Opinion : "タンカーを狙ったテロ事件" に関する雑感 (2010/8/9)
 

ペルシア湾で日本のタンカーが損傷した件について、アルカイダ関連のテロ組織が「自爆テロ」との犯行声明を出したというニュースがあった。

ただ、テロならテロで、損傷部位の塗装がほとんど傷んでいないように見える。近くで爆発があれば、熱でなにがしかの影響があるのではないかと思うし、爆発にしては損傷の度合が小さい。もっとも、写真のサイズが小さい上に色が黒だから、パッと見には分からない損傷が生じているのかも知れない。

とりあえず、テロ組織による犯行だという前提で話を進めることにして。


この件がテロ組織による犯行だとして、まずどういう対処が必要か。そこで脊髄反射式に「自衛隊を出して護衛させろ」というのは暴論。なぜかといえば、一義的には地元国が対処すべき問題だから。具体的に名前を挙げるならば、カタール、オマーン、UAE、バーレーン、イランあたり。

洋上で活動するテロ組織であれ海賊であれ、陸上に拠点を置かずに活動することはできない。それであれば、近隣の陸上を領土としている国家がテロ組織の拠点をつぶすのが、まずは最初の仕事。(だから現実問題として、BlackBerry の検閲とかいう話が出てきている)

ソマリアに海自を出す・出さないでもめたときに、反対派が「陸上の拠点に対処しなければ根本解決にならない」と主張したけれども、ソマリアでは暫定政府が辛うじて存在しているだけで、それも首都の一部を確保するだけで精一杯。国内の治安を自力でどうにかできるレベルではない。だからこそ、対処療法なのは承知の上で洋上での警備行動をやらざるを得ない状況にある。

ところがペルシア湾の場合、政府が崩壊して「北斗の拳」状態になっているわけではないから、そこにいきなり「自国籍商船の護衛だ」といって護衛艦だの航空機だのを派遣すれば、地元の諸国に対して「おたくの国の治安維持能力はダメだ」といっているも同然。それでは新たな外交問題の火種を撒いてしまうだけ。

テロ組織だろうが海賊だろうがなんだろうが、まずは地元国が自前の治安部隊で対処する。それをするのに、リソースや資産やノウハウが足りないということであれば、その時点で諸外国が支援する。というのが、外交的に正しいやり方ではないかと思うのだけれど。

で、もしも (あくまで仮定の話である。為念) 地元国でテロリストを "飼っている" なんていう話が発覚すれば、それはその時点でしかるべく対応するのが筋。そういう具体的な証拠が挙がってくるようであれば、経済制裁でも何でもやればよろしい。

近隣諸国の陸上に拠点がなくて、公海上の海底に秘密基地を構えている海賊だのテロ組織だのが存在するということなら、それこそ潜水艦スティングレイでも派遣すればよろしい。でも、いくらなんでもそんなことはあるまい。


あと、自衛隊でも他国の軍隊でも、「テロ組織が攻撃してくるから戦闘機や攻撃ヘリで護衛すべし」というのは、簡単そうでいて、意外と実現が難しい。アデン湾の海峡部、あるいはホルムズ海峡みたいなチョーク ポイントで、時間を決めて船団を編成して、そのときだけ護衛にあたるというならまだしも。

たとえばの話、商船には自由航行を認めて、その近隣でフルタイムの哨戒をやろうとしたら、資産がいくらあっても足りない状態になる。鉄道にちょっと詳しい人なら、車両運用ダイヤと同じ要領で図を書いてみればいい。進出時間・オン ステーション時間・ターンアラウンドタイムが決まれば運用図表を描ける。

実際にやってみると、ひとつところに常に在空させるためには、意外とたくさんの機材が要ると分かるはず。進出時間が増えるほど、オン ステーション時間が短くなるほど、所要の機材が増える。整備補修のための予備機を含めれば、さらに所要の機材が増える。しかも、広い範囲をカバーしようとすれば、所要機数がさらに増える。

結局のところ、攻撃機とか攻撃ヘリ (SH-60 やリンクスみたいな武装哨戒ヘリも含む) みたいな "シューター" は、ターゲットの存在を確認した後で出すようにしないと、資産がなんぼあっても足りない。何のために海自が P-3C をジブチに出しているのか考えればお分かりの通り、まずは上空から広域監視を継続的に行うための資産が必要。

多分、それをもっとも安価かつ効率的に行えるのは MALE UAV。「丸」の記事で書いたと思うけれど、UAV は眠くなったりトイレに行きたくなったりしないから、恒常的な広域監視のための資産としてはもっとも好都合。それで不審な動き、不審な船舶を発見したらシューターを送り込むと。そうでもしないと、資産が足りなくなって収拾がつかなくなってしまう。

「海洋利用の自由を確保するために海軍を出せ」は、一見したところでは正論だけれども、「時」と「場」と「状況」を考慮に入れて最適な方法を考えることを忘れると、ただの脊髄反射の暴論になってしまう。

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