Opinion : "過去の栄光" を捨てよう (2001/3/26)
 

最近、自動車業界では、一度は消滅した昔のビッグネームを再利用させる事例が増えているらしい。そういえば、「トヨタ 2000GT が復活か」なんていう騒ぎもあるようだし、去年のプロ野球日本シリーズでは「ON 対決」といって煽っていたという事例もある。

世の中、後で書くように似た事例はいろいろあるのだが、どうもこういう動きは、後ろ向きの考え方に見えてならないのだ。


たとえば、日本シリーズについていえば、「ON 対決」といっても、王・長島が巨人のクリーンナップを張っていた時代をライブで見たことがあるのは、もうかなり上の年代のハズだ。私とて、かろうじて記憶に残っているのは王選手の「756 号」ぐらいのもので、「長島引退」はすでに「歴史」である。

新聞やテレビを牛耳っている年代は、まだこの辺をライブで見たことがある年代だろうから、ついつい昔を懐かしんで「ON 対決」という見出しをひねり出すのだろうが、いまどきの若い人にいわせれば、「何それ ?」ということになりかねない。

クルマの世界では、スカイライン GT-R がいい例だ。大昔、「GT-R の 50 連勝」というイベントがあったという "歴史" は知っていても、それをライブで見たことがあるとしたら、もはや相当な年代だろう。現在の視点から見れば、スカイラインという名前も GT-R という名前も、one of them に過ぎない。それほど特別な存在ではないのだ。
ちょっときつい言い方をすれば、「GT-R の 50 連勝」と「双葉山の 69 連勝」は、私にとっては大して違わないのである。

多分、自動車雑誌も新聞やテレビと同じで、かなり年齢層の高い人がトップに座っているのだろうから、「GT-R」という名前や「サーフライン」みたいなスカイラインのアイデンティティの復活と聞くと血が騒ぐのだろうが、私ぐらいの年齢層になると、それは滑稽にすら見える。

空の上では、FS-X の量産と部隊配備がちょうど 2000 年に重なった上に、開発当時から「平成の零戦」などといっていた経緯から、「制式化されて "零式" になるのではないか」「いや "百式" だろう」などという議論があちこちで出てきて、結局、そのどちらにもならなかったという竜頭蛇尾な出来事もあった。なんか笑える。

鉄道界にも、似たような例がある。
先日、特急 <白鳥> が廃止になったが、雑誌や新聞、テレビが結構騒いでいたらしい。だが、現実問題として一日かけて大阪から青森まで地を這って移動する人が居ないのだから、列車だけが直通していても仕方ないので、廃止は当然の流れといえる。鉄道以外に長距離移動の手段がなかった時代と違うのだから。

むしろ、昭和 36 年の運転開始から、よくぞ今まで続いたものだと思う。ビッグネームの廃止を惜しんでみても、現状にそぐわないという事実は変えられないのではないか。

何かと騒ぎを起こしている「つくる会」の歴史教科書にしても、とどのつまり、「大日本帝国」の時代が「日本にとっての栄光の時代である」というノスタルジーがあって、その時代のことを否定的に捉える人が居るのが我慢ならない、という感情が根底にあるのではないかと私は推測しているのだが、実際にはどうなのだろう。
この推測が当たっていれば、これも「過去の栄光を懐かしむ」という動きのひとつに数えてよかろう。


栄枯盛衰は世のならいだから、人も、企業も、工業製品も、国家も、栄光を謳歌した時代もあれば、泥沼にはまって苦労した時代だってあるのが普通だ。いまでこそブイブイいわせているアメリカにも、1920 年代には不況でどん底に落ち込んだ時代があったわけで、常に "我が世の春" だったわけではない。

景気がいいときにはともかく、景気が悪くなってくると、ついつい「過去の栄光」にすがって、「本当は自分達はビッグな存在なのだ」といって、自分で自分を暗示に掛けたくなる心情は、分からなくもない。

だが、過去の成功例と同じことをやって再び成功するという保証がないのと同様、過去の栄光ばかりを懐かしんでも、そこからは何も新しいものは生まれてこないのではないだろうか。

むしろ、自分で自分の過去を切り捨てて、常に新しい成功を目指してチャレンジするという姿勢が必要なのではないだろうか。
世の中がみんな右肩上がりで、既存の成功例に倣っていれば安泰、という高度成長時代ならともかく、今のように前途が見えない時代には、過去の成功例を見るだけ、あるいは過去の栄光を懐かしんでいるだけでは、何の解決にもならないのではないかと思うのだが。

冒頭で引き合いに出したプロ野球など、見えないところで危機が進んでいる典型例だと思う。「ON 対決」などと過去の栄光にすがって盛り上げている傍らで、有力選手が次々とメジャーを目指してしまっている現状を、コミッショナーやチーム オーナーをはじめとする当事者は、一体どう考えているのだろう。このまま新しい魅力を作り出せなかったら、日本のプロ野球はメジャーの予備軍に成り下がってしまうかもしれないのに。
(その点、サッカー界の方が、まだしもうまくやっていると思う)

「公共事業」で景気を回復してきた過去の記憶から抜け出せない自民党も、オールド・ファンの呪縛から抜け出せない日産スカイラインも、長距離・豪華という過去の鉄道栄光時代の記憶を忘れられないレールファンも、日本陸海軍のビッグネームに対する拘泥を捨てられない歴史や兵器の愛好家も、「大日本帝国の栄光」を捨てられない「つくる会」も、みんな根底の部分は同じだと思う。

今の日本は不景気風が吹いているから、その分だけ余計に「過去の栄光」にすがりたくなるのだろうが、それをあえて切り捨てる強さを発揮しなければ、日本は再生しないのではないだろうか ?

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