Opinion : 台風式公共事業戦闘機 (2005/9/12)
 

本当は先週の記事にしようと思っていたのだけれど、「相手が政治運動化しているのだから、総選挙前に上げておかなければ」ということでイカリングの話を先行させたため、一週遅れになってしまった。というわけで、今回は 8/25 付記事の続編。


空自の FX 選定に関して語る際に、誰からも異口同音に "当て馬" 扱いされているのが、ユーロファイター・タイフーン。

確かに、現時点で出来上がっているのは空対空専用のトランシェ 1 だけ。しかもフルに能力を発揮できるかというと怪しげだし、空対空兵装の本命たる Meteor や IRIS-T も未完成。マルチロール化を図ったトランシェ 2 はこれから作るところだし、完成版のトランシェ 3 は影も形もない。これでは当て馬扱いされても仕方がない。

最近の若い人は知らないかもしれないが、タイフーンはもともと、1970 年代にドイツで構想されていたカナード付きデルタ翼戦闘機 (確か、TKF70 とかいう名前) をベースにしている。デモンストレーターの EAP が 1985 年だったか 1986 年だったかに RB199 エンジンをつけて進空した後、本番の EFA (ユーロファイター) 開発に移行したという次第。つまり、現時点ですでに、手をつけてから 20 年以上が経過している。

もっとも、F/A-22 やラファールだって似たようなタイムフレームで開発されているけれども、特に F/A-22 はコンセプトも内容も価格も次元が違う機体だし、ラファールとて、現時点での完成度はタイフーンをはるかに上回る。
EAP と同じ時期にデモンストレーターのラファール A が F404 エンジンをつけて飛び回っていたのだから、その後の開発ペースの差は明瞭。しかも、ユーロファイター計画から飛び出してラファール計画をローンチしたのだから、実質的には追い越されている。(輸出商戦でラファールが勝てない原因は、価格の高さもさることながら、おフランス製の兵装しか使えない点にあるのではないか)

なんでこんな差がついてしまったかといえば、タイフーンは多国間の共同開発がいちいち裏目に出た、としかいいようがない。開発が遅れて、いまだ未完成品で、ステルスなんて言葉とは無縁だし、でかいカナードのせいで下方視界が悪そうだし、これを積極的に採用するメリットが見出せない。ギリシアが契約を反故にして、シンガポールが候補から落としたのもむべなるかな。

当事者以外では唯一の採用国・オーストリアも内心では、買い物を間違えたと思っているかもしれない。でも、それを口に出すと「ヨーロッパ統合に水を差す」と文句をいわれそうだ。アパッチの採用を決めたオランダみたいに。

そうこういっているうちに、さらに F/A-18E/F スーパーホーネットが現れて、F-35 の影もチラチラし始めた。シンガポールの F-15T 採用決定で大口の案件はおおむね確定してしまっただけに、タイフーンがこれ以上の海外セールスを獲得するのは困難と思われる。ブラジル ? あそこはアテにならん。


もっとも、多国籍の共同開発が全部、タイフーンのように散々なことになるわけでもない。一国あたりの市場規模が小さく、地理的条件が比較的似ていて、互いの往来もそれなりにあるヨーロッパでは、複数の国が共同で兵器、あるいは航空機を開発するのはよくある話。飛行機だけでも、コンコルド、ジャギュア、トランザール、トーネード、そしてエアバスといった具合に、いろいろと事例がある。

だから、多国籍プロジェクトにするのが駄目という訳ではないにしろ、多国籍にすると難しくなる部分があるのも確か。特に、要求されるものが多くなるほどハードルも高くなるから、戦闘機はもっとも難易度が高い部類に入る。

まず、要求仕様のすり合わせ。国情が近ければ要求仕様が似てくるとはいっても、常にそうなるとは限らない。現にユーロファイターでも、当初はフランスが入っていたのが、機体のサイズをめぐる意見がまとまらずに分離、ラファールを独自に開発した経緯がある。(フランスは、空母に搭載できるように小さくしたかった事情がある)
一応は成功事例に数えられるトーネードにしても、防空戦闘機が欲しかったイギリスが独自に ADV (トーネード F.2/F.3) を開発しているように、完全に利害が一致しない場合もある。基本的には、関係者が多いほど要求仕様のすり合わせは難しくなる。

それに、搭載したい兵装の種類でもめる可能性もある。どの国も、手持ちの兵装をそのまま、あるいはその後継機を搭載することでノウハウの継承やコスト負担の軽減を図りたいだろうから、関係国でそれぞれ兵装が違うと喧嘩になる。

そして、量産にこぎつけたときのワークシェア配分に関する問題。単純に考えれば調達数に合わせて比例配分ということになるが、国によって産業基盤が違うし、金額や工数だけでなく、どの部分をどの国が担当するかを決めるのも簡単とはいえない。分野によって奪い合いが発生したり、あるいは押し付け合いが発生したり、ということになっても不思議はない。
F-35 のように、異なる国の間で技術情報の開示をどうするかが揉め事の原因になる事例もあるが、これは特定の一ヶ国が主導的立場をとった場合の話。対等な協力関係では、これが問題になることは少ないかもしれない。

そして、もっとも手に負えないのが、途中でメンバーが抜ける、あるいは抜けそうになったときの取り扱い。現に、タイフーンでもドイツが財政難で手を引くの引かないのとゴタゴタして、これが Eurofighter から EF2000 に看板を架け替える原因になった。最近でも、イギリスが契約調印でてこずって足を引っ張り、トランシェ 2 のローンチが危ぶまれたりした。

そのイギリスは、ドイツ・オランダと共同で装輪装甲車を開発する MRAV (Multi Role Armoured Vehicle) 計画で終盤になって手を引いてしまい、他の 2 ヶ国に迷惑をかけまくっている。いまのところ空中分解していないけれど、その可能性は皆無ではない。だからこそ、オランダは手抜かりなく代替案を用意しようとしている。
ドイツはドイツで、A400M 計画に乗るか乗らないかを確定するのにモタモタして、他の関係各国に迷惑をかけまくった。

艦艇でも、イギリス・フランス・イタリアが防空フリゲートの共同開発を目論んだ Horizon 計画で要求仕様のすり合わせがうまく行かず、計画そのものが初期段階で空中分解してしまった。
この件に懲りたせいで、イギリスは空母建造計画をフランスと共同化する動きが出ている昨今、「いまさらフランスが提示する設計案を入れるのはまかりならぬ」として、すでに進行中の CVF 計画の設計案をそのまま使えと主張している状況にある。しかし、自国企業の立場を考えるフランス政府が、そのまま引っ込むかどうかは分からない。折り合いがつかなければ、最悪の場合、共同計画の空中分解ということもあり得るのではないか。


あれやこれやで、現在の戦闘機市場でもっとも立場が悪いのはタイフーンということになる。しかも、当事国のうちイギリスとイタリアは、F-35 と二股かけている状況にある。どちらも軽空母を保有しており、ハリアーの代替機が必要だから仕方ないが、ドイツやスペインにしてみれば面白くなかろう。

しかし、英独伊西のどれをとっても、いまさらタイフーン計画から抜けるのは不可能に近い。というのは、これをやらないと BAE Systems 社 (英) も EADS 社 (独・西) も Alenia Aeronautica 社 (伊) も仕事がなくなってしまうからで、石にかじりついてでもタイフーン計画を推進するしかない状況にある。

なんか、どこかで聞いたような話じゃないだろうか。アメリカで、NSSN (今の Virginia 級) 計画が遅れて造船所の仕事がなくなってしまったときに、つなぎとして Sea Wolf 級を追加建造したのと似ている。こうしないと、原潜建造に特化している会社が仕事をなくしてしまい、原潜建造という産業基盤事態が危うくなるからだ。

タイフーンと、ヨーロッパの航空メーカー各社の間にも、似た関係がある。トランシェ 2 のローンチがなかなか進まないで関係各国がイライラしたのも、所定のスケジュールでローンチしないとメーカーの仕事がなくなって、人と設備が遊んでしまうから。
つまり、タイフーンとは公共事業戦闘機であり、関係各国の産業基盤維持こそが最大の使命になっているといっても過言ではない。とりあえずブツが出来上がってから、スパイラル方式でチビチビと手を入れていくことになるのだろう。


もっとも、どこの国でも航空宇宙産業には似たような側面があるので、タイフーン計画の関係国だけを非難するのもお門違い。旅客機の分野で、Boeing (米) と Airbus (欧)、あるいは Bombardier (加) と Embraer (伯) のように、互いに競合メーカーを政府からの補助金受給ネタで叩いている事例もある。政府が "公共事業" として航空機メーカーにあの手この手でテコ入れするから、こういうことになる。

こうして見ると、A400M 輸送機にしても、この先すんなり進むかどうか。なにしろ、計画に関わっている船頭の数が多すぎる。さらに、機体の売り込みと引き換えに南アフリカのメーカーを参画させるなんて話が出ているから、さらに船頭が増えそうだ。輸送機で、戦闘機ほどクリティカルではないにしろ、大丈夫だろうか。

兵器の高度化により、単独で開発できる事例はドンドン少なくなっているのが現状であり、経費とリスクを分担するためには、国際共同開発の流れは止められない。ただ、ジャギュアやトーネード、コンコルドなどの成功事例を見る限り、近隣で国情が似たもの同士が 2-3 ヶ国程度まで、というのがひとつの成功基準になるのではないか。船頭が多すぎると船が山に登ると思う。

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