Opinion : レバノン情勢を巡る報道の怠慢など (2006/7/24)
 

イスラエルがガザとレバノンで本格的な戦闘を始めてから、しばらく経つ。

mixi 日記なんかをチラチラと眺めていると、「イスラエル怪しからん」「戦争反対」なんていうのから始まって、「化学兵器や放射線兵器が投入された」という話になり、さらに尾鰭が付いて「異常な火傷を引き起こすレーザー兵器が使われている」「バスを乗用車サイズに圧縮してしまう超兵器が出現」「『レーザー』という一般名称では括りきれない『光速』技術が使われていると考えられる」とエスカレート。

それはひょっとして、ギャグでいっているのか ?

いや、驚いた。ひょっとして、何年か前に業界雀の間で話題になった「ボーイングの反重力研究」が、いつの間にか具体的な製品になって、"謎の超兵器" としてイスラエルに秘密供与されていたんだろうか。そんなアホな。THEL (Tactical High Energy Laser) だって、依然として研究開発段階にとどまっているというのに。
ついでに書けば、どこぞで槍玉に挙がっていた ADS (Active Denial System) は、まだイラクに送り込まれていない。スケジュールが遅れていて、投入は来年の話。誰かタイムマシンでも開発したんか ?


そもそも、「イスラエル軍の兵士 2 名がヒズボラに拉致されたのが原因で、それまで平穏無事だったレバノンで突発的に本格的な戦争が始まった」と思っている時点で、すでに認識が間違っている。

ヒズボラが、イスラエル北部にロケットだの迫撃砲だのを撃ち込んでいるのは毎度恒例のイベントで、何もここ最近に始まった話ではない。それに、イスラエル軍とヒズボラが戦闘を交える事態だって、以前から何度も発生している。

たとえば昨年 6 月には、レバノン南東部、Golan Heights に接する場所にある、面積 39 平方キロの Shebaa Farms という場所でイスラエル軍とヒズボラの交戦が発生している (JDW 2005/7/6, "IDF, Hizbullah clash in the Shebaa Farms")。

さらに昨年 11 月には、Rajar という村落の近所にあるイスラエル国防軍の監視哨に対してヒズボラが攻撃を仕掛けてきて交戦に発展、このときにイスラエル軍のメルカバ Mk.2 戦車のうちの 1 両が、AT-3 Sagger、TOW、AT-4 Spigot といった対戦車ミサイルを合計 7 発撃ち込まれたものの、乗員は怪我せずに済んだ (JDW 2005/11/30, "Merkavas weather Hizbullah anti-tank assault")。

そして今年の 5 月末から、イスラム・ゲリラ 2 名が暗殺された一件がきっかけになってヒズボラとイスラエル軍の戦闘に発展、ヒズボラが 122mm ロケットを撃ち込めば、イスラエル軍は戦車・火砲・航空機を組み合わせた組織的な攻撃で反撃という状況 (JDW 2006/6/7, "Fighting flares on Israel-Lebanon border")。

そのヒズボラは、国連安保理決議 1559 号に基づいて武装解除を求められており、それに対して反抗的になっているとされる。
それに、ヒズボラの後ろ盾にイランがいるのは、この辺の情勢に関心がある人なら先刻承知の事実。先週の対艦ミサイル騒ぎだって、イランがヒズボラに供与した (?) ミサイルが使われている。だからヒズボラは武器にだけは困らないし、どんどん攻撃を仕掛けることができる。それは黒幕・イランの利益にもなる。

こんな調子だから、兵士 2 名の拉致事件だけでいきなり本格的な戦闘に発展した、まるでイントロ抜きでいきなり本番を始めてしまったような話ではないのは、状況を見ている人からすれば分かり切ったこと。前から頻繁に撃ち合いをやっていたのに、それを誰も報じなかっただけ。

なにせ日本の新聞・TV ときたら、テポドン騒動はともかく、「(どうしてこんなに話題になるのか到底理解不可能な) 秋田子殺し事件」なんぞに時間と手間を冗費しているもんだから、いざレバノンで本格的な戦闘に発展すると、背景事情の説明がまったく足りない。それを真に受ける視聴者・読者まで、レバノンではイントロ抜きで本番が始まったと思ってしまう。

関連 :
超兵器警報発令 ! (週刊オブイェクト)
軍事板常見問題 FAQ


そもそも、こういう事態になると国家ではないヒズボラの方が "弱者" として同情的な見方を集めやすいし、また宣伝もうまい。アルジャジーラという強力な援軍もいる。仮に自分がヒズボラの関係者だったら、民家が密集した住宅地のど真ん中からミサイルやロケットをぶっ放して、それに対してイスラエルが反撃してきたらアルジャジーラのカメラを呼んで「こんなに婦女子が殺された」と宣伝するところだが、さて真相やいかに。

先週のネタにした UAV カミカゼアタック騒動もそう。
現時点では「UAV で体当たり突入」といえば珍しいから、実効性の有無とは関係なく話題性がある。それを国家ではなくてヒズボラみたいな非政府組織がやれば、なおのこと。「無人機というハイテクな装備を使いこなしているスーパーなゲリラ組織」というイメージ作りができれば、いい宣伝になる (もっとも、実質的にヒズボラはイランの別働隊みたいなもんだから、正規軍に近い存在と見ていいと思うが)。だから、そのインパクトを強調するべく、意図的に「UAV カミカゼアタック説」を吹聴した可能性が高いと思われるがどうか。

ちなみにこの件は、先週の記事にも後から加筆したように「最初に C-802 を撃ち込んで注意を引き、さらに C-701 を撃ち込んで Sa'ar 5 コルベットに命中させた」という説が出ている。ちなみに、どちらのミサイルも中国製、それをイランが購入している。(参考)

イスラエルという国も、一発叩くと 100 発ぐらい殴り返してくるようなところがある。周囲を敵国に囲まれて「イスラエルを滅ぼしてやる」といわれ続ければ、あれぐらい偏執狂的になるのも致し方ない部分もあるのだが…
それはそれで過剰反応に見えるにしても。世の中、能天気に「イスラエル怪しからん」とだけ一方的に非難する人がなんと多いことか。「どっちもどっち」というのが正直なところだと思うのだけれど。


ここはひとつ、日本が世界に誇る「無防備マン」が出かけていって、大田区での失地挽回回復を図るべく、レバノン、ヒズボラ、イスラエル、パレスチナ自治政府、ついでにシリアとイランにも、「話せば分かる」「無防備宣言すれば平和になる」「9 条を作りましょう。そうすれば誰も攻撃してきません」と呼びかけて回ってみてはどうか。当事者全員に公平に呼びかけるところがミソね。

それで劇的な成果が上がれば、日本の無防備宣言運動にも弾みがつくんでないの ?

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