Opinion : 意外な兵器輸出国 (2005/9/19)
 

Google で検索するといろいろヒットする、社民党・福島党首の迷発言。
(注 : この件に関しては真偽が確認されていない由で、事態の推移を静観中。また、それについて「成城トランスカレッジ !」が掲載した批判記事に対する当サイトの見解として加筆したものは、こちらこちら)

「ですから、日本はスイスのような平和中立国を目指すべきなんですぅ」
「いえ、例えばスウェーデンみたいな中立国もあるわけですしぃ…」
「えーと、ベルギーのように歴史的に中立を貫いた国もあるんですぅ」

ところが、これらの「中立諸国」は、見た目の平和的イメージとは裏腹に、兵器輸出の分野では意外な大物だったりする。

ホワイトバンド・キャンペーンに対する批判の中に「イギリスはアフリカに武器を売りたいから、そのための資金を作らせるために日本に債務免除を求めさせる運動を起こしたのだ」というものがある。コトの真偽はともかく、兵器輸出国というと米露英仏中、いわゆる国連常任理事国のイメージが強い。ところが実際には、国によって意外と得手・不得手な分野がある。それに、得意とする市場も違っている。メーカーの勢力地図も、かつてとはずいぶん違ってきている。

という訳で今週は、兵器メーカーに関する雑談をいろいろと。なんか、書き上げてみたらリンク集みたいになってしまった。


まず、スイス。「アルプスの少女ハイジ」による刷り込み効果のなせる技か、スイスというと「美しい山々に囲まれた平和的国家」というイメージがある。ところが、スイスが国民皆兵制の下で、強烈な武装中立主義を掲げているのは周知の事実。現時点でそんなことを企む国はなさそうだけれども、もしも誰かがスイスに侵略した日には、国を挙げてのゲリラ戦で抵抗されること請け合いだ。
amazon.co.jp などで何気に売れている「民間防衛」という本があるが、これはスイス政府が国民向けに配布した資料がベースになっていたはず。

ちょうど今、「中立国の戦い」(飯山幸伸著) を読んでいるところなのだが、この本で真っ先に出てくるのがスイスの話。スイスが中立方針を掲げるに至った歴史的背景や、その過程での交換条件としてスイス人が各国に傭兵として出て行った話が取り上げられている。その他の国の話も含めて、なかなか重い一冊で、安易に「中立」なんていえないぞ、ということがよく分かる。

そんなスイスは、時計に代表されるように精密機械工業が盛んな国。そして、兵器産業も盛んな国。

まず、Oerlikon Contraves 社。機関砲の名門として知られているが、対空・対戦車両用の ADATS ミサイルなんていう珍品も開発している (でも、売れなかった)。陸自の 87 式やドイツの Gepard といった自走対空機関砲が使っている 35mm 機関砲 KDA も、ここの製品。そういえば、零戦が使っていた 99 式 20mm 機銃は、ベースが Oerlikon MGFF だった。

そして、今は事業売却でドイツの会社になってしまったが、拳銃や自動小銃の名門・SIG。確か、陸自の制式拳銃がここの製品 (ミネベアでライセンス生産中)。
さらに、練習機を作っている Pilatus 社や、現在は米 GDLS (General Dynamics Land Systems) 社の傘下に入っている MOWAG 社。MOWAG といえば装輪装甲車の名門で、米陸軍の Stryker や米海兵隊の LAV は、元をたどればここの製品。それ以外にも、多数のカスタマーを抱えて世界的ベストセラーになっている。


続いて、スウェーデン。スウェーデンといえば Bofors Defence 社で、かつてなら太平洋戦争で散々な目に遭わせてくれた 40mm 機関砲、今なら 84mm 無反動砲カール・グスタフ (国王陛下の名前 !) や、155mm 牽引砲 FH77、各種艦載砲やミサイル、果ては指揮管制装置まで、製品ラインナップの幅は広い。

そして、携帯電話でもおなじみの Ericsson。いわば「スウェーデンの三菱電機」で、コンシューマー・エレクトロニクスから軍用レーダーまで作っている。小型の旅客機と組み合わせて、比較的安価に早期警戒機を作れる Erieye というレーダーがあるが、これも Ericsson 社の製品。車載式の対空監視レーダー Giraffe でも知られている。

最後に、忘れちゃいけない SAAB。日本では自動車のイメージが強いが、戦闘機メーカーとしてもおなじみの存在。日本の国情には合わないかもしれないが、個人的に JAS39 グリペンは好きな機体のひとつ。


ベルギーはどうか。ベルギーといえば、なんといっても FN Herstal 社。陸自でも使っている 5.56mm 機関銃 MINIMI を初めとして、銃器に興味のある人なら知らない者はいない。ペルーの日本大使公邸占拠事件で、現場に踏み込んだペルーの特殊部隊が装備していたのも、ここの P90 機関銃だった。(福島党首がこのことを知ったら、卒倒するかもしれない :-p)

そのほか、F-16 の導入が決まったときには SABCA 社が生産に参画している。

ついでに書くと、隣国・オランダには Thales Naval 社がある。いわずと知れた艦載レーダーの名門で、何かと物議をかもしている韓国の "独島艦" にも、ここのレーダーが搭載されている。いや、日本でもアメリカでも、そして世界各地で採用実績がある。

中立国というとオーストリアも該当するが、これがまた、Steyr-Daimler-Puch という大物を抱えている。ステアー AUG (Stg.77) 自動小銃で知られているが、装輪装甲車・Pandur シリーズでも有名。(ちなみに、Steyr 社も GDLS のグループ企業だ。なお、AUG の担当メーカーは、現在では Steyr-Mannlicher AG & Co KG 社に移っている)

もうひとつ。これまた「平和的国家」というイメージが強いフィンランドも、Nokia 社ばかりが有名なせいか「兵器産業なんてあるの ?」といわれそうだが、Patria Vehicles 社は装輪装甲車・AMV (Armoured Modular Vehicle) を売り出し中。特にポーランドからは、700 両近い大量受注を獲得した。
同じ北欧つながりだと、ノルウェーの Kongsberg 社も、兵器メーカーとしては意外と大物だ。Penguin 対艦ミサイルが有名だが、最近では車載用のウェポン・ステーションでも知られている。


ホワイトバンドに絡めて、いろいろいわれているイギリスはどうか。実は、この国の兵器産業はあまり景気がよくない。景気がよければ、買収に次ぐ買収で会社がどんどんなくなったりはしない。イギリスの兵器メーカーの代表みたいにいわれる Vickers 社なんて、とうの昔になくなってしまった。しかも、格下というイメージのある Alvis Vehicles 社に買収されて。(そして、その Alvis が BAE Systems に買収されたというオチ)

艦艇メーカーは辛うじて複数残っている。ただし、その中には仕事がなくてヒーヒーいっている会社や、艦艇メーカーからの脱却を目指している会社もある。全般的に景気がよくなくて、わざと複数の会社に仕事を配分することで、辛うじて生きながらえている感じ。45 型ミサイル駆逐艦も CVF も、1 隻をわざとバラバラにして複数の造船所で造らせて、仕事を確保することになっている。先週のタイフーンと同じで、これも公共事業。

ミサイルについては、MBDA 社と Thales Air Defence 社 (旧 Short Missile Systems) 社が残っている。しかし、どちらも純英国資本とはいいがたい。

なんと、艦艇とミサイル以外の主要分野はほとんどが、BAE Systems 社のグループ傘下にまとまってしまった。しかも、戦闘機、練習機、艦艇、AFV、それと電子機器のシステム・インテグレーションといった高価な製品が主力で、アフリカの貧困国が買ってくれそうな小火器なんかは、イギリスにはろくなものがない。なにしろ、国産の SA80 自動小銃からして SAS に「駄目だこりゃ」と烙印を押されて、当の SAS はアメリカ製の M16 を使っているという体たらく。

アフリカ諸国向けの兵器輸出ということなら、その BAE Systems 社のグループ企業、南アの BAE Systems OMC South Africa (かつての Vickers OMC) 社が、むしろ要注意な存在かもしれない。現地の事情に合っていそうな装輪 AFV をたくさん作っている。(個人的には、ここの 8×8 装輪装甲車・Rooikat が、結構お気に入りだったりするのだが)

だいたい、第三世界の紛争でもっとも重宝されるのは、安くて単純で頑丈でメンテの手間がかからない AK 系列の自動小銃と決まっている。日本の 89 式なんか持っていったら、1 時間と経たないうちに「こんなややこしいものは要らん」と窓から投げ捨てられるに違いない。

そんなわけで、兵器輸出に関してイギリスを無罪放免していいとは思わないけれども、イギリスにばかりこだわるのも問題があると思う。むしろ、兵器と一緒に革命まで輸出しかねない、そしてアホな独裁政権に取り入っている中国の方が厄介な存在になってきているのだから。

それに、カネのない国は高価なハイテク兵器なんて買えないし、そもそも欲しがらない。そういう分野では、安さで勝負に出る傾向が強い、新興兵器輸出国の方が大きなチャンスをもっている。典型例として、韓国がインドネシアから艦艇がらみの案件を何件か受注している事例を挙げられるだろう。また、インドネシアやベトナムは、ポーランド製の輸送機を改造した洋上哨戒機の導入を進めている。


勝手につくりあげた「中立国 = 平和的国家」という虚像にすがるのも、過去に行われた兵器輸出のイメージで物事を語るのも、ピントのずれた批判につながる危険性をはらんでいる。特に兵器産業は冷戦終結後に業界地図も事業構造も激変している上に、国境を越えた M&A の連発で、国家と企業を一対一で対応させるのは難しくなっている。
そんな状況だから、批判するならするで、まずは現状をちゃんと確認しましょうね。ということで、今日はこの辺でおしまい。

関連記事 :
続・意外な兵器輸出国 (2006/6/12)


「成城トランスカレッジ !」による、当記事への批判発言について (2006/6/8)

冒頭の発言について福島党首の周辺、ならびにテレ朝は「そんな発言はない」と否定している、という話が出てきて、それをきっかけにして本稿を批判するエントリが立っている由 (現在、リンクは外されている。その真の理由は知らない)。相手が相手だけに、仮に件の発言が存在していても否定しそうな気もするが、それはともかく。

そもそも、問題のエントリを読めば分かるように、「成城」の主に対して直接「そんな発言はない」と返してきたのは福島事務所だけ。テレ朝への問い合わせは福島事務所から行われている。以下、「成城」の該当エントリから引用。

さて、とりあえずここまで調べた上で、福島みずほ事務所とテレビ朝日に上のような調査趣旨のコメントを沿え、「これは実際にあった発言か、それとも流言蜚語か。もし実際にあった発言であれば、何月何日にどのような文脈であった発言なのか。返事はブログで取り上げてよいか」という問い合わせのメールを送ったところ、福島みずほ事務所から以下のお返事をいただきました。掲載の許可をいただいたので、公開します。
荻上チキさま

このたびはご連絡をいただきありがとうございます。

お返事が遅くなり、申し訳ありません。

お問い合わせいただいた2件ですが、こちらでも発言についての問い合わせが多くありましたので、テレビ朝日に問い合わせたところ、調査したが見当たらないという回答をいただきました。

ぜひブログで取り上げていただいきたいと思います。

福島みずほ事務所

問い合わせた 2 件とは、「拳銃使用」云々という部分と「日本はスイスのような平和中立国を目指すべきなんですぅ」以降の部分のことなんですが、そのような発言はないとのこと。コピペの検証と、本人事務所やテレビ朝日がこのようなレスポンスをしてくれたことからも、この発言はネタ、デマの可能性が極めて高いと思います。無論、コメントが誤りで動画が出てきた場合に限り別なのでしょうが、テレビ朝日も否定しているのでその可能性は極めて低く、これまでも動画はずっと出てこなかったのだからこれからも出てこないのではないかと。というわけでこのコピペはガセビアと確定してよさそうです。

何やら日本語が怪しい部分があるが、まあいい。
これだけでは、福島事務所がテレ朝に対してどのような問い合わせを行い、それに対してテレ朝がどのような調査を行って、どのような回答をしてきたのかは皆目不明といわざるを得ない。福島事務所からテレ朝への問い合わせがどのような内容だったのか、それに対してテレ朝が全部の過去の番組ビデオを再生して確認したのかどうか、当事者以外は誰も知らない。そもそも、当の福島事務所にしても、何らかの物証に立脚して「発言はない」と回答したのか、単に記憶に頼ったのか、当事者以外は誰も知らない。

ところが、上記の回答をもって、鬼の首でも取ったように「そのような事実はないという返事だった」という結論だけが一人歩きする結果となっている。
そもそも、当事者に問い合わせて「発言していない」という返事が来た、というだけでは客観性に疑義がある。「ホリエモンに訊いたら、違法行為はしていないという返事だったので、彼は無罪です」といっているに等しい。それに、これでは被疑者に証拠集めをさせているようなものではないか。法曹の世界で、何のために裁判という制度があると思っておるのか。

つまり、問題の「福島コピペ」について「ソースがない」といって揚げ足をとることが、結果として「ソースがない、と否定することのソースの信憑性」にブーメランのように跳ね返ってくるということを認識すべきではなかろうか。
これをやり始めると、当該発言を記録したビデオでも出てこない限りは、ソースを追求する無限ループになって話が終わらない。「ある」ということを立証するよりも、「ない」ということを立証する方が、はるかに手間がかかることでもあるし。

まあ、「成城」の主にとっては、「中立国が兵器輸出をガンガンやっている」という話がお気に召さなかったのかも知れないが。


話の流れがよく分からないという方のために。
Kojii.net で「意外な〜」をライブ、冒頭で福島発言をダシに使った
     ↓
「成城〜」が福島発言の実在に疑義を呈するエントリを公開
そのエントリで「意外な〜」にリンクを張って叩く
     ↓→※
Kojii.net のログ解析で、「成城〜」からのアクセス急増に気付く
     ↓
リファラをたどって「成城〜」を見に行った
     ↓
Kojii.net で「成城〜」の内容への反論を追加掲載。「成城〜」の
論拠そのものに疑義を呈する
     ↓
「成城〜」が「リンク先を荒らす人が出たから」という理由を掲げて
リンクを切る
(注 : Kojii.net に掲示板はなく、抗議メールは皆無、別館 blog も
 平穏そのもの)
     ↓
Kojii.net で「続・意外な〜」をライブ、「意外な〜」ともども経緯
を記した上で、「成城〜」にリンクを張り返す
     ↓
はてなの「リンク元」機能により、「成城〜」にリンクが自動作成
され続ける
     ↓
間違ってトップページにリンクしてしまったため、「成城〜」に
エントリが増える度に Kojii.net へのリンクが作成されている
     ↓
「成城〜」がリンクを切った意味がなくなった
     ↓
「成城〜」、しばしの沈黙後に反論エントリを掲載
それに対してこちらもレスポンス             ←今ここ


     ※
     ↓
2ch のν速に福島発言の真偽を検証するスレッドが立つ
     ↓
「やじうま Watch」が「成城〜」のエントリについて取り上げる
     ↓
2ch のν速+ に検証スレッドが立つ
     ↓
明白な証拠が出てこずに、肯定派と否定派の罵り合いで無限ループ
     ↓
火付け役の「成城〜」は、「ガセビアと確定して良さそうです」から、
「『ガセ確定』ではないよという話。そのとおりですね」
「『今のところソースないから、コピペコミュニケーションは危うい
かもよ』に訂正」にトーンダウン
     ↓
ν速+ からニュース議論板に場を移してループ中 ←今ここ

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