井上孝司の Defense Column
 〜 空中給油機・再考

以前に、「自衛隊の本分は武力侵攻に対する防衛であって、災害派遣はあくまで副次的任務であるはずだから、災害派遣を題目にして装備を調達するべきではない」という趣旨のことを書いた。
また、昨今の共産党のように、自衛隊の存在を認めるため (ひいては、「現実路線」をアピールして党勢を拡大するため) の言い訳として災害派遣を使うというのも、同根だと思う。

先日、次期中期防の内容が決定したそうだが、その中で「空中給油機」を導入することの言い訳として、「在外邦人の救出の際に必要」ということをいっている人がいるらしい。さすがに、空中給油機が「災害派遣のために必要」というのは、いくらなんでも無理があると思ったのだろう。

しかし、繰り返して書くが、まずは軍事的観点からモノを考えるべきである。


なんでも、空中給油機の導入は「防衛庁の悲願」なのだそうだ。確かに、戦闘機の滞空時間を延ばすのに、極めて有効なのは分かる。それに、海外に空輸を行う際にも重宝だ。このことは、米空軍が完璧に実証してくれている。

だが、私がかねてからしつこく主張しているように、飛ばすべき戦闘機を地上で護るためのシェルター整備など、先にするべきことがあるのではないか、という感もぬぐえない。

第一、空中給油機とて燃料に限りはあるのだから、いつかは地上に降ろさなければならないし、整備もしなければならない。その際に、空中給油機をどのようにして防護するのだろう。

アメリカのように、本土が戦場になるという事態をそれほど想定しなくていい国ならいざ知らず、日本の場合、戦場と基地の距離がはるかに近接したものになる。「専守防衛」を掲げるなら、なおさらだ。
そうなったときに、「空中給油機が地上で破壊されました」では、しゃれにならない。しかも、空中給油を行う空域自体も、敵に攻撃される恐れのない安全な空域を確保しなければならないのだ。日本の地理的条件で、それが可能だろうか。

さらにいえば、「在外邦人の救出」というが、現時点で、実際に救出をやって見せた事例は存在しない。「過去の救出作戦で自衛隊機の派遣に難渋したから給油機が必要」というならともかく、やったこともないのに「救出作戦」だけを前面に出すのでは、説得力がない。

いい例が、例の「政府専用機」の B747-400 だ。あれを購入したときの理由付けのひとつに「在外邦人の救出」というのがあったハズだが、実際にあれが救出任務で飛んだことは、一度もないと記憶している。いつも「VIP 仕様」のゴージャスな内装のままではないか。あの機体がニュースで出てくるのは、総理大臣などの外国訪問のときだけだ。

もちろん、これは現場の自衛隊員の罪ではない。救出に自衛隊機を派遣するかどうかを決めるのは政府の仕事であって、自衛隊は、その指令を受けて動くものなのだから。それが「文民統制」というものである。

だから、「緊急事態発生の際に、直ちに自衛隊機を派遣して在外邦人を救出・収容する」という常日頃からの作戦計画や法的側面からの体制整備、そして何よりも、迅速に派遣を指令できるような危機管理体制を整備しなければ、空中給油機があろうがなかろうが五十歩百歩。理論的には救援機が飛んで行くことが可能でも、政治的制限で飛べないのでは、あまりにも間抜けである。

交戦規則や有事法制の話もそうなのだが、どうもこの国では、「ハードウェア」を揃えることばかり熱心で、それを実際に動かすための「ソフトウェア」の整備が足りないように思える。これは、国防に限らず、例の「IT 革命」とやらでも同じことだ。

話が脱線するが、例の「2005 年までに光ファイバー網を」というあれは、単に「銅線よりも光ファイバーの方が進んでるというイメージがあって格好いいし、それを整備するといえば国威発揚になる」という程度の意識でいっているとしか思えないのだ。(あと、新たな公共事業のネタができた、とか ;-)

その高速光ファイバー網で、われらが日本政府は、いったい何をしようとしているのだろうか?

誤解のないように念を押しておくと、「空中給油機がまったく不要」とはいわない。ただし、厳しい財政状況の中で、他にも整備した方がいいものがあるはずで、それを考えるとバランス感覚を欠いているのではないか、という点を指摘したいのだ。

しかも、公明党を納得させるために「法人救援」という言い訳をつけるに及んでは、もはや開いた口がふさがらない。どうせそういう言い訳をするなら、実際に邦人救出をやって見せてからにしてもらいたいものだ。

だいたい、公明党もいっていることが間抜けだ。「空中給油機は専守防衛に反する」というのは、「攻撃的な兵器と防衛的な兵器がある」というのと同じくらい説得力のないいいがかりである。
どんなウェポン・システムでも、それが「攻撃的」か「防衛的」かは、それを運用するものの使い方と教義に依存するので、それ自身が「攻撃的」あるいは「防衛的」という性格を持っているわけではない。

公明党は、「平和を大事にする党」というイメージを維持することに気を回しすぎて、トンチンカンな議論に陥っているのは間違いない。そういう意味では社民党や民主党左派と似ている。自民党も困ったものだが、公明党も困ったものだ。


もし、どうしても空中給油機が必要なのだというなら、コストを削減するための工夫が必要だ。オランダ空軍のように、中古の旅客機を買ってきて改造するというのも一案で、日本航空や全日空が使っているのと同系列の機材を使えば、整備・運用・訓練などのコストも抑えられると思う。

たとえば、B767 あたりがサイズ的には適当だろう。もっとも、B767 の中古機はあまりなさそうだから、新品になってしまうかもしれない。あるいは、日本航空が放出するという MD-11 を買い取るという方法もある。

別の方法として、新規開発が噂されている次期輸送機や次期対潜哨戒機のどちらかと共通設計にしても良い。この場合にも、同じメリットがある。まさか、「たった 4 機の空中給油機を国内で新規開発する」なんてことを考えている人はいないと思うが、一応、念を押しておきたい。

他の国が非のうちどころがない、というわけではない。だが、特に日本の防衛に関する政治家各位の論議というのは、あまりにもピンぼけの度が過ぎるのではないか、ということを、今回の空中給油機をめぐるドタバタで、改めて認識したような気がした。まったく、困ったものである。われわれ納税者は、そんな連中のために税金を払っているのではない。