Opinion : 偵察衛星は簡単な道具にあらず (2005/7/4)
 

最近、御多分に漏れず、私も Google Maps にハマっている。何が面白いって、自分が住んでいる場所、行ったことがある場所の衛星写真が見られるというのが面白いし、特にアメリカだと高解像度画像が多いので、海軍や空軍の基地施設を眺めるのも面白い。

提供されている画像は、DigitalGlobe 社のものが多いようだ。ここは米軍にも衛星画像を納入している会社。欧米には、自前で衛星を運用して写真を売りに出している会社が何社かあるが、そのうち Space Imaging 社が米軍からの注目を取り損なって、いささかヤバイ状況になっているらしい。
でも、アメリカのことだから、もしも Space Imaging 社がまずいことになっても、他の競合企業が事業を買収することになるのだろう。間違っても中国系企業による買収を許すことはあるまい (笑)

無論、民間に公開されているものだから、軍用の偵察衛星と比べればクオリティが落ちる (落とされている) のは間違いない。それでも、米空軍基地の写真を見れば、機種の判別がつくぐらいの解像度はあるし、海軍の空母や揚陸艦なら、フライトデッキに書かれた艦番号まで分かる。これが誰でも見られる形で提供されているのだから、とんでもない時代になったものだ。

ところで、これは中国や北朝鮮からでもアクセスできるんだろうか ? アクセスできた方が「こんなに丸見えなんだぞ」という威圧効果があって面白いかも。


それはそれとして。

たとえば、アメリカ本土の空軍基地かなにかを Google Maps で探そうとすると、あまり簡単ではない。メジャーな基地だと、検索窓で「ほげほげ AFB」と入力すれば一発でヒットするが、そんな僥倖に恵まれるケースばかりではない。第一、空軍基地なんていうのは田舎にあることが多いので、場所のあたりをつけるだけでも簡単ではない。せめて、最寄の街がどこかぐらいは知らないと。

Rand McNally などの道路地図があれば、基地の大雑把な場所は調べられる。ところが、道路地図というのは道路の位置関係しか分からない地図だから、それと衛星写真を突き合わせてみても、地図のどの地点が衛星写真のどの場所に該当するのかは、意外と分かりにくい。
嘘だと思ったら、試してみていただきたい。都市や山、川や湾、主要幹線道路、といった分かりやすいランドマークがないと、意外なほど難渋する。

それでも、飛行場はまだよい。平面的に広がっているし、滑走路という特徴的地形があるから、意外と見つけやすい (例 : 航空自衛隊浜松基地)。 これが、山の中にあるスキー場を探すとか、特定の建物を探すとかいうことになると、もはや根性の問題だ。東京都心部のように限られた範囲ならまだしも、対象範囲が広くなると、地図をスクロールさせながら目標に似た画像を見つけ出すのは、相当な執念無しには不可能になる。

特にスキー場は手ごわい。コースレイアウトが頭に入っていても、それが東西南北・どちらを向いているのかは意外と意識していないものだから、頭の中にあるコースレイアウトに合った形で木が切り倒されて、森の中に道がつけられているのを見つけ出すのは、意外なほどに骨が折れる。
たとえば、この写真からキロロを見つけ出せといわれたら、簡単にできる ?


で、何をいいたいのかというと、何の隠蔽策も講じていない施設を探すだけでも大変なのだから、たとえば「某国の秘密核施設」の類を偵察衛星の写真で見つけ出すのは、あまり簡単じゃないだろう、ということ。

仮に、建物、あるいはその他の施設が地上にむき出しで設置されていたとしても、それまで何もなかった、人里離れた山間部で施設の建設が始まり、やがて道路や建物が出来上がっていく、その様子を監視するには、まずどこを監視すべきかを明確にしなければならない。対象地域が広いと、それだけで大仕事だ。

たとえば、上に示した「キロロが含まれているリンク」は、北海道中部の山間地帯をカバーしている。この中のどこかに秘密施設を建設しているという情報が入っても、それを衛星写真の中から見つけ出すのは、どえらい重労働になる。どんな巨大な建物でも、これぐらい広い範囲をカバーする衛星画像になると、点ですらないのだから。

偵察衛星というと、解像度の高さが話題になる。本当に「地上に置かれた新聞が読める」かどうかはともかく、飛行機の外形の違い程度は識別できると見て間違いない。そうでなければ、巡航ミサイル搭載可能な B-52G とそうでない B-52G を、主翼付け根のフィレットの有無で区別する、なんて協定が結ばれるハズがない。
ただ、それだけ解像度が高いということは、1 枚の写真でカバーできる範囲は狭いということ。つまり、調査する側の労力は、解像度が上がるほど増えると思われる。

ひとつの解決策として、パターン認識の機能を取り入れた解析用ソフトウェアを用意して、以前の画像と最新の画像を比較する方法が考えられる。でも、撮影時の衛星の軌道が違えば角度が変わり、映り方が違ってくるから、それを補正するメカニズムを組み込まないと役に立たないと思われる (下図参照)。

この写真は新宿駅周辺だけれど、どういうわけか、小田急サザンタワーや JR 東日本の本社ビルは東側の壁面が、西口副都心の高層ビル街は西側の壁面が、それぞれ撮影されている。謎だ。


Google Maps をいじってみて感じたのは、「高解像度の写真撮影が可能な衛星」というハードウェアだけでは、大して役に立たないということ。それが撮影した画像を調査・解析・蓄積するノウハウも重要であり、それができなければ衛星写真の意味がなくなってしまう。アメリカみたいに偵察衛星の運用暦が長い国なら、相応のノウハウがあると見て間違いない。でも、最近になって偵察衛星に手を出した国では、その辺は「学習中」の場合も少なくないのでは ?

Google Maps が話題になっている理由のひとつに、「見慣れた景色を衛星から撮影すると、こんな風になるのか !」という新鮮な驚きがあるんじゃないかと思う。ただし、それは衛星写真の解析に際してもいえること。地上の風景が、衛星写真だとどのように映るのかを理解していないと、何が映っているのかの解析すらおぼつかない。

結局、偵察衛星を入れただけでは駄目で、解析ノウハウの充実や、HUMINT・SIGINT・COMINT など、さまざまな情報収集手段を併用した「どこを監視すべきか」という絞り込みもやらないと、とてもじゃないけど、やっていられない。それに、いろいろな情報源を併用しないと、欺瞞・隠蔽策にひっかかるリスクも高くなる。

そんなわけで、この分野でも、以前に書いた「ハードウェアだけでは駄目で、それを活用するためのソフトウェア部分が重要」という原則が適用されるのだった。偵察衛星を欲しがる国は多いけれど、手を出したら、それはそれで大変な世界。そのことを身をもって体感できるだけでも、Google Maps には価値があるんじゃないかと思う。

追記 (2005/7/11)
ある読者の方から、「立体視の原理を使うことで、衛星写真から変化を読み取るのは容易にできる」という指摘を頂戴した。なるほど、ステレオ写真と同じ原理ということだろうか。納得。この場を借りて、御指摘に感謝。

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