![]()
井上孝司の Defense Column
〜 兵器の「評価」を考えるよく、太平洋戦争を評して「技術では勝っていたのに物量に負けた」という人がいる。なるほど、少なくとも物量で圧倒的に負けていたのは間違いない。では、「技術で勝っていた」とはどういうことかと思って聞いてみると、たいてい帰ってくる答えは決まっている。
しかし、本当にそうなのだろうか。そもそも、技術に優れていて複雑精巧なメカを作れれば、それで戦争に勝てるのだろうか。上に上げた中で、個人的にまあ評価していいかと思っているのは、酸素魚雷だけだ。能書きの割に不満足な結果しか出ていないにしても。
- 中島飛行機の「誉」エンジンは、世界でもっとも小型軽量の二千馬力級エンジンだ。あのエンジンで日本の技術は世界の水準を超えた
- 93 式酸素魚雷は、世界最高の性能を持っていた
- 疾風や紫電改や彩雲は、アメリカに持っていったら凄い性能が出た。日本ではガソリンの質が悪かっただけだ
- 紫電改の「自動空戦フラップ」は、他に例のない優れたメカだ
- 46cm の主砲を実現した戦艦は、大和と武蔵だけだ
- etc, etc
もちろん、敵に勝る性能は必要であるにしても、兵器たるもの、以下のような条件が満たされていなければ、実戦では使い物にならないのではないかと思う。
たとえば戦闘機についていえば、ガソリンとオイルと弾薬だけ補給してやれば、それですぐに飛び立てる飛行機が一番理想的なのであって、いくら「優れた」メカを持っていても、そのために整備に手間を取られては意味がない。整備の面倒な、あるいはしばしば故障するような「優れたメカ」なら、ない方がマシである。
- 構造はできるだけシンプルに
- 寸法は切り詰めすぎずに、将来の発展のための余裕を持ち
- 多少荒っぽく使っても壊れない
- 故障、あるいは損傷したときの修理やパーツ交換が容易
- (国情によっては) 誰でも扱える操作性・整備性を備える
(今の戦闘機はさすがにそうはいかないが、エンジンも電子機器も列線で簡単に交換できるから、整備性という面ではよく頑張っているといえるだろう)
そういう意味では、「誉」エンジンは最低だ。確かに、陸軍の 47 戦隊のようにちゃんと整備して飛ばしていた部隊もあるし、条件さえよければ実力をもう少し発揮できたかもしれないが、そもそもカタログ上のスペックにこだわって「小型・軽量」を追求しすぎたのがトラブル多発の直接の原因であるのは論を待たない。もう少し設計に余裕を持たせていれば、見かけの性能は落ちたかもしれないが、もっと実用性の高いものができただろう。
こういう批判をすると、だいたい次に出てくる台詞は決まっている。
「そうはいうけど、戦時中の悪条件下であれだけのものを開発した技術陣の努力は評価するべきだ」なるほど、技術陣は努力しただろう。しかし、別に日本の技術陣だけが努力していたわけではない。アメリカも、イギリスも、ドイツも、ソ聯も、努力していたのはどこも同じだ。その中で結果が出なかったという事実がある以上、日本の取ったアプローチが間違っていたのは明白で、それに対して努力云々を持ち出して弁護を図るのは、単なる身びいき、悪くいえば自慰行為でしかない。
要約すると、「見かけのスペック」や「複雑巧緻なメカニズム」にとらわれて兵器の本質を見失い、使えない兵器を量産したり量産そのものに失敗したのも、太平洋戦争における日本の敗因の一つに挙げられると思うのだ。
そういう意味では、むしろアメリカの方が、性能を少々犠牲にしても使いやすい兵器を作っていたように思える。たとえば、B-25 ミッチェル爆撃機、ガトー級潜水艦、フレッチャー級駆逐艦、M4 シャーマン戦車などがそうだ。
さて。この悪しき国民性、現代にもしっかり受け継がれていないだろうか? やたらと要求性能を上げて、おかげで開発コストや生産コストが急上昇した国産兵器は、挙げろといわれればいろいろ出てくる。
確かに、自国の防衛に必要な兵器を自国で賄える方がいいに決まっている。しかし、ものには限度というものがある。国産化のためにコスト高というならともかく、スペックを欲張りすぎたためにコスト高というのでは、納税者としては納得がいかない。少なくとも、国産だからといってそれがコスト高に直結するものではないことは、ASM-1 に始まる国産の対艦ミサイルのファミリーが証明していると思う。あれは珍しくまともに進んだプロジェクトで、最初に空対艦型の ASM-1 が登場し、次にエンジンをターボジェットに変更して地対艦ミサイルに仕立て上げた SSM-1 が登場、さらにそれを艦載化して SSM-1B と、順調にファミリー化が進んできた。ある程度は共通化できる部分もあるだろうし、結果として数が出るのでコストも抑えられる。それに、別々のモノを調達するよりも開発・製作・運用の各方面でノウハウが蓄積できるだろう。
やはり、兵器開発はこうでなくてはいけない。スペックを無視していいとは思わないが、少なくともこれからの時代、コスト感覚を無視した兵器開発は許されないと思うし、複雑巧緻なメカニズムが優れているとする評価のスタイルも、再考してみてもいいのではないかと思う。同じ性能が出るなら、構造は簡単なほうがコストが下がるし、信頼性も高まるものだ。
なお、戦艦大和については、また機会があれば別項として論じてみたい。あれはあれで、また違った問題がある。
![]()