井上孝司の Defense Column
 〜放射性物質によるテロを懸念する

本来は、先週のコラムの続きを掲載する予定であったが、東海村の臨界事故に関して、重大な懸念を覚えた点があるので、急遽そちらにネタを振り替え、さらにこちらのコラムだけ、予定を早めて月曜日 (99/10/4) に緊急更新することにした。
なお、先週のコラムの続きは、恐縮だが、次週の掲載としたい。(また、何か大事件が起こったりして…)


というわけで、「お題」は東海村の臨界事故に関連することである。

ウランの濃縮加工が、一民間企業の手で行われている点に目くじらを立てる向きもあろうが、民間だろうが国家機関だろうが、手順を守らなければ事故が起こるのは同じだから、その点はそれほど重大な問題ではないと思う。むしろ、問題の本質は別にある。

東海村で発生した臨界事故では、作業に際し、科技庁に届け出ているものとは異なる「裏マニュアル」を常用していて、さらに、その「裏マニュアル」すら守られなかったのが、事故の直接の原因であるという。これは、作業手順の安全管理に関する問題だが、さて、放射性物質の保全管理に関しては、どうだったのだろうか。


通常、放射性物質の紛失、あるいは強奪というと、プルトニウムが俎上にのぼることが多い。これは、ウランと比べてプルトニウムの方が原爆製造が容易という事情と、プルトニウム (特に粉末状態のプルトニウム) の毒性の強さという背景があるためだ。

しかし、今回の一件で、ウランでもそれほど難しい手順なしに臨界に達し、放射線を発するということが実証された。ということは、今回の事故と同じ状況を人為的に作り出せば、核爆発は起こせなくても、簡易型中性子爆弾としてなら十分に使用可能であり、それはテロ兵器として非常に有効だ。

なにしろ、放射線は無色透明無味無臭という特徴がある。しかも、多数の民間人に対して完璧な防護措置を講じるなど、とてもできない相談だし、特に中性子線については、コンクリートでも完全な遮蔽が難しいという。おまけに、原爆や水爆の爆発と異なり、長時間に渡って中性子線を撒き散らすことが可能だから、これがテロに使われたら、まことに危険な話である。神経ガスより、さらに強力なテロ兵器の出現といえる。

おまけに、一度発生した臨界を止めるのは大変だ。今回の事故の報道で初めて知った人も多いと思うが、ウランの核分裂反応には、水を加えると中性子が減速し、これがさらに核分裂を加速させるという厄介極まりない特徴がある。火事なら水をかければ消せるが、核分裂は水をかけるとさらにひどくなるのだ。
核分裂を止めるには、中性子を吸収するハフニウムのような材料を使用する (核反応炉で行われている方法がこれだ) とか、今回の事故のように、(一時的ながら) 中性子を拡散させることによって核分裂反応を減速させるしかない。どちらにしても、作業に携わる人は「決死隊」になってしまう。


今まで、テロ国家やテロ団体がプルトニウムを入手して、自前の原爆を製造するといった危険については懸念する声が多く聞かれたし、対策もそれなりになされてきたハズだが、今回のような事件は、いわば、核の安全保障面での盲点ではないかと思える。
もし、某国のようなテロ国家やオウム真理教のようなテロ団体がこの点に着目したら、一体どうなるだろう? 短期的にも長期的にも、地下鉄サリン事件をしのぐ大惨事になるのは間違いない。しかも、放射線障害は長期にわたって影響が及ぶという点で、神経ガス以上に厄介だ。

(あまり知られていないが、サリンはあまり「長持ち」しない毒ガスで、特に晴天・高温の状況下では早く分解されてしまう。もっとも、オウム真理教が作ったサリンがまじりっけなしの「純正品」とは思えないから、多少、状況が異なるかもしれないが… なお、他の毒ガスの中には「長持ち」するものもあるので、早とちりされぬよう)

というところで話を元に戻すと、もし通常の作業手順だけでなく、放射性物質の維持管理に関しても「裏マニュアル」に基づく運営、さらにはその「裏マニュアル」すら無視した運営が行われていないだろうか、という点を、私は非常に懸念する。
もし、JCO を初めとする関連各社において、放射性物質の管理保全面において何らかの表に出ていない不備があるとしたら、そこにテロ国家やテロ団体がつけいり、放射性物質を持ち出したりしていないだろうか。あるいは、今回の事故を見て「これは使える」とばかりに放射性物質の入手に狂奔しないだろうか。その点が、私が非常に懸念するところなのである。