Opinion : 専門性が高いお仕事とキャリアパス (2019/3/11)
 

サイバー セキュリティだの、サイバー犯罪だの、という話が喧伝されるようになったせいで、警察や軍事組織が ICT 分野の専門家を必要とする場面が増えている。

ところが、民間でもニーズが多い分野だから、どうしても民間との間で人材の奪い合いが起きる。すると、官公庁は待遇の面でどうしてもハンデを負う傾向が出てくる。たぶん、日本に限らず他国でも同じだろうと思う。

ところが、せっかく ICT の専門家を雇い入れることができたとしても、問題はその後。たとえば、警察がサイバー犯罪への対処能力を高めるために ICT の専門家を雇い入れたとしても、まず普通の捜査官・警察官と同様の職種に就けるとしたら。

自衛隊にしても事情は似ていて、たとえば ICT の専門家を雇い入れた後で「まずサイバー戦士である前に普通の戦士でなければならぬ」といって、歩兵 普通科の訓練を受けさせたり、普通科連隊に配属したりするべきなのかどうか。

実は、報道の世界にも似たような話はあるらしい。今はどうだか知らないけれど、昔は新聞記者というと「今日はコロシ、明日はノーベル賞」みたいな調子で、一人で何でも書けないとダメ、という風潮を「メディアの興亡」で読んだことがある。

自分みたいなフリーランスの物書きだったら、自分が得意とする分野、興味がある分野にフォーカスして書くことができるし、インカムと引き換えに仕事を断る自由も (一応は) ある。

だから、意図しない分野の仕事をアサインされてクサるようなことは少なくできる。もちろん、断る自由を行使しすぎるのも考え物ではあるけれど、そういう自由があるというだけでも気分的にはだいぶ楽。


実のところ、この手の話は「どちらが絶対的な正解」というのはないように思える。組織としての立場からすれば、「分野が変わった途端に何もできなくなるのでは困る」「ゼネラリストになってくれないと困る」という考えは当然出てくるだろう。

米海兵隊が極めつけで、「海兵隊員は、まずライフルマンでなければならない」といっている。だから第一線の戦闘部隊はいうまでもなく、後方分野だろうが何だろうが、職種に関係なくライフルマンとしての訓練をやっている。

しかし、ことに専門性が高い分野になると、当人にしてみれば「この分野を極めたいのに」「この分野で力を発揮したいのに」という思いが出てくるのは当然の話。第一、専門性が高い人材を雇い入れておきながら、その専門性を発揮する機会を削ぐのは人件費と機会の無駄遣いじゃないか、という考えも成立する。

難しいのは、その「専門性の高い仕事」に就いていると、そもそも本人が「ゼネラリストになりたい、管理職になりたい」という考えを持っていない、あるいはそれが希薄である可能性が高くなりそうなこと。

煎じ詰めると、「組織の側が考えるキャリアパス」と「本人が考えるキャリアパス」のミスマッチ、というところに落ち着くんだろうなと。

部外者が単純に理想論を考えれば、「専門性が高い分野では、昇任して管理職になるような道はつかない代わりに、その道を究められるようにする」というのが落としどころだろう、という話になる。

でも、それだと組織としては具合が悪い部分が残る。将来の幹部候補が目減りしてしまうわけだから。それに、たとえばサイバー犯罪の捜査ということになれば、司法捜査官としての知識や素養がないと仕事にならないわけで、それをまったく知りません、技術の話しか分かりません、では使えない。

では、組織としてはゼネラリストを育てることに特化して、個々の専門分野については外部の専門家を活用するという形はどうか。これがちゃんと機能するかどうかは、その「外部の専門家」の声をちゃんと聞けるかどうかにかかっている。

(また引き合いに出すけど) 報道の世界は、それが往々にしてミスマッチを起こす典型例。「外部の専門家に話を聞きに行くのに、中の人が何も勉強していない」とか、「先にこしらえたストーリーに合うような話をエンドースするために、外部の専門家を利用する」なんていう具合では、外部の専門家にソッポを向かれる。


そういえば。DARPA (Defense Advanced Research Projects Agency) では自前で人材を確保して研究開発をやっているわけではなくて、外部の企業や研究機関に委託する形をとっている。DARPA には「目利き」がいて、「予算をつけて成果を引き出す」ことに専念している。

その仕組みがちゃんと機能しているのは、DARPA の中の人と、外部の企業や研究機関の関係性がうまく機能しているからなんだろうなと。

DARPA はあくまで「国の護りの役に立つかどうか」という見地から判断して、おカネを出し、方向性を定める。ちゃんと成果が出ていれば、外部の専門家にいくらか奇矯なところがあっても目をつぶらざるを得ない、なんてこともありそう。

企業や研究機関の側は、その目的から逸脱しないという前提で、専門性を存分に発揮する。その代わり、カネに加えてある程度は、口を出されることも承知していないといけない。あくまで本来の目的からの逸脱は NG。

組織の側は、外部の専門家が持つ知識や知見や能力を尊重して、敬意を払う。その代わりに成果はしっかりいただく。外部の専門家の側は、本来の目的をちゃんと踏まえた上で、結果を出そうと努力する。そういう関係がちゃんと構築できないと、外部の専門家を活かせない。

では、内輪で専門性が高い人材を確保する場合はどうしたらいいんだろう。ゼネラリストを目指すキャリアパスと、専門職に徹するキャリアパスの二本立て ? そんなこと可能なんだろうか。うーん。

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