Opinion : 職業の間口 (2026/3/2)
 

先日、ある記者の方と話をしていたときに出た話題のひとつに、「自衛隊の募集の苦労」があった。なにも日本に限ったことではなくて、他所の国でも同じような問題を抱えているという話は見聞きする。

最近では「3K」なんて言葉はあまり出てこなくなったけれども、国防に携わる仕事、身体が資本であるのはいうまでもないし、決して楽して稼げる稼業ではない。でも、現にその仕事に携わっておられる方はいらっしゃるわけで、そこは当然ながらリスペクトして然るべき。

それはいいんだけれども、ことに日本の場合、「熟練の技」とか「職人芸」みたいな話ばかりが強調されるのは、果たしていいことなんだろうか。と考えてしまった。まぁ確かにメディア受けはするんだけれども。


「職人芸好み」は特定の分野に限った話ではなくて、さまざまな分野で見かける話。自分の仕事のテリトリーだと、たとえば「新幹線電車の、複雑な形状をした先頭部をきれいに作り上げる職人さん」みたいな話がある。

もちろん、その技能はすごいんだけれども、それは一朝一夕に身につくものではなくて、相応の経験と鍛錬と努力があってのもの。

そこであまりにも、最終完成形としての技能のすごさばかり強調されると、却って「そんなの自分には無理だ」と始める前に諦める人が増えて、後継者が入って来なくなりはしませんかね。

無論、未経験者がいきなりすごい仕事はできない。でも、未経験者でも然るべき訓練と経験を積めば技能が身につきますよ、その可能性を試してみませんか、と。そういう話の持って行き方をする方が、後継者の育成につながるのではないかなあと。そういう趣旨の話をしていた。

ただし、教えてもらうことだけ考えるのではなくて、自ら向上心・探究心を持って努力することも必要ではあろうけれど、それは間口の広さとは別の話。

ことに国防に携わる組織は、「代わりがきく」ことが重要。射撃でも操縦でも操艦でも何でも、すごい技能を備えた人がいて、皆がそれに頼り切りになってしまったら、当人が戦死した後でガタガタになってしまった… とかいう話になっては任務を果たせない。

これは無論、個人個人を粗雑に扱っていいという意味ではないけれども、だからといって代わりがいなくていいということにもならない。すると、代わりを育てられるシラバスを用意して走らせること、それと同時に、後継になり得る人材が入ってくるような道をつけること。その両方が必要でしょと。


そういえば、自分がだいぶ前からしばしばいっていて、たぶん、ここでも書いたことがあったと思われる「アレ」があった。第二次世界大戦のときの状況を指して、「猿でも戦争できる仕組みをこしらえたのがアメリカ軍で、猿みたいなのが戦争をしていたのが以下略」というやつである。

猿云々は極端すぎるけれども、誰が入ってきても一定水準の技能・能力を身につけられる仕組みを作る。そういう教育訓練体制をつくるのは、それはそれでノウハウと経験と工夫が必要な話。でも、ことに国防組織において求められるのは、それなわけで。

そして、「高い技能・能力を備えた完成形」と「何も知らない新人」の間に、ちゃんと線を引いてつないで見せてあげる必要があるんじゃね ? そういう工夫をどこまでしてる ? という話。

いきなり「完成形」だけ見せて「自分で頑張ってなんとかしろ」では、間口が過度に狭くなる。手動進段方式の電車みたいなもので、ちゃんと一段ずつステップアップすれば最終段まで行けますよ、と。言葉を換えるならば、チャレンジ精神を引き出して、鼓舞して、ブーストするようなリクルートのあり方っていうんだろうか。

という観点からすると、過度な減点主義が跋扈してる (らしい) 昨今の撮り鉄業界ってどうなのさ。と最後にオチをつけておく。

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