Opinion : 大人の価値観に耐える商売を (2003/2/3)
 

先日、P2P ファイル交換サービス「ファイルローグ」に対して、著作権法違反を原因とした損害賠償請求が認められるという判決が出た。原告のレコード会社などにいわせると、「P2P ファイル交換ソフトで、デジタル化された音楽データが交換されたことが CD 売上減少の原因だから、その損害を償え」ということらしい。

なるほど、確かにそういう側面があるのは否めない。自腹を切って買うよりも、ファイル交換ソフトで検索して MP3 か何かに変換したデータをダウンロードする方が安上がりだから、ついついそちらに走る人が出てくるのは間違いない。著作権保護とかなんとかいってみても、目先の懐具合の方が気になる向きもいるだろうから。

だが、そういう外的要因があるにしても、そもそも CD 業界の売上減少傾向の原因を、すべてファイル交換ソフトにだけおっかぶせてしまっていいものだろうか。


ずいぶん前から感じていることだが、そもそも日本の音楽業界は、安直な商売をしていたといえないだろうか。

たとえば、CM やテレビドラマと「タイアップ」して露出を増やし、流行を生み出すことでミリオンセラーが連発された時代があった。なるほど、手っ取り早くインスタントに売上を生み出すなら、これはなかなか効果的な方法といえる。
「タイアップ」でなくても、さまざまな方法で露出しまくり、流行を仕掛けるという本質に大差はない。

この種の商売の対象になるのは、主として中学生から大学生あたりにかけての、若年層と思われる。「みんなと同じであること」「周囲の話題についていくこと」がもっとも重視されがちな世代だから、ここをターゲットにして流行り物を仕掛ければ、もともと興味がない人でも、周囲の話題についていくために流行に手を出してくれる、ということもあるだろう。

似たような話は TV 業界にもある。いわゆる「トレンディドラマ」やバラエティ番組がいい例だが、これらも概ね、20 代前半以下の若年層を主なターゲットにしていると考えていい。すでに三十路に足を踏み入れて長い身からすると、「何を馬鹿馬鹿しいことを」と思うことも多いわけだが、それを面白がる層がいて、それによって手っ取り早く視聴率を稼げるのだから、目先の視聴率が重んじられる TV 業界が若年層狙いに走るのも無理はない。

携帯電話業界など、他にも例を挙げればいろいろ出てくると思うが、要は、この国ではしばしば「お子様向けの商売」が幅を利かせ、多くが若年層に媚を売りすぎている、といいたいわけだ。そして、大人の価値感に耐えられるような商品やサービスは、往々にして蔑ろにされる。そんなことでいいのだろうか。


最初に引き合いに出した CD 業界の話に戻ろう。
極めて個人的な話だから客観性は全くないが、最近になって自分が買った CD を見てみると、なんとも懐メロばかりなのが目に付く。この記事を書いている最中に BGM としてかけている CD ときたら、自分が中学生のときにリリースされた「YELLOW MAGIC ORCHESTRA (US 版)」ときたものだ。なんと、20 年以上前の発売だ。

実は、これと一緒に、昔の YMO のアルバムを「どばっ」と買い込んできた。今どきの流行歌には全然興味がないのだが、YMO の昔のアルバムとなると話は違う。(カシオペアや The Square の初期のアルバムについては、とうの昔に揃えてある)

つまり、すこぶる個人的な話だが、昔の作品には今でも新鮮さを失わずに接することができるので、店頭で見かけると、ついつい買ってしまうというわけだ。はたして、今どきの流行歌のなかでどれだけのものが、四半世紀後にリメイクされて発売されることになるだろうか。疑問だ。

確かに、「流行」を手っ取り早く作り出し、流行に乗せられやすい若年層を相手に瞬間最大風速的に大量のセールスを行って、あわよくばミリオンセラーを出すというのは、インスタントに売上を稼ぐには具合がいい。しかし、その陰で「自分が欲しい商品がない」とぼやく大人を、同時に大量生産することになっていないだろうか。

だいたい、若年層というのは流行に載せられやすいが、カネがない。で、彼等・彼女等が流行をキャッチアップするための元手はどこから出るかというと、親の懐ということになる。かくして、インスタントな流行を次々に浪費するために親の可処分所得が子供に奪われ、大人の消費行動は抑制される。しかも、流行が嵐のように過ぎ去った後には、何も残らず草木も生えない。
昨今、不景気でモノが売れないといわれる一因は、案外と、こんなところにもあるのではないかと思うのだが、どうだろう ? (それが全てだ、とまではいわないが…)


高齢化社会を迎えて、もっとも可処分所得を多く持っているのはシニア層だ、なんてことをしばしばいわれるが、そのシニア層に可処分所得を使って欲しいと思うなら、シニア層が買いたいと思う商品、利用したいと思うサービスを提供しなければ話にならない。お子ちゃま向けに流行を次々に使い捨てにするような商売をしておいて、一方で「大人がモノを買ってくれない」とぼやくのは支離滅裂だ。

もちろん、大人を相手にする商売は往々にして、瞬間的な大量消費とは縁遠いものになりがちだ。だが、「本物」を息長く売り続けて、コツコツと利益を上げていくという商売の仕方も、もう一度見直してみていいのではないか。
どんな業界でも、インスタントに伸ばした売上は、その後でインスタントに没落することが多い。企業がひとつの商品の爆発的な売上に頼れば、その商品が売れなくなったときに、企業も一緒に沈没しかねない。それでは株主や社会、そして顧客に対して失礼というものだ。

むしろ、地味ながらも、商品やサービスの価値を認めた人によってロングセラーになるようなビジネスの方が、簡単に周囲の状況に振り回されて売り上げが伸びたり落ち込んだりしないと思うし、それこそ本物志向の商売といえるのではないか。いま一度、「お子様向けの商売」からの脱却、「大人の価値感に耐える商売」「一時の流行に踊らされない商売」の創出を、皆で考えてみようではないか。

それと同時に、われわれ消費者の側も、流行をキャッチアップしては次々に使い捨てにすることよりも、自分の価値感を磨き、「周りが持っているモノ」ではなくて「自分が欲しいと思うモノ」に、しかるべき対価を支払うようにしようではないか。そうしなければ、本物を扱うマーケットが育たなくなってしまう。

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