井上孝司の Defense Column
 〜 サブマリーナーは偉い !

ワシントン DC で、National Air & Space Museum と、National Museum of American History を訪問した。

前者は「毎度おなじみの」だから措いておくとして、後者ではたまたま "Fast Attacks and Boomers" という、冷戦中の潜水艦に関する特別展をやっていたという拾い物があった。今回は、これに関する話題である。


この博物館に限ったことではないが、アメリカの博物館は、展示品の「見せ方」がうまいと思った。ただ単に展示品を並べるのではなく、見る人の興味をかき立てるのがうまいのである。

この特別展の場合、会場のそこここで、潜水艦の艦内の様子をリアルに再現してあった。なにしろ、展示されているものの外側には円形のフレームまで設置してあるのだから、念が入っている。

再現されていたのは、発令所、ソナー・オペレーター席、士官室、居住区、トイレ、といったあたりで、他に単品で展示してあったのが、艦内で使用されているゴミ捨て装置 (TDU) とゴミ捨て用の缶、洗濯機、乾燥機、といったあたりである。あと、Mk.48 魚雷も、誘導ワイヤーのリール付きで置いてあった。

これらの艦内の備品の多くは、退役したスタージョン級 SSN、USS Trepang (SSN-674) から降ろしてきたものらしい。ハワイの Submarine Museum にも潜水艦の艦内機材がいろいろ展示してあるが、あっちのほうがずっと古い。つまり、今回の特別展では、最新に近い機材が見られたわけだ。なにしろ、ソナーのごときは、ロサンゼルス級の初期型と同じ AN/BQQ-5 である。

もちろん、発令所やソナーにも興味深いものがあったが、もっとも目を引いたのが、乗組員の居住区だ。
潜水艦の耐圧殼は円形断面だから、外舷側は三段、内舷側は四段ベッドになっている。とにかく狭い。トム・クランシーの本などで話に聞いてはいたが、なるほど、閉所恐怖症の人なら 5 分と持ちそうにないような空間だった。

簡単な算数だが、天井までの高さを仮に 2.2m 程度とすると、ベッド一段に割り当て可能な高さは、55cm ほどという計算になる。しかも、これはマットレスの厚みを含んだ数字だから、実際に利用可能な空間の高さはさらに低くなる。

しかも、マットレスを持ち上げると中は私物入れになっていて、金属板のフレームの上は、ペーパーバック、靴、着替え、といったものでいっぱいだ。
一方、その反対側 (下面) にも薄い金属製の箱がついていて、ここには正装用の制服が入っている。あと、小さな抽斗もついていて、ここにも私物が入る。

後で、ある人にこの話をしたら、「正装用の制服なんて、毎日着るものじゃないんだから、飛行機で寄港地に運んでおけばいいのに」といわれたが、礼儀を重んずる海軍軍人としては、そうも行かないのだろう。第一、いつ、どこに寄港するか分からないのだし。

マットレスの下の空間と抽斗を合わせると、艦内に持ち込める私物の量は、せいぜいバッグひとつ分程度と見た。制服などを除くと、ろくな空きスペースは残りそうにない。本など、せいぜい 1〜2 冊が限度だろう。

しかも、スタージョン級はともかく、ロサンゼルス級では、下士官兵のかなりの比率が、この狭い空間を複数で共有している。いわゆる「ホット・バンク」という奴だが、ベッドが他人の体温で暖かいというだけでなく、私物置場のスペースも、さらに圧迫されるというわけだ。

さらに、便乗者がいたりすると、運の悪い下級の乗組員は、魚雷発射管室に追い出されて魚雷の脇で寝るという。一応、ベッドになってはいるのだが、目の前に緑色の魚雷やトマホーク・ミサイルが鎮座しているというのは、あまり睡眠のためにいい環境ではなさそうだ。


こんな苛酷な環境で、野郎ばかり 100 人ほどで 2 ヶ月あまりも航海するのだから、潜水艦乗りというのはそれだけで尊敬してしまう。海上自衛隊の潜水艦も見たことがあるし、同じように狭いのだが、はるかに巨大な米海軍の原潜でもスペースに関して大差がないというのは、意外な発見だった。

しかも、彼らは遊覧航海をしているわけではなくて、いざというときには戦争をするのだ。狭いながらもできるだけ快適な環境を維持できなければ、士気が下がって、戦争どころの騒ぎではなくなってしまう。
そういう点では、アメリカ海軍や海上自衛隊は、スペースがないなりに、できるだけ快適にしようと努力しているという印象があった。少なくとも、狭くはあるが、清潔そうな印象はある。

これは、ことアメリカについていえば、第二次大戦中から変わらないようだ。アメリカのあちこちには、太平洋戦争で使用された潜水艦が展示してある。手近なところではハワイのアリゾナ・メモリアルの隣に置いてあるが、無塗装ステンレスを使ったガトー級の艦内の内装など、今の基準で見ても、意外と古びた感じがしない。この頃から、米海軍の潜水艦というのは居住性に気を使っていたのだろうか。

「敵対水域」などを読んでいると、その点、ソ聯ではいろいろと問題があったのではないかという印象を受ける。だいたい、出港して 1 ヶ月も経つと、乗組員が着ているブルーのカバーオールが臭うのだという。やめてくれ。

米海軍の原潜を見ている限りでも、潜水艦に乗り組むというのは、それだけで過酷そうだ。なのに、ポンコツの潜水艦で、やや衛生環境にも問題がありそうで、放射能漏れの危険もあって、おまけに海水と接触すると硝酸を発生する燃料を搭載したミサイルが 16 発同居しているという潜水艦に乗って出撃していたソ聯のサブマリーナーには、ついつい同情してしまう。

多分、今のロシア海軍では、さらに状況が厳しくなっているのだろう。果たして、彼らが仕える国家は、そんな彼らの労苦に対して、正当に報いているといえるのだろうか。ワシントンで、沈没した <クルスク> 乗組員の無念に思いを馳せたのだった。