Opinion : テンプレ化した批判は劣化の元 (2018/10/29)
 

本業に加えて、遅ればせながら「ドリーム マシーン」を読み始めてしまったので、ドタバタしていたら更新が遅くなってしまった。

その「ドリーム マシーン」。まだ最後まで読んでいないけれども、八割方読んだところで思ったのは、ちゃんとバランスのとれた書き方をしているなあというところ。擁護一辺倒でもなく、ハナから批判ありきでもなく、テンプレ化しているわけでもなく。

こういう風に書くのは簡単な仕事じゃない。V-22 について改めてちゃんと知るという意味ではもちろん良書だけれども、物書きの端くれとして学ぶところの多い本でもあった。

単なる「宣伝文句の垂れ流し」にならず、それでいて「ハナから批判ありき」にもならない。これって、実際にやってみるとすごく難しいのが分かる種類の話。


アメリカでも V-22 に対して批判的な人はいるわけで、それも当然ながら玉石混淆。ただ、最初から反対ありきで悪材料を探すだけというのではなくて、ちゃんとエンジニアリングの観点から検証しようとしている人もいる。

もちろん、それだってスタート位置次第では歪んだものになる可能性はあるわけだけれども、ちゃんとした論拠があるだけマシ。

そういえば今日だったか昨日だったか、「アメリカからの武器輸入が増えて、後年度負担がこーんなにいっぱい」という記事を載せた新聞があったらしい。いっちゃなんだけれども、この手の論法は冷戦期から連綿として受け継がれているテンプレである。

第一、いろいろな問題点がごっちゃになっていて、結果として焦点がぼける。アメリカから輸入するのがいけないのか、国産でやれといっているのか、それともアメリカ以外の別の国から輸入しろといっているのか。

たぶん、「トランプ大統領が嫌いだから、アメリカからの武器輸入が増えることはトランプ大統領の成果・得点につながってよろしくない」という感情はありそう。まあ、そうでなくてもアメリカ嫌いなのかも知れないけど。

後年度負担の話は先にも書いたようにテンプレであって、もう数十年も繰り返されている論法。それを延々と繰り返しているのは、批判する側に進歩がないのか、批判される側に進歩がないのか。なんにしても、一種の伝統芸能、恒例行事でしかない。

今売りの軍研で「そもそも "日本主導の国際共同開発" ってどういう意味なのか」と根源的な疑問を投げる記事を書いたけれども、そこを問うた記事なり番組なりを作った人って、他にどれぐらいいるんだろう。

案外と、字面だけ見て、なんとなく分かったような気分になっちゃってるのかしらん。もっとも、自分とて原稿を書いているうちに「待て待てちょっと待て」となって、それであの記述になったわけだけれど。


テンプレ化といえば「○○は欠陥品」とか「△△は開発計画が予定通りに行かずに (炎上している | コスト超過になっている)」という類のテンプレもさんざ使われているけれど、それを書いたりいったりしている人が、どこまで分かってるんかいな。と思うこともある。

自著で書いたこともある種類の話だと、スケジュール遅延とかコスト超過とか。これは自著でも書いたし、「ドリーム マシーン」でも取り上げられている話だけれども、そもそも遅延や超過を主張する土台になるベースラインが適切だったのか。と、そこまで含めて論じている人って、滅多に見かけない。

ハナから叩きありきで、そのための材料が欲しいだけということなら、ベースラインがどう決まろうが興味ないのかも知れないけれど。でも、それじゃあ生産的な批判にならない。

とどのつまり、変数だけ入れ替えた、テンプレ化した批判ばかり繰り返していると、批判する側もされる側も退化するんじゃなかろうか。なんてことを考えつつ、「ドリーム マシーン」の続きを読もうっと。

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