井上孝司の Defense Column
 〜 因果は巡る

ユーゴスラビア・コソボ自治州で選挙が行なわれたが、セルビア人側が「公正な選挙が期待できない」だか何だかの理由で選挙をボイコットしてしまい、アルバニア人勢力の圧勝、という話らしい。

選挙というのは、本来は民主的な政治を実現するプロセスのはずだが、こんな調子では、単に騒乱の種を撒いただけ、ということにならないかと心配だ。

だいたい、選挙が民衆の信頼を勝ち取れるのは、それが公正に行われているという信頼があってこそである。もし、特定の勢力にとって有利な制度、あるいは選挙区配分、といった条件があれば、その選挙は信頼を失う。

だから、参議院の「非拘束名簿式」は、天下の愚行である。

もちろん、アルバニア人の側からすれば、「今までさんざん抑圧されてたのだ」という思いもあろうが、だからといって、こういう「意趣返し」をやっていたら、収拾がつかなくなるだけだ。


10/16 付の拙稿で、以下のような文章を書いた。

パレスチナに限ったことではないが、この手の宗教・民族がらみの領土問題では、双方の陣営が「歴史的に見て、○○は我々のものである」という類の主張をするのがお約束である。だが、人類の歴史はまともな記録が残っている分だけでも数千年あるのだから、その中から都合のいい事実を探そうと思えば、必ずひとつやふたつは出てくるものだ。

領土を巡る争いでは、過去の歴史において、一度や二度は「流血」だの「弾圧」だの「武力闘争」だのといったイベントが発生するのが常だから、この手の民族紛争のあるところでは、どこでも「○○が△△に弾圧された」という類の話は必ず出てくるだろう。

それをダシにして、自分達が仕返しをするのを正当化していたら、今度は相手の陣営が同じ論理に基づいて行動するのは誰も止められない。こうなったら、仕返しの無限ループになってしまい、たとえ 100 万年経っても解決するまい。

だから、コソボにしても、イスラエルとパレスチナの一件にしても、当事者が「やられたからやり返す」という論理を手放さない限り、周囲の国がどんなに骨を折っても、根本的な解決は難しいのではなかろうか。

また、たとえ暴力沙汰にまでならなくても、「過去の歴史」をダシにして恐喝するような外交ばかりやっていると、これまた相手国の側に憤懣が鬱積して、タチの悪い事態を引き起こす可能性がある。だから、中国や北朝鮮は、ぼちぼち「過去の清算」以外のカードを用意しておかないと、日本における自国のイメージを下げるだけだろう。

「いいたいことは分かるけど、程々のところで妥協して手を打たなければ」といって事態を収拾できるような政治家がいれば、こういう事態は収拾できる可能性がある。だいたい、すべての国民が満足できるような政治というのはあり得ないのだから、どこかバランスのよいところで手を打って、国民を納得させるのが政治家の仕事だ。

ところが、目の前の人気を優先させたり、特定の支持勢力にゴマをすったり、国内問題から国民の目をそらすといった目的から、過激な主張に走ってしまう政治家は多い。本当は、こういう扇動的な輩を大衆が相手にしなければよいのだが、なかなかそうはいかない。

そこのところを知り尽くしていたからこそ、ヒトラーは選挙という「平和的な」プロセスを経て政権を獲り、結果として国を破滅に導いてしまったのではないだろうか。私はナチスは嫌いだが、ナチスの大衆操作の方法はちゃんと学習しておかないと、またどこかの国の誰かが、同じ方法にひっかかる可能性があると思う。


世界の歴史をひも解いて見れば、たいていの国では、「侵略」の歴史と「被侵略」の歴史が共存していると思う。日本は珍しく「被侵略」の影が薄いが、「東京裁判」に関してブチブチ文句をいう人が絶えないところを見ると、太平洋戦争後の占領時代というのは、一種の「被侵略」といえるかもしれない。

だから、どこの誰もが、「一方的に被害者」ということも、「一方的に加害者」ということもないと思うのだ。「被害者」としての側面だけ取り上げて騒いでも、それは長期的には新たな意趣返しの種を撒くだけで、根本的な事態の解決にはならない。
逆に、「加害者」としての側面を意識し過ぎて卑屈になっても、それも国益を損なうだけだ。

個人対個人とか、あるいは企業対企業のレベルなら、モメ事が発生しても流血に至ることはそれほどないし、もし不幸にも流血の事態が発生したところで、国際社会が寄ってたかって解決に乗り出さなければならない、ということは、まずないだろう。

たとえば、オラクルのラリー・エリソンがビル・ゲイツ嫌悪症で、いくらマイクロソフトの悪口をいったり、あるいはマイクロソフト本社の清掃員を買収してゴミ箱漁りをやらせたりしても、誰の血も流れない :-)

ところが、国と国、あるいは民族と民族の関係では、謝罪、あるいは賠償といったプロセスで政治的なケリをつけたら後は二度と蒸し返さない、という心得がないと、また別の紛争を引き起こすだけだ。

そこのところを理解して、我々有権者としては、やたらと調子のいいことをいう政治家や、特定勢力にゴマをする (特定の外国にゴマをする、というのも含む) 政治家は、しっかり選挙で落選させるという心得が要ると思う。せっかく手元にある権利なのだから、有効に活用したいものだ。これは、「地元に利益をもたらす」という程度のことよりも、はるかに重要なポイントなのだから。