Opinion : Twitter 考 (2011/11/7)
 

なぜか毎日のように、Twitter から「フォロワーが加わりました」メールが来る。フォロワーが増えて嬉しくないというわけではないけれども、「そんなに実のあるツイートをしているわけでもないのになあ」と当惑している、というのが正直なところ。

もっとも実際には、いちいち相手の過去のツイート内容を検討した上でフォローするかどうか決める、なんてことは多くないのだろうけれど。そもそも、これを書いている自分自身も例外ではないし。


以前から「blog は応接間、mixi 日記は茶の間」なんてことをいっているけれども、そのデンで行くと「Twitter は出窓」なのかもしれない。仕事を離れた自分の姿をチラ見させるという意味で。blog だとコメント欄のやり取りを通じて「対話」ができるし、公開相手を制限できる mixi 日記ならば、多少はプライベートに踏み込んだ話もできる。

そもそも、たった 140 文字で「何かを真剣に論じる」とか「何かを真剣に訴えかける」とかいうのは無理だと思っている。ときどき、ひとつのツイートに収まりきれなくて、複数のツイートに分けて長文を投げている人を見かけるけれども、それって blog か普通の Web ページでやった方が効率的じゃない ?

自分から議論を吹っかけるのもそうだし、誰かが吹っかけた議論に反論するのもそうだけれど、限られた文字数の中でやれば何かと制約が出てくるのは仕方ない。その中で話の筋道が歪んでしまえば、議論が議論にならず、ただの叩き合いに化ける。

しかも、引用・話の組み立て・その他もひっくるめた起承転結までを 140 文字の中でやろうだなんて無理な相談だし、仕方なく複数のツイートに分割すれば可読性が落ちる。そして一部を読み落としてしまい、それが原因で話の流れが歪んだり脱線したり、なんていうこともありそうだと思うけれど、どうだろう ?

ただでさえ、ネット上での議論は「正誤よりも相手に勝つこと」に重点が移りがちだというのに。これは Web 以前、パソ通の時代からずっとそう。ましてや Twitter は「脊髄反射量産装置」であって、筋道だった反論にはトコトン不向き。

そんなこんなの理由により、「Twitter は議論に向かないツール」だと思っているので、もっぱら馬鹿話ばかりしている。ある大学の先生に同趣旨の話をしたら「それで正解だ」といわれたことがあって、「我が意を得たり」と思った。

そりゃまあ、昨今は Twitter で何かするのがいちばんナウいというのは承知しているけれども、何事にも向き・不向きというのがあるわけで。ソーシャル メディアでもデジタル ツールでも何でも、「流行りだから何でもそれでやろう」ではなくて「適材適所」ということを、改めて考える必要があるんじゃないかなあと。


blog もそうだけれど、特に企業や官庁などがソーシャル メディアに手を出す場合、「公式サイトでは扱いづらい種類の情報発信」「小回りが効く情報発信」「ファン作りのために親しみを増すためのツール」といった位置付けが無難だと思う。特に、「会話」的な色彩が強い Twitter だと、それが顕著なんじゃなかろうかと。

そういう見地からすると、うまいことやってるなと思うのは在日米海軍司令部と海上自衛隊。仮にも公式といってよい存在なのに、統制がとれてなくて失敗したのが「まんべくん」。

多分、流行りや煽りに乗って「公式 Twitter アカウントを作りました」というだけだと、大した効果は期待できないだろうし、手間ばかりかかって面白くない、なんてオチになりそう。

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