Opinion : 謎の全能感について考えてみる (2026/3/16)
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ここ数年ほど、「ドローン」という言葉に謎の全能感を持っている人が目に付く。いうまでもなく、ウクライナにおける戦争が主因で。といっても以前から、別の主語で同じことが起きていたわけだけれども。
謎の全能感とはどういうことかといえば、「ドローンがあれば問題解決」「従来の装備体系はドローンで過去のものになった」といわんばかりの論調を展開する、という意味。自著でも書いた、「目新しいモノに対する熱狂」の具体例といえる。
でも、ずっと前から無人モノの旗を振っていた身からすれば、こういう論調は却って「けっ」という反応につながってしまう。
なにも、いわゆる無人モノに限ったことではない。たとえば、BEV も同じこと。主語は違うけれども、熱狂的に煽る人が展開する論調は似たり寄ったり。
現実問題としては、どんなモノでも技術でもサービスでも、プラスの一面もあれば、マイナスの一面もある。マイナスの面も踏まえた上で、「こういう場面には向かないけれども、こういう場面であれば、○○は有用ではないかな」という論調であれば、「ああなるほどね」となる。
でも、謎の全能感を抱いて、「話題の○○にいち早く目を付けた、情報感度の高い私」をアピールしたい人はたいていの場合、それをやらない。プラスの面ばかり強調するし、マイナスの面は知らん顔をするし、向き・不向きなんて知ったことではない。「話題の○○があれば、何でも問題解決」といわんばかりになりがち。
そして、その謎の全能感をブースターにして、相手かまわず手当たり次第に突っかかっていったりもするわけ。
逆にいえば、そういう「謎の全能感」を持ってプッシュする人は相手にしない方がいいんじゃないのかなあ、という、一種の試験紙の役割を果たしているともいえる。本当に利点も欠点も踏まえた上でプッシュする人は、そういうことはしないものだから。
そういう意味で、いちばんタチが悪いのは「自分が嫌いな○○をぶっ叩くために、対抗勢力たる△△を、謎の全能感を持ってプッシュしてくる」展開かも知れない。なにしろ「嫌いな○○をぶっ叩く」という前提が先に決まっているから、それを叩けそうな材料があれば、何にでも手当たり次第に飛びついてしまう。
あえて名指しはしないけれども、どこかの政党の支持者… というより信者に、よく見られる事例ではある。
あと、鉄道趣味界だと「国鉄」に対する謎の全能感・信頼感というのもある。
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だいたい、直近の活躍事例だけ見て「ドローンすごい、ドローンがあれば問題解決」などと熱くなってしまう人達は、「どんな新装備でも、有用性を発揮すれば対抗手段が出てくる」という歴史の教訓を無視している。
ずっと有用性を維持し続けている武器体系といったら、個人的には核兵器ぐらいしか思い当たらない。たいていの場合、対抗手段と対抗手段のぶつけ合いによるループの繰り返しになる。そこで重要なのは、いかにして迅速に対抗手段を編み出すかということだけれど、「謎の全能感」の虜囚になると、そういう視点が出てこなくなりがち。
と。ここまで書いたところで気付いたけれども、これが実は「自己救済のための一種の信仰」なのだと考えれば、謎の全能感や極端な全面肯定も納得がいくというもの。もし、も御神体が神通力を失うことになれば、とっととその御神体は見捨てて、新しい、もっとトレンディな御神体に鞍替えするんじゃないだろうか。
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