Opinion : 次世代携帯電話は IT 革命の夢を見るか ? (2001/3/5)
 

相変わらず、携帯電話業界は賑やかだ。5 月から NTT ドコモは W-CDMA のサービスを開始するし、au グループや J-PHONE グループも追随する。そして、i モードはいまや、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
マスコミでも携帯電話万能論が幅を利かせ、「インターネット接続はみんな携帯電話になって、パソコンは滅びる」などといっているセンセイも少なくない。

そんな中、友人から電話がかかってきた。いわく「i モードの電子メールに SPAM メールが大量に届いてかなわん。どうにかならないのか」。
そこで、NTT ドコモの Web を見てみたのだが、i モードのメールに SPAM 防止フィルタのようなものはないらしい。

ところが、怪しからんことに i モードはパケット単位の通信量課金だから、SPAM だろうがなんだろうが、受け取ったメールに対してユーザーは料金を支払わなければならない。しかも、「携帯電話の番号やメールアドレスの情報を売ります」という SPAM メールもやってくるのが現状なのだ。

そして、SPAM でも何でも課金されるのは同じだから、NTT ドコモはますます儲かり、携帯電話に可処分所得を吸い取られた人は、その他の出費の削減を余儀なくされて、結果として不景気に拍車がかかることになる。まさに「国敗れてドコモあり」だ。

これって、何か間違っていないだろうか?


さて。次世代携帯電話では、主として「データ通信速度の向上」が話題になっている。現在、我々がなんとか自腹を切って使える範囲で、もっとも高速な移動体データ通信のサービスといえば、PHS や au グループの「PacketOne」の、64kbit/sec というスピードだ。これでは、音声や画像のようにデータ量が多いものをやり取りするには、少々苦しい。

次世代携帯電話では、この数倍、将来的には数百 kbit/sec 級から、ひょっとするとメガビット級のデータ通信ができるという触れ込みになっている。そこで、「携帯テレビ電話」だの「音楽や動画の配信」だのという将来構想が話題になっている。

だが、ちょっと冷静に考えてみてほしい。そこまでしてリアルタイムで音楽や画像のデータを手に入れなければ、我々は生きていけないものなのだろうか ? 携帯電話でしゃべるのに、相手の顔が見えないと困ってしまうものなのだろうか ?
いや、音楽や画像だけではない。電子メールやさまざまな文字情報にしても、今の我々は、「リアルタイムで受け取れなければならない」という強迫観念にとらわれてはいないだろうか ?

確かに、私のようにフリーで仕事をしている身にとっては、どこにいても連絡がつくというのは重要なことだ。実際、アメリカに旅行しているときに電子メールで仕事の依頼がきたこともあるし、帰省先まで仕事が追いかけてきたこともある。そのときに電子メールや携帯電話のおかげで仕事がスムーズに片付いたのは事実だ。

だが、どのタイミングでメールを受け取るかというのは、あくまで私は自分でコントロールしたい。終日にわたってメールのチェックをしないということはないにしても、常にリアルタイムでメールが来なければいけないとは考えていないし、そんな窮屈な生活はしたくない。いつメールを受け取るかは、あくまで自分で能動的にコントロールしたい。こういう考え方はおかしいのだろうか。

最近では「圏外孤独」なんていう言葉もあるように、携帯電話がつながらないところにいると、自分が世間から隔絶された、孤独な存在のように思ってしまう人がいるらしい。だが、それはどう見てもおかしいと思う。第一、携帯電話がつながらなくなった途端に切れてしまう程度の人間関係は、所詮、その程度のものだ。

はっきりいってしまえば、音声通話の道具として考えた場合、現行の携帯電話でも、何の不自由もない。私は KDDI の cdmaOne 携帯電話を使っているが、以前に使っていた PDC と比べると桁違いに音質がいいし、「どこにいても連絡が取れるようにするための道具」としては、これ以上のものはまったく望んでいない。
(だから私は、EZweb を使っていないし、携帯電話で電子メールをやり取りしようとも思わない。たまに、パソコンのデータ通信に使うことはあるかもしれないが)


というわけで、何の話かといえば、次世代携帯電話である。

もちろん、高速のデータ通信ができるインフラが整えば、これまでになかった新たな可能性が開けるのは認める。だが、それと引き換えに、次世代携帯電話のサービスを全国展開するためには、事業者各社は膨大な設備投資を必要とするハズだ。

日本では「周波数オークション」のようなものがないからまだマシだが、ヨーロッパでは、周波数オークションによって事業者に電波を割り当てた結果として電波の利用料が高騰し、事業者の経営に悪影響を与えている事例があると聞く。

つまり、何をいいたいのかといえば、次世代携帯電話では、現在以上に通信コストが高くなる可能性が高いということだ。それは最終的に、まわりまわって利用者の負担になる。

こういうことを書くと「次世代携帯では通信速度あたりのビット単価は現在の半分になるハズだ」という反論があるかもしれない。だが、たとえば通信速度が 6 倍になるならビット単価は 1/6 にならなければ、結果としてユーザーが支払う通信料金の絶対額は増える点に留意すべきだろう。

もちろん、次世代携帯電話のサービスがスタートしたら、新聞・テレビ・雑誌などがこぞって煽るだろうから、一挙に多くのユーザーが手を出すことになると思う。
だが、携帯電話が「トレンド」として君臨していられるうちはいいが、高速の移動体通信でなければ実現できないようなキラー・コンテンツ、あるいはキラー・アプリケーションが明確にならないままでは、どこかで化けの皮がはがれて、御自慢の高速データ通信が無用の長物と化す可能性が、まったくないとはいい切れまい。

そのことに気付いたユーザーが、「流行」という後押し要因無くして次世代携帯電話になだれをうって転移するかというと、疑問に思えてならないのだ。


冒頭の SPAM メールの話もそうだが、新しいサービスが登場すると、往々にして、それを悪用する輩が登場する。多分、次世代携帯電話でも同じことだろう。それを防ぐことはできない。

現在のように、携帯電話が「流行モノ」として君臨していられるうちは、「流行だから」という理由だけで、新型の携帯電話機、あるいはサービスが売れ続けるだろう。そして、SPAM メールのようなネガティブ要因も、「流行に乗っていたい」という大義名分によって我慢してもらえるだろう。

だが、流行に乗って広まったものは、いつかきっと見捨てられる。常に流行を追いかけ続けるようなユーザーは、たいていは移り気なものだし、そもそも流行とは、さまざまな商品やサービスを、次々に使い捨てることに他ならない。今の社会における携帯電話というのは、いってみれば「流行のお洋服」と同じなのだ。

今は携帯電話がブイブイいわせているが、数年前、今のポケベル業界の惨状を予測した人がいただろうか? 同じことが「i モード」の身に降りかからないとは、誰にも断言できないのである。
また、移動体通信の世界でいうと、数年前に爆発的に流行した「ポケットボード」。あれを今でもバッグに忍ばせている OL が、はたして何人いるだろうか ? 流行やブームとは、所詮はそういうものなのである。

ついでに書くならば、i モードなどパケット通信系のサービスがいう「つなぎっぱなしでも OK」という宣伝、あれは食わせ物だ。確かに、接続したままコンテンツを読んでいる分には課金されないが、実際には調子に乗って次から次へと、いろいろなコンテンツを見てしまうケースが多いのではなかろうか。
すると、その分だけ課金は増えるのである。少なくとも、時間で課金する回線交換方式よりも、ユーザーに「無意識のうちに通信費を多く使わせる」という傾向はあると思う。

こうしたネガティブ要因を乗り越えられるだけの魅力、あるいはキラー・コンテンツやキラー・アプリケーションを提供できればいいが、次世代携帯電話が「ただ単に、スペックが立派でコストが高いだけの携帯電話」と化してしまったら、いったいどういう事態になるのだろう。
率直にいって、次世代携帯電話はどれも、音声通話の部分でアドバンスがあるわけではないのだ。すべては高速データ通信の成否にかかっているといっても過言ではあるまい。

また、事業者や電話機のメーカーが、高騰し続けるコスト負担に耐えられなくならないだろうか。現に、エリクソンのように携帯電話の製造から手を引く (開発とマーケティングは継続しているが) メーカーが出てきている昨今なのだ。

そうなったときに、次世代携帯電話が現代版「万里の長城」と化すことはないのだろうか、と、一抹の不安が芽生えてきた昨今なのであった。

Contents
HOME
Works
Diary
Defence News
Opinion
About

| 記事一覧に戻る | HOME に戻る |