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井上孝司の Defense Column
〜 在日米軍は誰のため? (後編)先週のコラムでは、日本独自で強力な防衛力を整備する政治的リスクを冒すよりも、在日米軍との強調を前提にして日本の戦力レベルを抑える方がよい、ということを書いた。しかし、そうすると「非武装中立」を掲げる論者が出てくるのは間違いない。そうした場合によく引き合いに出されるのが、中米の小国、コスタリカである。
コスタリカは現在、憲法によって常備軍の設置を禁じており、「平和外交をを掲げる国」として知られている。だから日本でも同じことができるはずだというのが、「非武装中立」論者の見解だが、私はこれにはまったく不同意である。
そもそも、コスタリカが非武装中立でやっていられるのは、近隣に強大な軍事力を持つ独裁国家がないことと、中米地域全体が米南方軍 (USSOUTHCOM : US Southern Command) の管轄区域になっていて、いわばアメリカの防衛力の傘をかぶせた状態になっているからである。もしこの地域で花火を上げれば、たちまち米軍が駆けつけてきて鎮圧してしまう。だからこそ、非武装中立が成り立つ。そのことを無視して「常備軍の廃止」という点だけをクローズアップするのは、意図的な議論の誘導に他ならない。
そもそも、一方では「非武装中立」あるいは「在日米軍の撤退」を主張、つまり米軍の傘の下に入ることを拒否しておきながら、他方では米軍の傘の下で非武装政策を取っている国を引き合いに出すというのは、支離滅裂もいいところである。
軍事的な脅威というのは相対的なものだから、ある国がやっている政策が、世界中どこに持っていっても通用するかというと、そんなことはあり得ない。少なくとも、日本の近隣には領土紛争の種が複数ある上に、強大な軍事力を持ち、近隣に領土的野心を持つ国家が複数存在するのが現実だから、そこで「非武装中立」を掲げるというのは、いわば治安の悪い地区でドアを開け放して寝るようなものだ。
また、政治情勢は流動的なものだから、よしんば現状が平和で安定したものであったとしても、将来的にその状態がずっと続くという保証は、不可能だ。もし周辺情勢が急変して防衛力の整備が必要になった場合に、何もない状態から新しく戦力になる軍隊を立ち上げるのは、非常に大変な事業だ。ソ聯から分離して独自の軍の整備を開始したバルト三国の例が、このことを証明している。
だから、少なくとも日本の現状で「非武装中立」なんていうのは、まったくの絵空事である。もし真の意味での非武装中立が成立する土地があるとしたら、南極大陸ぐらいのものであろう。
では、スウェーデンやスイスのような「武装中立」はどうか。「武装中立」ということは、他国をアテにせずに自力で安全を保証するということだから、それ相応に強力な軍事力と国土の要塞化、さらに緊急時に戦力増強が可能なように充実した予備役制度が必要になる。いずれをとっても、今の日本が実行したら周辺諸国が大騒ぎするのは間違いない。それよりは、現状の方が、まだしもマシである。
それに、スウェーデンやスイスの例を見ても、「中立」を貫くのは、非常に根性のいる作業だ。日本の政治家や国民に、それを貫徹するだけの気迫があるかというと、とてもそうは思えない。
以上の理由により、在日米軍と強調することで安全を保障しつつ、日本独自の軍事力のレベルと行動範囲は限定する、というのが、もっともリスクの少ない選択であると思うのである。
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