Opinion : 最近、お仕事に関して思っていること (2023/4/17)
 

先日、突発的に加わったお仕事で、インタビュー取材をひとつやった。最初は、ありきたりなところで考えていたけれど、その後の検討や事前の打ち合わせをしているうちに、新手のアイデアがポンポン出てきた。

その結果、本番はテンポ良く話が進み、しかも面白い話が出るわ出るわ。どこにでもありそうな、変わり映えのしない内容のインタビューにならなくて良かった。編集部からも「面白いインタビューになった」との反応が。


これは特にうまく行った事例であるけれども。それ以外でも、「ありきたりのテンプレに可変要素だけ突っ込んで終わり」みたいな仕事は、できるだけしたくないなあと。そういう意識は持っているつもり。それでギャラはいただけるかも知れないけれど、結局のところ、読者が飽きて離れてしまうんじゃないかと。

もちろん、「業界のテンプレ」には過去の歴史や実績の積み上げに基づく「無難さ」があるのだろうけれど、問題は、そこに安住してしまうかどうかではないかと。たとえば、新車紹介記事ひとつとっても、訴求したいポイント、特徴的なポイントは個々の車両ごとに違うはず。なのに、みんな同じテンプレに押し込めてしまうのは、果たして正解といえる ?

これは艦艇や航空機でも同じこと。対象によって、あるいは取り上げるタイミングによって、訴求したいポイント、特徴的なポイントは違ってくるはず。それならば、「この対象だったらどこにポイントを置くべきか ?」を真剣に考えないといけない。

と、口先でいうのは簡単だけれど、これを実際にやるのはけっこう難しい。悩んだり苦労したり、なかなか納得のいく仕上がりにならなかったりということも間々あるけれど、そこで諦めて逆戻りしたら駄目だと思う。

たぶん、今の新聞・テレビ業界などに欠けているもののひとつが、こういう考え方だと思っている。前にも書いたことがあったけれど、あの業界は基本的にテンプレ化していて、「こういう出来事があったらこれをする」という定式へのこだわりが妙に強い。たぶん、そこから外れようとしても、上司や先輩に叱られるんだろうなと。

だから、「卒業アルバム」や「子供の頃の作文」を拾いに行くとかいう醜悪なことを、飽きもせずに繰り返すんじゃないか。としか思えないのだけれど、どうなんだろう。

たぶん、そのテンプレ化へのこだわり故に、「この状況下でこういう方向性の報道をしたら、どういう影響が生じるか」という方面への考えが至らなくなるんじゃないだろうか。それ故に、相手がノーベル賞受賞者だろうが元首相暗殺犯だろうが、(極端にいえば) 同じように「人間ドラマ」の枠に落とし込んでしまうのでは。なんてことを考えてしまう。


といったところでネタばらしをすると。

たとえば、東急グループ 100 周年トレインの記事を書いたとき。最初に話を聞いたとき、一瞬だけ「なんで東横線でも田園都市線でもなく、目黒線が "全部盛り" なの ?」と思った。しかしよくよく考えれば、歴史的経緯からして当然のこと。ならば、それを記事に盛り込まなければ。ということで、現場で東急の方に確認をとった上で実行した。

「この対象だったら何に重点を置くべきか」だけでなく、何かひとつ「へええ、そうなんだ」みたいなネタを混ぜる。実はそんな意識もあったりする。それがどれぐらいウケるか、数字につながるかは分からないけれども、何もしないより何かする方が良いのでは。と、そういう思いがあって。

それは文章だけの話ではなくて、(自分がカメラも務めているときには) 記事中で使用する写真についても同様。業界の定型みたいな写真は、もちろん押さえるけれど。それだけではなくて「何をどう撮れば特徴が出るだろうか ?」みたいなやつ。そんなプロセスが、しんどくて悩ましいけど楽しい。

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