Opinion : "IT 革命" の虚実 [1] (2001/1/29)
 

なかなか人気が浮上しない森総理は、相変わらず「IT 革命」で政権に対する支持を高めようと躍起になっているらしい。この総理大臣に限らず、「IT 革命で世界の先端に」だの「IT で○○すれば問題解決」だのと語っている政治家や評論家先生はたくさんいる。

だが、どうも勘違いしているのではないかと思われる節がなくもないので、「IT 革命バブル」が弾ける前に、警鐘を鳴らしておきたいと思う。


まず、「IT」という言葉について整理しておこう。

IT - Information Technology のアクロニム (頭文字略語) である。
日本語に逐語訳すると「情報技術」ということになる。

一般的な解釈では、コンピュータのような「情報を管理・処理するためのツール」と、インターネットに代表される、コンピュータを相互に結ぶ「情報交換のための通信網」を運用するためのテクノロジーの総称ということになろうか。

つまり、IT というのは、「情報を管理し、いつでも必要な情報を取り出せるようにする。しかも、通信網を通じて、遠隔地からでも情報源に対するアクセスを可能にする」というものだといえる。

電子メールに代表されるコミュニケーション・ツールとしての利用というのも考えられるが、これは「情報源」が「コンピュータ」から「人間」に変わった場合の用法である、という解釈をすれば、前記の概念にこじつけることができるだろう。

したがって、IT というのは、あくまで手段に過ぎないということがいえる。コンピュータも通信ネットワークも、情報を管理したりやり取りしたりするための道具ではあるが、それを駆使して実際に情報管理やコミュニケーションの効率化が図られなければ、「革命」には結びつかない。そもそも、管理したりやり取りしたりする「情報」がなければ、意味がない。


ところで。「情報管理」とか「情報の活用」というのは、何も現代に始まった課題ではない。
たとえば、軍事作戦における情報の重要性はよく認識されていることと思う。適切な情報を入手することを怠ったり、あるいは入手した情報の正確な評価と活用を怠って、結果として大敗北を招いた例はたくさんある。企業活動でも、事情は似たようなものだろう。

ただし、入手した情報を正確に評価して対策を考えても、その対策を実際に実現するための手段がなければ、優れた情報活動は実を結ばない。どこに敵が攻めてくるかを正確に事前に知ることができたとしても、そこに適切な戦力を派遣して、しかも適切な戦術で対処することができなければ、負け戦になるのは同じだ。

たとえば、ミッドウェイ海戦で日本側がどういう作戦を取るかをアメリカ側が事前に知っていた話は有名だが、もし、あそこでフレッチャーとスプルーアンスがドジを踏んでいれば、アメリカが敗北した可能性は少なくなかっただろう。敵の企図を事前に知っていたことは大きいが、根本的にはアメリカ側の作戦指導の勝ちである。

現代のビジネス環境でも話は同じだ。情報収集が完璧に機能したとしても、それに対する対策が適切でなければ意味がない。インターネット上でオンライン ショップを開店して世界を相手に商売する手段を手に入れたとしても、世界を相手に売れるような商品を持っていなければ、これまた意味がない。また、需要のない商品をいくらネットで宣伝してみても、それは結局、売れないままだろう。

どうも、ここのところを勘違いしている人が少なくないように思う。


たとえば、某メーカーの CM で、「e-マーケットプレイスを使えば安価に部品を調達できる」といっているものがある。なるほど、そういう事例は確かにあるだろう。

だが、それは安価に部品を製造する手段を持っているメーカーが実際に存在し、かつ、その情報が「e-マーケットプレイス」上に流されているからこそだ。
もし、安価に部品を製造する手段が物理的に存在しなかったり、あるいはそういうメーカーがあったとしても情報が流れてこなければ、この宣伝は画餅と化す。どんな商売でも、インターネット上でのビジネス展開や電子商取引の導入だけで問題が解決するかのように思わせるのは、一種の詐欺に他ならない。

確かに、「情報を流す」ための手段としては、インターネットは便利だ。なにしろ、そこに接続すれば世界を相手に通信する手段が整うのだから、インフラとして有用なのは間違いない。
だが、なまじ世界を相手に情報収集できるために、「安価な部品を見つけた」と思ったらメーカーが地球の反対側にあったせいで輸送コストがかさみ、結果として割高になってしまった、なんていう悲喜劇が起きていないと、いったい誰が保証できようか。

そもそも、いくら IT が発達しても、「情報」や「コミュニケーション」は運ぶことができても、物理的な「モノ」は運べない。どんなに高速な光ファイバー網でも、サウジアラビアから原油を運んでくる役には立たない。
つまり、サイバーワールド上ですべて出来事が完結した気になっていると、リアルワールドの現実に引き戻されたときに痛い目を見ることがある」ということを忘れてはいけないと思うのだ。

その辺に考えが及んでいるのかいないのか、「世界最先端の IT 国家」と称して光ファイバー網を張り巡らすことにばかり気が向いていている現実が、はたしていいのだろうか、と思うのである。

最近よくいわれる「ADSL が普及している韓国の方が進んでいる。日本はインターネット後進国だ」という論調にしても、その高速のインフラ上で何をするのかという視点が欠落していて、単に「高速回線があれば先進国だ」という貧困な発想から抜け出していない。

そもそも、一方で「光ファイバーを張り巡らせて IT 先進国に」といっておきながら、他方では光ファイバーがあると利用不可能な ADSL を引き合いに出すというのでは、支離滅裂もいいところである。xDSL というのは、加入者線収容局とユーザー宅の間に光ファイバーが 1cm でも入っていたら使えないものなのだが。


と、いろいろと書いていたら、思いがけず長くなりそうだ。キリのいいところで、続きは来週に持ち越しにしたいと思う。

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