Opinion : 個人の思想と組織の立ち位置の関係 (2009/7/27)
 

先週の本欄で取り上げた、「9 条の会の呼びかけ人が、自ら武装して他人に斬りかかったのは、自分が立ち上げた組織が平素に行っている主張と矛盾している」という話。それに対して、「自衛官が殺人を犯したときには云々」といって加害者を擁護している人がいた。

それを見たときには、なんともいえない「場違いな感じ」があったのだけれど、うまく説明できないのでスルーしていた。この件について、ちょっと答えが見えてきたような気がしたので、書いてみようと思った次第。


どういうことかというと、「組織の目的と、そこに所属している個人の思想は、常に一致していなければならない」と考えるからおかしいのだ、ということ。そういう前提で「自衛官が殺人を犯したら云々」なんてことをいうから、違和感を感じたのだなと。

もうちょっと噛み砕いて説明すると。
組織には大きく分けると二種類あって、「最初から、特定の思想の下に人が集まって出来た組織」と「そうでない組織」がある、ということ。

役所でも企業でもその他の団体でも、あるいは政党でも、特定の思想、あるいは目的の下に、それに賛同する人ばかりが集まるとは限らない。もっとも、企業・団体の場合、たまに社員、あるいは周囲の人間が宗教団体化する事例もあるけれど、それは全体から見れば少数派。

軍隊ひとつ取っても、(反戦派の人が大好きなお題目で)「国籍/永住権が欲しい」という場合もあれば、「何か技能を身につけたい」とか、「家が貧しいので、官費で高等教育を受けたくて」とか、特に戦闘機乗りだと「戦闘機を飛ばしてみたくて」とかいった具合で、志願する動機は人それぞれ。

レイモンド スプルーアンス提督なんかは、まさに「官費で高等教育」の典型例だし、チェスター ニミッツ提督みたいに「陸軍の兵士の凛々しさに惹かれて、士官学校を受けようと思った。ところが地元議員が推薦枠を使い果たしていたので、枠が空いていた海軍士官学校に行った」なんていう事例もある。それが太平洋戦争で活躍した大提督の始まりだったのだから、人生も歴史も、何がどう影響するか分からない。

でも、動機がバラバラでも、皆がそれぞれの動機に基づいて勤務することで、結果として国防の役に立つのであれば、傍からウダウダいう筋合いのもんじゃない。第一、「国の護りの役に立ちたいと思って」なんてことをいつも考えているような人ばかりになったら、そっちの方が怖い。会社でも同じだけれど、個人の目的追求が、結果として組織・社会の利益になるスタイルって、いちばん理想的だと思う。

そういえば、どこぞで「血の臭いに惹かれた人が軍隊に集まってくるのだ」なんていうスットコドッコイなことを、したり顔で書いている人がいた。それを書いた御当人が、実際に軍人と会って話したことがどれだけあるか、怪しいもんだと思う。
血の臭いに惹かれて集まるのは、軍人ではなくて、たぶん鮫である。

おっとっと、話が脱線した。
企業でも役所でも、多分似たようなもの。面接で「応募の動機は ?」と訊かれて、みんながみんな、同じ答えをしているとは思えないし、実際、そんなことはないはず。もっとも、面接でぶっちゃけて本音をいうとは限らないから、内心の動機が、という方が正解かも。

「地元で出来る安定した職業を求めて地方公務員に」という人もいれば、「犯罪の被害を受けた人を見て、なんとかしたいと思って警察官に」という人もいるだろうし、「名の通った大企業に入ればモテモテだろう」と考えて応募する人もいるだろうし (そんな動機で仕事が長続きするかどうかは知らん :-)。

私の古巣にしても、Windows を作って売っている会社だからといって、Windows 万歳 ! な人ばかりとは限らない。というかそもそも、Microsoft に Mac 好きが多いという話は昔からいわれているし、そもそも MacBU という部署だってあるし。でも、あの会社で「Mac 好きだから」といって業績評価の点が下げられることはない。会社は利益追求を目指す集団だから、仕事で結果を出せば点が上がる、結果が出なければ点が下がる。それだけ。

政党だって、思想性が強い政党とそうでない政党があるわけで、後者の場合、人によって所属の動機が違っていてもおかしくない。思想的には正反対だけれど、政権交代を実現して与党になりたいから… とかいう理由で離党せずに踏みとどまっている人がいたっておかしくない。どこの党の誰とはいわないけれども。

その一方では、対極的に、特定の思想を掲げる組織があって、その思想に賛同する人ばかりが集まってできる組織もある。政党の中でも社民党や共産党や新社会党 (そんな政党もあったな) はそれに近いだろうし、今回話題の「9 条の会」や「無防備宣言の会」の類もしかり。
あとは、親米・親ユダヤのプロパガンダを垂れ流す闇の陰謀団体とか… (←しつこい)

なにがしかの思想に賛同して人が集まる組織であれば、組織が掲げている思想や主張と、構成員の思想や主張が矛盾するのは具合が悪い。現に今回の一件でも、みのお 9 条の会は「呼びかけの本意と相容れない行為をとった中井多賀宏氏を、今後みのお 9 条の会呼びかけ人としては扱わないことと致しました」と声明を出している。

もっとも、この声明の内容については別の観点から突っ込みどころがあるのだけれど、それは本稿の趣旨から外れるので、今回は書かない。

でも、特定の思想の下に人が集まるわけではない組織では、そもそも「組織の思想・主張と、構成員の思想の不一致」は発生しない。もちろん、司直の手にかかるような不祥事をやらかしたときに首を切られることはあるにしても、それは理由が違う。


そんなわけで、「特定の思想の下に人が集まる組織」と「それ以外の組織」を混同して、「組織の構成員と組織の間の、思想面・行動面などの食い違い」を論じるのは、意味がないんじゃないかと思った。つまり、この食い違いが問題になるのは、前者の「特定の思想の下に人が集まる組織」に限られるのではないかということ。

そういう事情を無視して、「それ以外の組織」を引き合いに出しつつ今回の「9 条ナイフ事件」で加害者を擁護するのは、あまり賢明なやり方とはいえないんじゃないかなあ、と思った次第。

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