Opinion : 三菱自動車の再建計画に寄せて (2004/6/7)
 

不祥事続きでバッシングのネタにされ続けている三菱自動車だが、どうやら三菱グループを挙げたバックアップで再建に乗り出すことになるらしい。「再建にはユーザーからの信頼獲得が急務で云々」みたいなありきたりのコメントはマスコミ各社にやらせておくとして、あまりマスコミ各社が取り上げていない視点から、この件を見てみたい。


同じ自動車メーカーの再建ということで、しばしば日産を引き合いに出す人がいる。となると、カルロス・ゴーン氏が礼賛されるわけだが、経営的な話がどうとかいう点とは別に、ゴーン氏について凄いと思ったのは、自社・他社を問わず、いろいろなクルマを片っ端から自分で運転して、試しているところだと思う。多分、経営云々以前の話として、この人は心底、クルマというものが好きなんだろうなあ、と思った。

だいたい、自分で実際に「一ユーザー」として使ってみなければ、自社製品の長所も短所も分からないし、他社製品と使い比べてみなければ、自社製品の強みや弱みも分からない。だから、自動車メーカーの社長が自分でクルマを運転せず、いつも運転手付き専用車の後席にふんぞり返っているようではまずいと思う。

なんか、三菱の再建計画では未だに「フルラインメーカーを目指す」なんていっているらしいのだが、それよりも、もっと「三菱ならではの特色」を前面に出して、一点突破型で攻める方が現実的なんじゃないか、という気がしている。もちろん、三菱グループのプライドとか、フルラインで揃えておかないと三菱グループ社員のヒエラルキーに合ったクルマを揃えられないとか (笑)、いろいろ事情はあるのだろうが、傍から見ていると、三菱がトヨタと同じになろうとしてどうする、と思ってしまう。

だからこそ、社長自らいろいろなクルマを自分で使ってみて、三菱の製品はどこが優れているのか、どんな特色があるのか、他社のクルマと比べるとどんなところが見劣りするのか、といったことを肌で感じて、それを製品作りの戦略に活かすことが必要なのではなかろうか。部下がいいものを作ってきても、トップにそれを認める眼力がなければ意味がなくなってしまう。

たとえば、トヨタは天地がひっくり返ってもランエボみたいなクルマは作りそうにないのだから、これは三菱が世界に誇っていい財産だ。
もっとも、全部のクルマをランエボにするわけにはいかないが、要はランエボみたいなクルマを作り出せる技術力を、いかにして他の製品にフィードバックするかという話。フルライン・ランエボ化という話ではないので、お間違いのなきよう。(と書いておかないと、三菱はすぐに「フルライン○○」といいだすから…)

ついでに書けば、自動車評論家が書くものよりも、一般的なユーザーの視点を大事にする必要がある。自動車評論家が書く文章というのは、あれはあくまで「好き者」に読ませるためのもので、自動車評論家が高く評価する製品と、実際に売れる製品が乖離していることは少なくない。メーカーの仕事は売れる商品を作ることなのだから、マジョリティたる一般ユーザーの視点を無視することはできない。
実のところ、トヨタが一番うまいのはこの点だったりする。あの会社、マニア受けする製品を作るのはヘタだけれど、一般受けする製品を作るのは実にうまい。


そういえば、マイクロソフトには "Dogfood" という言葉がある。といっても、社内で犬を飼っているわけではなくて (それはオラクルだ)、OS でもアプリケーションでも、開発途上の新製品を、社員自ら人柱になって日常業務で使ってみることを指す言葉。IT 業界では、そこそこ知られた話だ。

社内のみならず、ときには自宅の PC にまで開発途上の OS をセットアップして人柱になってしまう、気合の入った社員もいる。どうしても、会社で使用されるコンピュータの環境はシンプルになりがちだし、使用されるアプリケーション ソフトや周辺機器の種類も限られるから、なにかと複雑になりやすい自宅の環境でいろいろ試す方が、問題点の洗い出しをやりやすい。結果として製品の改善にも役立つ。
そういう自分も 6 年前、VAIO NOTE 505X/64 を買った途端に HDD をフォーマットして Windows 98 をセットアップしたクチだ。(その 3 年後に、今度は ThinkPad is30 が同じ目に遭い、買った途端に Windows XP 英語版 RC1 をぶち込まれている)

それどころか、社内で使用しているサーバまでβ版の OS だったり、ユーザーには「やらないでね」とお願いしている複数 OS の混在サーバ環境を自社ではやっちゃったりと、会社を挙げて自社製品の人柱をやっている。このことは、もっと評価されていいと思う。

それに、開発部門にいるような人間は特にそうだが、新型の PC やその他のデジタル製品、ゲーム機などが出ると、必ずといっていいほど誰かが手を出している。平素からいろいろな製品を実際に自腹で買って使っているからこそ、ユーザーとしての視点が涵養される。なにも IT 業界に限らず、自動車メーカーだって同じではないか ? 実際、トヨタで MR-S のチーフエンジニアを務めた方は、私物でフェラーリに乗っていると、どこかで読んだ記憶がある。そういうことが、きっとどこかで仕事にも効いてくるのだと思う。

ついでに書けば、マイクロソフトには意外と Macintosh 好きが多い、と昔からいわれている。もちろん、社内で使っているのがみんな Macintosh だなんていうのは大嘘だが (いうまでもなく Mac チームは別だ)、その昔から私物で Macintosh を使っている社員がいるのは事実で、これも自社製品と他社製品を比較できる複眼的視点を養う役に立つ。程度問題とはいえ、自社製品しか使ったことがないのでは視野が狭くなってしまい、かつての日本陸海軍のような夜郎自大、独りよがりになってしまう。
そういう意味では、Windows 版 Office と Macintosh 版 Office が同じ社内で競い合っているのは、なかなか興味深い。実際、Macintosh 版の方が面白い仕掛けを盛り込んでいることが間々あるのだ。


そんなわけで、三菱が今後どうなるかは、自社のクルマ、というよりクルマというもの自体に対して愛着を持ち、ユーザーの視点に立脚して優れた商品を生み出そうと努力できる人が経営幹部に座るかどうか、がひとつの鍵になるのではないかと思う。もちろん、経営に関わる要素はそれだけではないけれども、商品を作り出して売るのがメーカーの本質なのだから、ユーザーに受け入れられる魅力的な商品がなければ、他の経営改善策は画餅と化すのではないだろうか。

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