井上孝司の Defense Column
 〜軍人とは命令に従うしかない職業である (後編)

先々週のコラムでは、「軍人は、それがどんなに理不尽なものであっても、上から下された命令には従わなければならないものである」ということを書いた。今週は、その続きである。

そこで、我が国の自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣がアホな命令を下すと、どういうことになるのかということを考えてみよう。


例えとしては極端だが、一つ例を出してみよう。

「平和・護憲主義者」の首相が在任しているときに、某国が日本に侵略戦争を仕掛けてきて、最高指揮官であるところの首相が「我が国は交戦権を放棄している。よって、戦ってはならない」と命令すれば、軍人はその命令に従わなければならない。その結果として国土が蹂躙されたり、国民の生命・財産が破壊されれば、そのすべての責任は、交戦を拒否する命令を下した首相にある。なぜなら、「文民統制」の下では、首相が最高指揮官だからである。

だから、太平洋戦争のような侵略戦争 (「つくる会」の諸氏のように、あれこれと理由をつけて侵略戦争であることを否定しようとする向きもあるが、やはりあれは侵略戦争というべきだろう) を仕掛けた責任は、当時の国家首班と陸海軍の統帥部にある。
もっとも、そこに至るまでの道をつけてしまった前任者にも責任の一端はあろうが、それを言い出すときりがないので、ここではそれに関する議論は割愛する。

いったん、廟議が戦争と決まれば、軍人としては、その命令に従わざるを得ない。それが軍人というものである。戦前には対米戦争に反対し、三国同盟に身命を賭して抵抗した山本五十六大将が、開戦後は聯合艦隊司令長官として任務に邁進したのは、そういう観点から見れば当然のことだ。
そして、陸軍も含め、国家が下した戦争という命令に従って命を落とした兵士を責めるというのは、筋違いもいいところである。彼等には、選択の自由はないのだ。先に書いたように、責められるべき人がいるとしたら、それは戦争を決めた人であるはずなのである。

「つくる会」に限らず、日本遺族会あたりも、太平洋戦争のことを「侵略戦争」だと発言すると噛みついてきそうだが、そういう意味では、噛みつくのがそもそも筋違いではないかと思う。戦争の目的がどうあれ、命令に従って命を落とした現場の兵士を責める必要はないのだから。


つまり、「戦争の評価」と「兵士の評価」というのは、まったく別の問題なのである。たとえどんなに無意味な戦争であっても、命令に従ってそれに参加し、負傷したり命を落としたりした兵士を責めるのは筋違いというものだ。(アメリカにとってのベトナム戦争、ソ聯にとってのアフガニスタンにも、同じことがいえる)

ただし、現場レベルの独断専行で「戦争犯罪」に類する行為が命令・実行されれば、それはもちろん裁かれなければならない。要は、どのレベルであれ、誤った命令が下されたことを非難するということであって、部下がその命令に従ったことを非難するべきではない、ということである。その点、勘違いのないように念を押しておきたい。

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