Opinion : やっぱり守備固めが先でしょ (2008/6/30)
 

2 年近く前、テポドン騒動の後で「護りを固めずに何が攻撃かと」という記事を書いた。テポドン騒動のせいで、北朝鮮国内のミサイル発射基地を先制攻撃すべきだ、なんて威勢のいいことをいう人が続発したものだから、「まずは護りを固めるのが先」というつもりで書いた記事。

これに限らず、「防禦」よりも「攻撃」の方を重視する人は後を絶たないようで、戦史をひもといてみても、そんな事例がいろいろ出てくる。なにも日本の陸海軍に限った話じゃなくて。


あまり詳しい分野の話ではないけれど、野球やサッカーみたいなスポーツでは、攻撃力ももちろん大事だけれど、守備力もしっかりしていないと駄目なんじゃないのかな、と思う。

守備力が弱いと、相手チームに点を取られる。点を取られた以上に取り返せれば試合には勝てるけれども、相手の守備が相対的にしっかりしていれば、そう簡単には話が進まない。となると、やはりこちらの守備力がしっかりしていないと駄目なんじゃないの、と。要は攻守のバランス。

攻守のバランスという点では、他者を攻撃することにばかり長けていると、いざ自分が守勢に回ったときにグダグダ、なんてことがあるのかも知れない。なにも、スポーツの試合に限ったことじゃなくて。

考えようによっては、攻撃が得意なら「どこを攻撃すればいいかを知っている」ということだから、その知識を活用して護りを固められそうなものだけれど、実際にはそんなに単純ではない模様。
むしろ、攻撃することにばかり力を入れていた結果、自分が攻撃される立場に回ったときにどう対応すればいいのか分からなくて、却って火に油を注ぐ結果になったり、呆然と立ちつくしてしまって無為無策になったり、といった事例の方が目につくように思える。

確かに、「どこを攻撃すればいいか知っている」ということと、「攻撃されたときに有効な対応ができる」というのは別の問題。本来は別の問題だけれども、この両者が並立できないわけではないから、突き詰めるとやはり、これは危機管理能力の話なのかも知れない。

blog の炎上なんかでよくあるパターンは、炎上したときに blog 主が余計な挑発や応戦、しなくていいコメントや言い訳をして、さらに炎上を加速させるケース。投稿者のリモートホストを晒すぐらいはよくあるけれど、さらに「法的措置も辞さない」なんて言い出す人までいる。

どう見ても blog 主の側に非があるだろ、というケースでこれをやると、もう収拾がつかなくなるのは毎度のこと。それで最終的に焼け落ちた blog が、いったい幾つあっただろうか。なにも blog に限らず、他の世界でも発生する話だけれど。


じゃあ、攻撃のことばかり考えていて、守勢に回ったときのことをなにも考えていない (と思われる) 理由って何だろう。ということで考えてみたのは二点。

ひとつは、普段は何かに護られていて、守勢に回ったときのことなんて考えなくてもよい、あるいは考えなくてもよいと当事者が信じ込んでいるケース。

この場合の「何か」とは、なにも物理的な手段に限られているわけではなくて、何か大義名分を振りかざせば攻撃を回避しやすい、なんていうのも含む。また、大義名分の威力を過剰に信じ込んでいて、物理的手段なんて不要だと信じ込んでいるのも、このパターンに入るかも。具体的に何のこととはいわないけれど… と、これは攻撃のことばかり考えている人達とは違った。おっとっと。

もうひとつは、「攻撃は最大の防禦」といって、攻撃していれば守勢に回ることはないと信じ込んでいるケース。これは、先にもちょっと書いた「取られた以上に点を取れば勝てる理論」と言い換えることができるかも知れない。でも、現実には「取られた以上に点を取る」を実現するのが簡単じゃない。

もちろん、この両者の複合型というパターンもありそう。「うちには攻撃されても振りかざせる大義名分があるし、それに乗じてひたすら攻撃を続けていれば OK」みたいな調子で。でも、そういうイケイケドンドンなやり方って、勢い込んで突撃したところで足下をすくわれて、大コケしそうではある。

どちらにしても、「大義名分」の威力には限度ってものがあるし、攻撃していれば守勢に回ることはない、というのも幻想に過ぎない。そんなわけで、やはり最初に守備固めをしっかりやった上で、それから攻勢に出るのが正解なんだろうな、なんてことを考えてみた次第。他人の不祥事を叩いていたら、その本人の足元で不祥事が露見して火を噴いた、なんて最悪だもの。

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