井上孝司の Defense Column
 〜軍人とは命令に従うしかない職業である (前編)

確か、湾岸戦争後に日本が掃海艇の派遣を決めたときの話だったと思うが、「平和団体」の皆さんが横須賀の海上自衛隊基地にボートで押し掛け、在泊中の艦艇乗組員を相手に「こんな (海外派遣のような) 命令には従うな」と運動したという話を聞いたことがある。

しかし、おそらく当事者は考えもしなかったと思うが、これはまことに危険な発想であるといわざるを得ない。


そもそも、軍人の職業は何かと問えば、その答えは「人殺し」である。(これを読んだ現職の皆さんはお怒りになりそうですが、まあ聞いてください)

「人殺し」に違いはないが、軍人の「人殺し」と、世間一般の「人殺し」には、大きな違いが一つある。

といっても、国防のためとかどうとかということではない。そういう違いも確かにあるが、最も大きな違いは、軍人が行う「人殺し」は、命令があったときだけ実行されるという点である。平時に軍人が交戦規則に従わない人殺しをやれば、当然ながら、犯罪人として処罰される。この、「指揮・統制」の存在こそが、軍隊の骨幹となっている。統制がなっていない軍隊ほど危険なものはない。

(だから、「交戦規則」がちゃんとしていない、あるいは非現実的な軍隊は、事実上、使い物にならないということになる)

ということは、軍人は、それがどんなものであれ、上から下された「命令」に従わないということは許されない。たとえ理不尽な命令でも、自分が死地に赴くとわかっている命令でも、従わなければならない。もし軍人が命令の選り好みを始めたら、軍隊の根幹であるところの「指揮・統制」が成り立たなくなってしまう。

ところが、「派遣命令を拒否しろ」と運動するということは、ぶっちゃけた話、軍隊の指揮系統を破壊するという行為である。繰り返すが、軍人に命令の選り好みをする権利はないのだ。そこのところがわかっていれば、ああいう運動をするということは考えられない。派遣反対の運動をする相手は、その命令を下す最高指揮官である、内閣総理大臣 (当時なら、海部俊樹首相) でなければならない。

おそらく、このことがわかっているとかいないとかいう以前に、首相のところに押しかけて警察に逮捕されたり排除されたりするというリスクを避け、なおかつ目立つ運動をするという観点から海上自衛隊の「現場」に押しかけたのだと思うが、まったく要らぬことをしでかしてくれたものである。念のために繰り返す。言う相手が違うのだ。

日本もアメリカも、「文民統制」である。ときどき、「文民統制」のことを、「軍人が暴走して勝手に戦争を始めないように、文民が抑えること」だと勘違いしている人があるが、それは「文民統制」の片側しか見ていない半端な考え方である。
(こういうことを主張する人に限って、太平洋戦争のことを「軍人が暴走して無実の民間人を日本を戦争に引きずり込んだ」ということをいったりするものである)

文民が軍人の上に立って指揮を執るということは、文民が下す命令に軍人 (と国民) の生命がかかっている、ということでもある。派閥争いに血道を上げる永田町の実情を見るにつけ、文民にそれだけの責任があるのだということがわかっている人が、果たしてどれだけいるのかと、少々不安になってしまう。


話が長くなりそうなので、続きは次週に持ち越すことにしよう。

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