Opinion : 中国が空母を作るんだって ? (2006/3/20)
 

なんか、中国が「空母を作るぞ」と公言したらしい。

以前から噂されていたことではあるし、実際、あちこちから屑鉄扱いで中古空母を買い集めていた前歴もあるので、「何をいまさら」という感じもある。それに、中国に限らず "一流海軍" を目指したがる国はたいてい、空母を欲しがるもの。

だから日本でも、いろいろ理由をつけては「空母を作るべきだ」と主張する人が後を絶たない。その中のどこまでが軍事的見地に基づく意見で、どこまでが帝国海軍時代の栄光に近付きたいという願望によるものなのか知らないけれど。

しかし実際には、タイが見栄を張って軽空母を作ったら、運用する費用がなくて岸壁に繋留したまま、なんて笑い話もある。お隣の韓国でも、強襲揚陸艦のことを「空母だ」と騒いだ見栄っ張りなマスコミがいたようだし。


現実問題として、空母に限らず、存在するモノがすべて、常に最高レベルの即応体制を維持しているわけではない。米海軍の空母はよく知られているように 18 ヶ月サイクルが基本で、12 ヶ月かけて艦の乗組員や空母航空団の人員を錬成していって、最後の仕上げで 6 ヶ月のデプロイメントに出るのが基本パターンになっている。

ということは、少なくとも空母戦闘群×3 個分の艦船と人員、艦載機を揃えていなければ、常に空母戦闘群を送り出せることにはならない。分かりにくいかも知れないから、図にしてみた。

他の艦種にしても事情は似たり寄ったり。
たとえば、米海軍は George Washington 級 SSBN を 5 隻建造した。当時、SLBM の射程は短かったから、SSBN はソ聯のすぐ近くまで出張らないとといけない。となると、「哨戒海域にオン・ステーションする艦」「哨戒海域と母港の間を行き来する艦」「母港の近所で練成中の艦」「修理やメンテナンスをやっている艦」と割り当てていくと、5 隻はないと常時オン・ステーションを実現できないという計算になったのだと推察される。SSBN みたいな報復核戦力は、常に存在していないと意味がない。

なお、ここでは艦艇の話ばかりしたけれども、陸軍や空軍も、それほど事情は違わないと思われる。

だから、空母を作るとしても 1 隻では必ず配備に穴が空く。もちろん、何か花火を上げようと企んだときに、そのタイミングに合わせて空母とその艦載機の練成を進めて、即応レベルを最高水準に持って行くという方法はある。ただしそうなると、空母や艦載機部隊のネジを巻き始めたら周囲が警戒する、という図式になって、戦略的奇襲を実現しづらい。

それゆえに、アメリカ以外のまともな空母運用国 - つまりイギリスとフランス - は、空母を 2-3 隻保有する体制を維持していた。もっとも、今のフランスは代替スケジュールが狂って手持ちの空母が 1 隻しかない状態だが、これは例外。計画中の PA2 が完成すれば 2 隻体制に戻る。イギリスにしても、計画中の CVF は 2 隻体制。インドですら、ロシアから買い込んだ Admiral Gorshkov に加えて「防空艦 (Air Defence Ship)」という名の国産空母を加えることで 2 隻体制になる。

いいかえれば、空母を 1 隻しか持っていない国は、ある意味「見栄の象徴」として空母を保有しているといえなくもない。スペイン海軍はまだしも、タイ海軍やブラジル海軍など、どう見ても「空母を持っていることに意義がある」状態だ。


では、中国はどうか。

「空母を作る」と表明したものの、何隻作るとかいう話までは聞こえてきていない。多少は "本気度" を感じさせるかなと思うのは、空母以外にいろいろと水上戦闘艦を建造しているところ。中には「中国版イージス艦」と称される Type 052C みたいな艦もあるが、フェーズド・アレイ・レーダーを付けてればイージス艦ってわけじゃないのだから、この命名は問題ありだと思う。おっと、脱線。

中国の場合、アメリカみたいに地球の反対側まで空母戦闘群を送り込もうなんて大それた考えは持っていないと思われる。基本的には台湾海峡から西太平洋あたりまでが念頭にあり、そこで "洋上の覇権" を握る道具が欲しい、というところだろうか。

ただ、注意しないといけないのは、「あちらが空母ならこちらも空母だ」という単純思考でいいのか、ということ。
兵器というのはたいてい、ジャンケンでいうところのグーチョキパーみたいな関係があり、互いに「強い相手」と「苦手な相手」がいる。実際、太平洋戦争では帝国海軍の大和・武蔵が米海軍の戦艦と真正面から撃ち合うような事態は生起せず、代わりに空母機動部隊にやっつけられてしまっている。冷戦期には、ソ聯海軍は米海軍の空母に対抗するために潜水艦と巡航ミサイルに頼ろうとした。

空母というのは、基本的には搭載している航空機を使った制空権と打撃力が生命線だから、それに対抗するなら制空権と航空打撃力を実現する手段があれば良く、それはなにも空母でなければならない、とは限らない。

軍事と政治は不可分の存在だから、日本がまずとるべき対抗策は、アメリカ・台湾・フィリピン・シンガポール・オーストラリアといった国と協調して、太平洋西部に「不沈空母」をたんまり確保することだと思う。スポーツの試合じゃないんだから、必ず一対一で張り合わなければならない、なんて規則はない。利害関係が近い国がたくさん集まってタガを張り巡らす方法でも構わない。(特に台湾とフィリピンは重要で、ここに穴が空くとダメージが大きい)

すでに、「海自の 16DDH を発展させて本格的空母に」なんて妄想を口にしている人がいるようだけれども、それがどこまで現実的な策か、考えてみただろうか。そんなことに使うカネがあったら、もっと他に優先度が高い用途はいろいろあるはず。無尽蔵に予算が使えるならともかく、そうでなければ現時点で本格的空母の優先度は低い。まだしも、F-X として F-22A を買え、という方が現実味がある。(これだって程度問題だけれど)

ただ、輸送艦おおすみ級や 16DDH が「空母を目指す動き」と早とちりされている前例がある。実際にその気がなくても、そういうことなのだと勝手に思わせておけば、中国が空母機動部隊育成のために勝手にカネや人手をドンドコつぎ込むことになって、それはそれで意義があることかも知れない。

なにも、戦争というのは弾の撃ち合いだけでするものではない。相手に無駄金を使わせるのだって戦術のうち。SDI がいい例だけれども、大風呂敷を広げて相手を慌てさせて、対抗策のためにリソースを冗費させればそれなりの効果はある。個人的には、MD にも同様の意味があると思う。

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