、後知恵ながら思った。

なんでそんなことになるのかを、つらつら考えてみた。
独裁者、あるいは独裁政党というのは、長く政権の座にいればいるほど、強固な保安組織や国家運営体制を固めてしまう。嘘かまことか、イラクでは国民がタイプライターを許可なく持てないという話も聞いたことがある。反政府運動家の情報伝達を抑止するためだ。インターネット利用に制約を課している国があるが、これだって同じことだろう。

それが数十年にも及ぶと、今度は教育の場などを通じて国民をみんな洗脳してしまって、一種のカルト集団化現象を生んでしまう。その結果として、国民が自国の現状をおかしいと思わない、精神的遮断機に阻まれたような状態になってしまうのではないかと思うのだ。

だから、イラクや北朝鮮のように、特定個人、あるいは政党が長期にわたって君臨していて、しかもそれが選挙によってひっくり返る見通しが立たない国の体制を民主的な方向に誘導するというのは、とんでもなく大変なことだと思う。

ユーゴのミロシェビッチ大統領の場合、選挙を実施したこと自体、"独裁者" としては手抜かりがあったと思う。正真正銘の独裁者なら、「国家の非常時」とか何とか名目を掲げて、選挙そのものをやらなくしてしまったりするものだ。

もっとも、その手抜かりのおかげで政権が崩壊したのだから、私は結果オーライで良かったと思うが、この後に政権につく人は、大変な苦労をすることになるだろう。それが、元の民族主義的・半独裁政治体制に逆噴射する遠因にならなければいいが、と、少し心配ではある。


アメリカ空軍には、敵国に対して宣伝のためのテレビやラジオの放送をするための、「コマンドソロ」という C-130 の改造機がある。また、ラジオを持たない相手に対しては、空中投下でラジオ受信機をばらまく、なんてことまでするらしい。

実際、ベルリンの壁崩壊でも、東側の国民がテレビやラジオの放送を通じて西側の実情に触れることができたのが効いたという話もあるから、この手の PSYOPS (心理作戦) というのは、なかなか馬鹿にできない。

かと思えば、ソ聯軍の砲兵隊には「アジビラ散布弾」なる砲弾があったそうだから、あちらさんもなかなかやるなあ、と思ってしまう。

私は、北朝鮮相手に、とりあえず「ペントハウス」とか「プレイボーイ」でもばら撒いてみたらどうだろう、と考えてみたことがある。こんなことを書くと女性の皆さんにはお叱りを受けそうだが、ポルノが人間の攻撃性を緩和するのは確かだと思うので、ヒンシュク覚悟で、あえて書いてみた。(考え方としては、太平洋戦争中に米軍が食い物の画を書いたビラをばらまいたのと同じだ)

かの国の指導者様は、日本のピンク映画が大好きだと聞いたことがあるような気がするのだが、今もそうなのかどうかは定かではない。なんて書くと、総連の人に襲撃されるかな ?

実際にそんな真似をするかどうかは別として、独裁政権を潰すには、テレビ・ラジオ・ビラ撒きその他、使えそうな手段は何でも使いたい。そして、相手国の国民全般に対して「おたくの国は、実はヘンなのですよ。そのことに気付いてくださいよ」と、しつこく宣撫するという工作が不可欠だと思う。他の方法、たとえば外交攻勢だとか軍事的圧力だとか経済制裁だとかは、その後の話だ。

この方法、即効性に欠けるのは問題だが、時間をかけて出来上がった体制は、それを潰すにも時間がかかるのは仕方ないのではないだろうか。無理して拙速を重んじて体制を潰すことができても、また後戻りしてしまってはしょうがない。