Opinion : 続・官業のあり方 (2005/2/7)
 

以前、「道路問題で "官業" のあり方を考えた」で、いわゆる官業のあり方について書いたことがある。官業でなければできないことだけを官業に、という考え方は今でも変わっていないのだが、最近になって「戦争請負会社」なる本を読んでみて、頭を抱えてしまった。

この本は、PMF (Private Military Firm。PMC : Private Military Company ともいう) の実態について書かれた本だが、むやみに PMF/PMC の存在をキーキー否定するのではなく、PMF が出現した背景や実際の活動事例を冷静に取り上げている点に好感が持てた。この、まずは現状を正しく認識した上で、認めるべきところは認めるという姿勢、実際にとるのはなかなか難しいものだ。

それはそれとして。
PMF というと、往々にして「傭兵会社」みたいなものを想像するが、実際にはもっと幅が広いことが、この本を読むとよく分かる。もちろん「傭兵会社」的な業務をしている会社もあるのだが、教育訓練やコンサルタント業務を行う会社もあれば、後方の兵站支援や情報といった業務を担当する会社もある。

よくよく考えれば、英空軍の FSTA 計画でやっているように、PFI の枠組みを使って給油機の運用をまるごと請け負うのも、レッキとした PMF の一種。FSTA に限らず、昨今のイギリス軍は PFI 導入にやたらと積極的で、野次馬的に見ているこっちの方が心配になることもある。


「Skunk Works」(邦題 : 「ステルス戦闘機」) の中で、ロッキードのベン・リッチ氏は「機体の整備なんかは、空軍でやるよりも我々がやった方が、ずっと効率がいい」という趣旨のことを書いていたと記憶している。
そもそも、軍隊の組織は非常時に備えた冗長性の高いものになっているのが普通だから、コスト意識が頭から離れない民間業の視点から見れば、無駄が多いように見えるのも無理からぬところ。それだけ考えると、ベン・リッチ氏の言い分に首肯できる部分もあるのだが、「戦争請負会社」を読んで、なんてもかんでも民間企業にアウトソースすることの問題点について指摘されると、「ちょっと待てよ」とも思えてくる。

現実問題として、米軍の「Contracts」メールなんかを読んでいると、企業向けの発注というのは実に多岐にわたっていて、軍で使用する装備品やパーツなどの供給に限らず、たとえば基地の食堂運営や装備品のメンテナンスなど、実にさまざまな種類の業務が民間企業の手で運営されていることが分かる。JDW 誌の記事についても然りで、何か装備品を発注すれば、たいてい、本体に加えてスペアパーツと兵站支援業務がパッケージになっている。日本でも、艦艇や戦闘機の大掛かりな整備は民間企業の仕事になっている。

ということは、前線だろうが後方だろうが、軍隊がどこかで何かをしていれば、そこではたいていの場合、業務を請け負っている民間企業の社員が一緒にいることになる。ところが、昨今の不正規戦では前線も後方もない場合が少なくないから、民間企業の社員だからといって安心していられない。たとえば、戦域内で兵站業務に従事していれば、制服を着ていようがいまいが関係なく、襲われるリスクをともなう可能性がある。

ところが、「戦争請負会社」でも指摘されていたように、制服を着た軍人と違って、民間人については捕虜としての取り扱いなどに関する明確な規定がない。もっとも、国家同士が正規軍を使って戦争する場合と違って、不正規戦の相手はジュネーブ条約なんか知ったことじゃないというのが実情だから、制服の有無が捕まったときの取り扱いに影響することはないかもしれないが。

また、業務を委託した相手の民間企業社員が、敵対勢力に襲われて "自衛のために" 戦闘行動に入ってしまったら、国際法、あるいは発注元の国の法律に照らしてどうなのよ、という問題も考えられる。RMA 化のトバッチリでコンピュータが勝手に戦争を始めないように、"sensor-to-shooter" サイクルに人間の判断を介在させようという話があるが、それをいうなら、民間企業の社員が勝手に戦争を始めてしまう可能性についてはどうなのかと。

もちろん、軍隊に関連する業務の民間委託には、場合によっては効率の改善と経費節減につながるケースもあるわけで、一概に否定するのも問題がある。たとえば、基地の食堂業務を民間会社に出すとか、本国のメーカー施設で装備品のお守りをするとかいう程度であれば、おそらくは人畜無害で済む。イギリスでやっているような通信衛星の運用にしても、インフラを提供するだけなら、さほどの害はなさそうに思える。
しかし、同じ基地業務や整備業務でも、それを国外の戦域まで出かけていってやるのは、ずっとリスクが大きい。まして、コンサルタントや訓練を担当することになれば、それはベトナム戦争における "軍事顧問団" と似たようなことになりはしないか。

要は、民間委託しても問題ない範囲と、そうでない範囲の見極めが重要ということ。よく考えないで野放図に範囲を広げると弊害が出てくる可能性が高いし、特に軍事の世界では、実際にそうした問題が出てきているらしい。なんとも難しいものだと思った。


多分、この手の話は PMF に限らないのだろう。
たとえば、何かとお騒がせな郵政民営化。「官業でなければできない仕事は官業で」という考え方に立脚すれば、郵便は官業のまま、郵便貯金や簡易保険は官業である必要なし、というのが個人的な意見になる。判断基準は、すでに同種の業務が民間で成り立っているかどうか。

もっとも、日本における郵政民営化論議の背景には、(郵便貯金なんかを原資としている) 財政投融資に関する仕組みを変えたい、という話があるらしい。
それなら、本質的な問題、つまり財政投融資の仕組みを変えれば済むものを、いきなり郵政民営化に話を飛躍して、しかも業務内容に関係なく一律民営化するのは、話が違うんじゃないかと思わなくもない。しかも、民営化するとかいう割には税制面などの優遇措置がそのまま、というチグハグもある。

極端な話を書けば、「軍隊が民間企業でできるのなら、警察だって民間でできるだろう」といって、PMF ならぬ PPF (Private Police Firm。私の造語なので念のため) なんてものが出現したらどうなるだろう。却って、警察に対する信頼がなくなりそうだ。
それはどうしてかといえば、軍隊とか警察とかいう類の「力」を扱う業務は、国家の旗の下で、利益を度外視してこそ存在し得る公共性の高い存在だから。そして、制服を着て存在を示しているからこそ、初めて国民の側も安心感を持てる。同じ仕事をしていたとしても、民間企業にはそれがない。PMF よろしく、利益重視体質で武装して、「力」を手にされたのではたまらない。

マスコミなんかでは「民営 = 善」「公営 = 悪」と単純二元の善悪論に陥りやすいし、私が前に書いた記事を読んで、「こいつも同じ考えか」と早とちりしている人がいるかもしれない。しかし、以前に書いた記事で「業務内容によっては」と念押ししているように、それはあくまで、民営化していい業務としてはいけない業務 (または、しても利益にならない業務) を正確に区別できる、という前提があってこその話。「小さい政府」は個人的持論だが、だからこそ、小さくするやり方を間違えてはいけない。

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