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井上孝司の Defense Column
〜 暗号という名の兵器 (前編)もともと、「暗号」というのは軍事通信の世界の専売特許で、一般市民にはあまり関係のないものだった。ところが、インターネットの普及により、パソコン上で動作する暗号化ソフトウェアの利用が日常的なものになり、結果として、これまでには想像もつかなかったような横槍が入るという事態が起きている。たとえば、アメリカでは暗号技術を「兵器」とみなしているため、一定以上の強度の暗号技術の輸出については、制限が課されているというのはよく知られている。
また、暗号化機能を持たせた「クリッパー・チップ」をすべての情報機器に組み込ませて、その鍵情報をアメリカ政府に供託しようという企画が出て、見事にポシャったこともあった。こうした、アメリカ政府における一連の暗号をめぐる動きに深く関わっている政府機関が、いうまでもなく、NSA (National Security Agency) である。
NSA の本部は、メリーランド州のフォート・ミードにある。ワシントン DC からボルティモアに向かって Washington-Baltomire Parkway (Rt.295) を走っていくと、途中でアナポリスから来た道 (Rt.32) と交差するが、その近くに NSA 本部がある。
その NSA が本部の近くの建物を改修して、National Cryptologic Museum という、世にも珍しい「暗号に関する博物館」を運営しているというので、見物に行ってきた。ワシントン界隈に観光に行く人は多いが、こんな場所に行く人は珍しかろう。
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National Cryptologic Museum
念のために申し上げておくと、前日にはホワイトハウスやワシントン・モニュメントを眺めたり、モールをうろうろしたりして、一応は普通の観光客らしいこともやっている。
かつて、NSA は存在そのものが秘匿されていた関係で、"No Such Agency" (そんな役所はない)、あるいは "Never Say Anything" (何もいうな) の略だ、と揶揄されたことがある。また、"Puzzle Palace" という別名についても、よく知られている。
なにしろ、発足したのが 1952 年の大統領選挙の投票日という念の入れようだ。これではニュースになりようがない。
それが今では、Web サイトもあるし、博物館を造ったりもしているのだから、まったく時代は変わったものだ。私が NSA の存在を初めて知ったのは、大韓航空機撃墜事件のときだ。このとき、日本がソ聯空軍戦闘機の無線交信を傍受していたという話に関連して、NSA の存在について書かれたものを読んだと記憶する。
NSA は、世界各地の無線などの交信を傍受・分析している。その中に暗号化されたものがあれば、もちろん解読を試みる。最近になって「潜水艦諜報戦」(新潮 OH! 文庫) という本で明らかにされたが、ソ聯軍の海底ケーブルに盗聴器を仕掛ける、なんていう作戦にも関わっていたそうだ。
また、アメリカの政府や軍部が使用する暗号についても、開発と保全を担当しているのは NSA だ。つまり、NSA というのは攻守両面にわたる、暗号の専門家集団でもあるのだ。なにしろ、自前で LSI を開発・製造する部門まで持っているのだからおそれいる。
さて。そんな NSA が作った博物館だから、ということで、正直なところ、かなり期待して出かけていったのだが、実際のところ、小粒な博物館ながら、期待をはるかに超える収穫を手に入れて帰ってくることができた。
何がすごいかというと、第二次大戦中に使われた各国の暗号機のコレクションが、まずすごい。特に、ドイツのエニグマ暗号機は多種多様な種類が置かれていて、中には、(1 台だけだが) 触って動かすことができるエニグマが置かれているのだ !
というわけで、実際にローターを回してキーを叩き、タイプした文字が別の文字に化ける様子を体験することができた。
こうして作成された暗号文を解読するために、アメリカでは「BOMBE」という機械を開発していて、これも展示されている。これは、エニグマが暗号化のキーとして使う文字列の多種多様な組み合わせを、総当たり方式で算出する機械である。こんなものを持ち出されては、たまったものではない。
当時のアメリカ海軍では、暗号解読作業に WAVES (婦人部隊) が活躍していたのだそうだ。この話は知らなかったが、それに関する展示もあった。
ちなみに、珍品としては、エニグマと同じメカで日本語を変換する「三式換字機」というものも置いてある。また、日本海軍の 97 式欧文印字機も、フルセットで置いてある。さらに、アメリカがこの印字機の解読に使用した装置も、並べて展示してある。
古いところでは、南北戦争 (アメリカでは "Civil War" といっている) の時代に使われた、ローター式の換字装置なんていうものも展示されていた。この時代から、通信保全という考え方があったわけだ。
博物館のスタッフに聞いた話だが、当時の大島浩駐独大使がヒトラーやリッペントロップから聞いた話の内容や、フランス地域の防備状況に関する情報は、全部 97 式欧文印字機を使って日本の外務省に送られていて、それはアメリカでも傍受されて同時に解読されていたのだそうだ。つまり、大島大使は意識せずして、連合軍を大いに助けてしまったのである。
また、日本陸軍の暗号帳も展示されていた。アメリカでは、日本陸軍の暗号 (ちなみに、海軍の D 暗号書と同じ、4 桁の数字暗号である) は解読できていなかったのだが、たまたま日本軍が負けた現場で暗号帳を入手できたので、一気に解読が進んだのだそうだ。
新しいところでは、NSA が暗号解読に使っていたクレイ社のスーパーコンピュータも展示されていた。例の、「世界で最も高価な椅子」である。
また、指紋などを使う「バイオメトリクス認証」に関する展示もいろいろあった。
こうしてみると、いまさらながら、暗号が「兵器」であるということの意味がよくわかる。そして、自分が敵の暗号を解読することで優位に立ったという経験が、アメリカ自身の通信保全に対する偏執狂的な取り組みを生んだというのは、至極、納得のいく流れといえる。同じノリでインターネットなどに口出しをするから、しばしば反発を食らうわけだが。
なにしろ、暗号を読まれたのが元で枢軸軍が大打撃を食らったという実例が、次々に博物館のスタッフの口から語られるのだ。
たまたま、「日本軍が暗号解読のせいで負けたというのを聞いて、暗号に興味を持った」なんてしゃべってしまったものだから、このスタッフ氏は、延々、一時間ぐらいに渡っていろいろな話を聞かせてくれた。最後には、私に対して「日本の情報セキュリティはどうあるべきだと思うか」なんていう話題を振ってくるのだ。いやはや。というところで、話が散らかって長くなってしまったので、続きは来週。
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