Opinion : 戦況発表の法則 (2003/3/24)
 

結局、イラク相手の戦争が始まってしまった。もともと「大阪夏の陣」のようなもので、最初から外堀を埋められているイラクに勝ち目のある戦争ではないが、それにしても、たった 2 日でクウェートからバグダッドまでの道のりの半分を進撃するというのは、予想不可能な話としかいいようがない。(もっとも、この先も同じペースで進むとは思えないが)

当然、湾岸戦争以来の常套手段「マスコミも兵器である」に従い、どちらの陣営も報道を通じて世論を味方につけようと必死になっているが、特にイラク側の発表内容が、見事なまでに「負け戦の戦況発表」の共通法則をトレースしているのが笑える。


今回に限らず、第二次世界大戦の頃から共通することだが、勝ち戦を戦っている側と負け戦を戦っている側では、それぞれ、発表の内容に違いが生じる。乱暴なのを承知で要約してしまうと、以下のようなことがいえるのではないか。いいかえれば、公表されている記者発表などの内容を下記の法則に当てはめてみることで、どちらの旗色がいいのかを判断する、ひとつの材料になるわけだ。

勝ち戦の発表
  • 内容が具体的である
  • 死傷者など具合の悪い情報も、"多少は" 出てくる
  • 順調な進展を喜びつつ、慎重さも示し、楽観的な見方を戒める

負け戦の発表
  • 内容が往々にして抽象的である
  • 「民間人に対する残虐行為」を、むやみに強調する
  • 見るからにウソとわかる、しかも妙に景気のいい発表をする
  • にもかかわらず、戦線が後退している点については触れない
  • 負け戦の中で敢闘した個人の英雄行為を、むやみに強調する

「抽象的」というのは、たとえば「誰それは無事だ」とか「順調に勝っている」などと口にするものの、具体的な証拠が伴わない発表のことを指す。ちょうど、イラクがそれをライブでやってくれている。

湾岸戦争のときと同様、イラクは相も変わらず「民間人の被害」を強調し、爆撃で 200 人死亡したとかいっているが、それをいうなら「お宅の国の保安部隊が、何人の政治犯をこれまでに殺害したのか」と問い詰めてみたいところ。多分、米軍の爆弾で死んだ民間人よりも、獄舎で刑死した政治犯の方が一桁か二桁は多いだろう。連合軍の空襲を「テロ攻撃」といって非難した、ナチス・ドイツの宣伝を笑えない。
だいたい、レッキとした自国民であるクルド人 (もちろん民間人だ) の頭上に毒ガスをぶちまけたのは、いったい誰だっただろうか ?

そういえば、湾岸戦争のときに「破壊された住宅の前で "英語で" 泣き喚くイラク人女性の映像」が TV で流されたことがあったと思うが、アレはいったい何だったのだろうか。

個人の英雄行為を強調するのはどこの国でもやることだが、分かりやすい例では、太平洋戦争初期に米陸軍航空隊の B-17 が零戦に襲われて撃墜された際に、墜落機と道連れになって戦死したコリン・ケリー大尉の話を称揚し、あげく、ありもしない戦艦撃沈話を捏造したアメリカの発表が典型例だろう。

もっとも、日本にも「台湾沖航空戦」という、さらに始末の悪い実例がある。これなど、威勢のいい発表を国民だけでなく軍の関係者まで真に受けてしまったので、その後のフィリピンでの作戦にとんでもない悪影響を及ぼしてしまった。そんな、判断能力を喪失した人が指揮を執っているような軍隊で、戦争に勝てるはずがない。

さらに負けが込んでくると、今度は「神がかりになる」という法則もある。太平洋戦争末期の日本で、大政翼賛会が本部の前に「今に神風が吹くぞ」という垂れ幕を下げていたらしいが、これなど、むやみに「アラブの大義」や「聖戦」を連呼するイラクと似たり寄ったりだ。
これが末期症状になると、報道が神がかりになるだけでなく、軍の指揮官クラスまで神がかりになる。実際、インパール作戦における牟田口将軍のように、作戦が収拾のつかない状態になってから、朝もはよから八百万の神に祈っていた実例もある。(そして負けたのだから法則通りだ)


前に別のコラムでも書いたことだが、戦争の発表に際して、できるだけ都合のいいことだけを発表しようとするのは当たり前。そのことを非難してみても始まらない。むしろ、発表された内容から裏の裏まで読み取ってこそ、報道に携わる資格があると思う。
表面的な発表にすべての真実が含まれていると思い込むのがそもそもおかしいので、そういう甘い考えの人ほど、イザというときに贋情報を掴まされて、コロッと騙されるのではないか。

ただ、それをやってのけるには、平素から十分な知識を持っておく必要がある。「軍艦」と「戦艦」、「戦車」と「自走砲」と「装甲兵員輸送車」の区別がつかない新聞やテレビの記者に、地政学や過去の戦史、各国軍隊のドクトリンや、指揮官・国家指導者のモノの考え方まで考慮に入れた「戦況発表の裏読み」を要求するのは、いささか虫が良すぎる話かもしれないが、さて、どんなものだろう。

そういえば、イラクは「米国の宣伝組織になった」といって CNN の関係者をバグダッドから追い出したが、湾岸戦争の際に CNN が「イラクに都合のいい話ばかり放送する」といって米軍関係者から不興を買っていたはず。その CNN すら追い出さなければならなくなったということは、イラクも相当に追い込まれているとはいえないか。

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