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井上孝司の Defense Column
〜 「兵站」の重要性を認識しよう最近ではそれほどでもないかもしれないが、「架空戦記」という小説のジャンルがある。パターンとしては、に大きく分けられる。いずれも、類まれな能力を持つ英雄が颯爽と登場して敵をバッタバッタとやっつけるとか、革新的な新兵器が一発逆転を成し遂げるといったものが多いようだ。(「沈黙の艦隊」は、両方をやってくれたが…)
- 太平洋戦争の負け戦を、「もし○○が××だったら」という仮定のもとに逆転させる、いわゆる「if もの」
- 現代を舞台に、起こりそうな戦争を想定するもの
しかし、はっきりいってしまえば、そんなのは絵空事である。
確かに、小説はあくまでエンターテインメントだから、読者が読んで喜ぶようなものを提供するのも商売のうちだ。そのこと自体は責められない。問題は、それを真に受けてしまう読者が出ることだ。
はっきり言ってしまうが、近代戦争を戦うのに必要なのは、英雄でもなければ革新的な新兵器でもない。情報と通信と兵站である。今回は、この中から「兵站」について取り上げる。
「兵站」は、「補給」と言い換えてもそれほど外れていないが、「補給」よりも、もう少し意味が広いと思う。最前線の部隊が消費する物資を補給するだけでなく、増援や交代の部隊を、前線に適切に送り届けたりするのも兵站のうちだろう。
戦国時代の軍隊なら、食料と弓矢と鉄砲の弾ぐらいを補給すれば戦えたが、現在のハイテク化・機械化された軍隊は、べらぼうな量と多様な種類の補給物資を必要とする。だいたい、燃料補給からして大仕事だ。
湾岸戦争のときには、米陸軍第七軍団麾下の各師団は、一日に 80 万ガロンの燃料を消費したという。80 万ガロンというとピンと来ないが、こういうことだ。
800000 × 3.8 (1 ガロン = 3.8 リッター) × 0.8 (石油の比重) /1000 = 2432 (t)
第七軍団には指揮下に五個師団と一個聯隊 (第 1 機甲師団、第 3 機甲師団、第 1 歩兵師団、第 2 機甲騎兵聯隊、第 1 騎兵師団、英軍第 1 機甲師団) があったから、全部合わせると、一日に消費する燃料は
2,432 × 5.3 = 12,889 (聯隊を師団の 1/3 と見積もった)
となる。
アバウトな計算だが、第七軍団だけで 一日に 13,000t あまりの燃料を消費したわけだ。これを全部、燃料トラックで補給基地から最前線まで運ばなければならないのである。
さらに、燃料だけでなく、砲弾、食料、戦車のスペアパーツなど、現代の軍隊が必要とするあらゆる物資を、自力で運ばなければならない。第七軍団 146,000 名の半分は補給部隊だったそうだが、それも無理のないことだ。おまけに、戦場ではガソリン スタンドの方がどんどん前進する客を追いかけていかなければならないから、補給部隊が走り回る距離は、戦線が進めばどんどん増える。そして、補給に失敗すれば部隊は動きが取れなくなり、必要な戦闘行動がとれなくなり、結果として人命が損なわれる。
と、これだけ考えれば、補給が死活的に重要だというのは分かるだろう。
しつこいようだが、さらに例を出そう。これも湾岸戦争のときの話だが、湾岸危機が勃発し、ブッシュ大統領が米軍の展開を決めた途端に、ラングレー基地の第 1 戦術戦闘航空団に所属する F-15 が 24 機、無着陸でサウジアラビアに展開した。途中、10 回以上の空中給油を受けてだ。
これだけならそれほど難しいことには見えないかもしれないが、支援のために展開する給油機の手配と給油機自体の燃料補給、展開先の基地への地上要員と物資の輸送、展開のための飛行ルートの作成と通過国への手配、といったように、戦闘機を海外に派遣するというだけでも、考えなければならないことは山ほどある。
まして、陸軍を軍団規模で派遣するなんていうことになったら、とんでもない量とスケールの兵站業務が必要だ。海軍の艦隊が世界中に展開するというのも、また同じことである。米軍の凄さというのは、それをやってのけてしまうことだ。多分、同じことが同じレベルでできる国は、他にはないだろう。
ところが、このことがまったく分かっていなかったのが太平洋戦争のときの日本陸海軍で、陸軍は「敵の処点を奪取すれば補給物資が手に入る」といって補給なしの侵攻作戦を強行し (インパールのこと)、海軍は「駆逐艦の燃料不足が一因になって、艦隊の進撃速度を上げられなかった」と泣き言をいっている (捷一号作戦のときの栗田部隊)。
件の「架空戦記」にしても、補給の話を考えたものなんて、見たことがない。そのことはまあ、仕方ないにしても、それを真に受けて「英雄や新兵器が出てくれば戦争に勝てる」と思い込む人が出てくるのは、困ると思うのである。
派手な軍事作戦のニュースばかりに注目が行くのが世の常だが、それを背後で支えている兵站支援という隠れた大仕事にも、思いを馳せてみて欲しいのである。
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