Opinion : 日本の Homeland Security は大丈夫 ? (2002/11/4)
 

アメリカでは、昨年の「911」以来、"Homeland Security" という言葉が頻繁に登場するようになり、専門の役所はできるわ、本土担当の統合軍を新設するわ、という騒ぎになっている。こういうときの舵取りの迅速さでは、まったく、他の国はついていけないものがある。

だが、これを対岸の火事と笑っていていいのだろうか。


たまたま、アメリカの場合は南北戦争以来、自国が戦場になったことがない。
細かいことをいい出せば、第二次世界大戦ではアメリカ沿岸で輸送船が U ボートに沈められているし、日本の潜水艦から飛び立った飛行機や風船爆弾が起こした山火事というのもあるにはあるが、少なくとも後者については大勢に影響していないので、ここでは無視する。

そういう歴史的背景があるだけに、アメリカ本土で空前の大規模テロ事件が起きたことのインパクトが大きい、という一面はあると思う。それにしても、アメリカ政府の対応の速さと、それと比べて日本政府のノホホンさ加減の対比が目につくのは、自分だけだろうか。

なにも、"Homeland Security" を考えなければいけないのは、アメリカに限らず、日本とて同じこと。だが、日本で "Homeland Security" のために何か具体的なアクションを起こしたという話はない。だいたい、有事法制ひとつとっても的外れの議論と憲法 9 条を巡る神学論争を延々とやっているのだから、話にならない。

もっとも、それに反論する一部の論客も、再軍備の推進と過去の悪事の否定にばかり血道を上げているのだから、どっちもどっち、だと思う。

もちろん、戦争しないで済むならその方がいいに決まっているのだが、戦争するにしろしないにしろ、国家が国民の生命・財産に対して、何らかの庇護の手を差し伸べることができなくてどうする、という視点が抜けていないだろうか ?

たまたま、最近は北朝鮮の拉致事件や工作船が問題になっているが、これだって立派な "Homeland Security" の issue だし、テロとしては定番の飛行機乗っ取りや、日本の場合は特に鉄道に対する攻撃だって考える必要がある。発電所などの社会的インフラに対する保全措置だって重要だ。

こういうことを指摘すると、拉致事件の存在そのものを否定していた社会党 (現社民党) のように、危機の想定そのものを否定しにかかる人が出てくるのは「お約束」だが、それがそもそも勘違いというもの。どんな危機であれ、万全の備えをしておいて、結果的に何も起こらないというのがベストなのだ。
コンピュータの 2000 年問題が典型例だが、結果として大した騒ぎにならなかったとはいえ、それは関係者の努力あってこそ。何事も、何もしないで騒ぎにならずに済んだとしても、それは単に運がいいだけで、自慢にならない。少なくとも、国民に対して生命・財産の保護努力を講じる義務がある、国家が取るべき態度ではない。

ところが日本の場合、国会では一部野党が意味不明な神学論争をやっていて、国民の生命・財産を護るという視点がすっぽ抜けているのが実情だし、霞ヶ関は霞ヶ関で、役所同士の縄張り争いばかりやっているのが常。ここでも、国民の生命・財産の保護という根本目的が忘れられている。

本来なら、政治がリーダシップをとって、現在の日本が置かれている安全保障環境ではどのような脅威が想定されるかを検討し、それに対する対策を的確に打ち出していかなければ、国民も枕を高くして寝られない。


少なくとも、今の日本に対して、正規軍で大規模な水陸両用戦を仕掛けてくるような国があるとは思えない。日本に敵対しそうな国はあるが、その国に強力な水陸両用戦能力があるわけではないから、この手のシナリオは無視していいと思う。(もっとも、航空戦や弾道ミサイル攻撃の場合は事情が違う)

ただ、正規軍による攻撃行動の可能性が低い分だけ、「非対称戦」の脅威は真剣に考えるべきだろう。
そもそも、「911」より 6 年も前に、オウム真理教の地下鉄サリン事件を経験した日本こそ、非対称戦や無差別テロの脅威、そして "Homeland Security" に真剣に取り組んでいて然るべきだと思うのだが、現実はいわずもがな。いまだにオウム真理教は世田谷の一角で幅を利かせている。どうしてこういうことになるのかと思うと、暗澹としてしまう。

「911」の後で、突如として空港の警備が厳しくなったが、これとて笑わせてくれる部分がなくもない。最近はやらなくなったようだが、「911」の直後にはセキュリティチェックのところで本人に名前をいわせていたかと記憶する。そんなことをやって、なんのチェックになるというのだろうか。空港のセキュリティチェックを通る人が、自分の名前を「オサマ・ビン・ラディン」と名乗るとでもいうのだろうか。

むしろ、空港で片っ端から不審な荷物を開けさせているアメリカの方が、まだしもマシといえる。米軍基地の一般公開でも、荷物をチェックするし、金属探知機はガンガン使うし、艦艇の公開は止めるしで、さすがに米軍は徹底しているというべきか。

あと、日本の場合は自然災害が多いから、テロや外敵による攻撃と併せて、自然災害に対する即応、あるいは災害に備えた抗堪性向上、ということを考えるのも、立派な "Homeland Security" だと思う。人為的に壊すか、自然の力で壊すかの違いで、破壊的な結果が起きるという点では同じなのだから。


もっとも、"Homeland Security" といっても、国情によって取るべき対策も違ってくるわけで、アメリカでやっていることを日本でもトレースすればいいとは思えない。狭い地域に人口が密集している日本の方が、アメリカよりも NBC 兵器の攻撃に弱いし、交通インフラの脆弱性も高い。国土が狭い分だけ、少ない攻撃で大きな打撃を受ける可能性がある。
だから、インフラ面での「国土の抗堪性向上」なんていうのは、日本流の "Homeland Security" として、検討に値するネタではないだろうか。

そういう意味では、昔の人の方が頭を使っていたといえる部分がある。
たとえば、東海道本線の浜名湖橋梁が破壊された場合に備えて、迂回路として二俣線を敷設させたのが典型例。ここで注意したいのは、東海道本線を全面的に二重化するなどという非現実的な対策ではなく、破壊されると隘路になるところだけ、手を打ったという点だ。

このように、特にインフラ面での「国土の抗堪性向上策」では、「重心」となる部分に集中的に対策を講じるのが現実的といえる。交通網だけでなく、電力・水道・ガスといったインフラも同じだろう。

もっとも、日本の場合の最大の隘路は、旧態依然とした政治家のおつむと役所の縄張り争いかもしれない。ひょっとすると、これが最大の「国民の敵」かもしれないのだ。

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