井上孝司の Defense Column
 〜 「通信」の重要性を認識しよう

先週は「兵站」の重要性について述べたが、今週はその続きということで、「通信」がテーマだ。これも、太平洋戦争中の日本では、なおざりにされていた分野である。


通信といっても、単に電波が届くだけでは駄目である。軍事作戦上の通信は、敵に傍受されて内容を読まれては困るから、必要に応じて暗号化ができなければならない。もし暗号解読のシステムに不備があると、太平洋戦争の開戦通告に遅延をきたしたワシントンの日本大使館のようなことが起こる。

また、戦場の厳しい条件下でも確実に通信が行える信頼性も必要だ。平時のテレビ放送とは違い、敵が周波数を探して電波妨害をかけてくる中で通信を確保しなければならないのだから、平時の感覚で考えると大間違いになる。それに、天候によっては通信が困難になることもあるし、周波数の高い無線機ほど見通し線上の通信しかきかなくなるから、戦場が広がれば、そちらの対策も必要だ。最近、米軍ではイリジウム衛星携帯電話を一部で試験導入しているようだが、ひとつの解決策になるだろう。


では、通信に不備があると、どんな問題が生じるかを考えてみよう。

たとえば、戦史をひも解くと、通信の不備のために必要なところに必要な戦力を送り込むのに失敗した例がいろいろある。

たとえば、捷一号作戦において、小沢提督が指揮する囮の空母部隊は、米海軍の空母機動部隊に攻撃隊を送って、見事に米海軍空母部隊の釣り上げに成功した。しかし、小沢部隊の「釣り上げ成功」の連絡が、レイテに突入するはずだった栗田部隊に届かなかったこと、栗田部隊が護衛空母を正規空母と誤認したこと、米海軍の護衛空母部隊の抵抗が熾烈を極めたことなどから、栗田部隊は有名な「謎の反転」をすることになった。
少なくとも、「釣り上げ成功」の連絡が届いていれば、最終的にレイテに突入した日本艦隊は壊滅しただろうが、それと引き換えに、もう少しマシな戦果を上げていただろう。

また、太平洋戦争当時の日本の戦闘機の大半はマトモな無線機を持っていなかったから、空戦の際に応援を呼ぶことができなかった。もともと、日本の空戦のスタイルは一対一で渡り合う「チャンバラ方式」を主たるドクトリンに据えていたから、それなら無線機がなくても困らないが、相手がそれに乗ってくれなくては、お話にならない。米軍の戦闘機が、敵に襲われると無線で応援を呼んで危地を脱したのとは対照的である。


次に、通信に不備があると、後方で指揮に当たる上級司令部が、最前線の状況を正しく認識できないという問題が生じる。

第二次世界大戦当時のドイツ陸軍機甲師団が電撃戦に成功した理由の一つに、無線電話の充実がある。しかも、ドイツ陸軍では、上級指揮官が装甲車に乗って前線に出張し、最前線の状況を自分の目で確かめることがしばしばあった。これなら、指揮官は自分の目で状況を確かめ、直ちに必要な措置を無線で命令することができる。

もし指揮官が後方にとどまるにしても、それならそれで、前線部隊との通信連絡が確保できなければならない。もし連絡が保てなければ、情報の不足から、間違った命令を下してしまう。その結果は、いうまでもないだろう。

湾岸戦争のとき、米陸軍第七軍団の軍団長は、自らヘリに乗って指揮下の各師団の司令部を訪ねて回ったそうだが、これも、ひとつには移動する師団司令部と連絡を取り続ける手段がなかったからだろう。米軍にしてこの状態なのだから、他国については推して知るべしというところか。


だいたい、強力な「げんこつ」を整備することの重要性は誰でも考えるが、その「げんこつ」を、正しいときに、正しい場所に向けて、しかも敵に知られないように差し向けることの重要性については、一般的には、あまり認識されていないかもしれない。

ここで「敵に知られないように」と付け加えた点に注目して欲しい。軍事通信の問題は、苛酷な環境下で通信を確保するだけでなく、通信の守秘性が保たれなければならないという点にある。もし、自軍がどこで何をしようとしているのかが敵に筒抜けになれば、戦略的・戦術的奇襲はおぼつかない。もし筒抜けになると、ミッドウェイのように足元をすくわれたり、味方の総大将が機上に討ち取られたりする結果になる。

山本五十六の搭乗機がブイン上空で襲われた原因について、故・豊田穣氏のように「ハンモックナンバーの重視が云々」と寝言を言っている向きもあるが、根本的には、あの日、あのとき、あの場所に聯合艦隊司令長官が現れるということがアメリカ側に知られたのが原因なのは間違いない。それが分かっていなければ、わざわざ米軍も戦闘機を 16 機も派遣しないだろう。

素人目には、戦場での指揮官は「神の目から見た景色」を元にして指揮を下していると思われそうだが、戦史をひも解いてみるとさにあらず。案外と、五里霧中の中で戦っていることが多い。それだけに、貴重な情報を確実に伝える通信というのは重要な要素なのだ。

だからこそ、米軍が情報面での優越や、得られた情報を共有するための技術の確保に力を入れているのだ。そういう面にも、ちょっとは目を向けてみてはいかがだろう。