税務訴訟 [Round.2 : 私の主張]
 

私が、当局からの「給与所得とみなして修正申告せよ」との要求に異を唱えたのは、以下のような理由による。

  • ストックオプションは、権利の付与によって直ちに行使可能になるものではなく、一定の期間をかけて少しずつ行使可能の株の比率が増えるため、直近の労働に対する対価とみなすには無理がある。

  • しかも、いつ、何株分の権利を行使するかは、従業員それぞれの判断に委ねられており、それに対して会社側は一切関知していない。このような「給与」の出し方は、筋が通らないものである。

  • 企業の株価は、永続的に上昇するというものではない。そのため、権利付与があっても、所得はまったく保証されていない。現に、株の暴落によってストックオプションが紙屑と化した事例は、2000 年から 2001 年にかけて続発した。
    しかも、企業の業績が良好でも、別の外的要因によって株価が動くことも少なくないわけで、個人の業績に対する「成功報酬」と考えた場合、この制度によって得られる収入と業績の間に「直接的な比例関係」があるとみなすのは、無理がありすぎる。

  • つまり、ストックオプションとは、あくまで「将来的に多額の差益が得られるかもしれない」という制度であり、多額の差益を最初から保証しているものではない。相場の動向によっては、実際には差益は少額、ひょっとすると皆無かもしれない。
    それに、オプションの権利はある程度の時間が経たないと有効にならないが、その前に何か事情があって会社を辞めるかも分からない。その場合、権利行使によって差益を得る可能性はゼロである。

  • 見方を変えれば、これは給料の代わりに「宝くじ」を支給するようなものである。「3 億円当たるかもしれないから、これを給料として支給する」などという給与の出し方は、絶対にあり得ない。

  • しかも、海外親会社の株式を用いたストックオプションの権利行使による所得を「給与所得」とするという法的根拠は、現在に至るまで、まったく存在しない。つまり、当局は課税根拠のない課税を行っているのである。

  • そもそも、過去に「一時所得」として申告するように指導していたのは、当の税務署である。それを今になって、法整備、ないし法改正もなくひっくり返すというのは、おかしな話である。

  • その一方で、自民党の中川昭一代議士が大臣時代に、札幌の某病院の院長から頼まれて「国税当局に対する口利き」を行ったという疑惑が報じられるなど、国税当局の徴税業務における不透明さを示す実例はいろいろある。かかる事態を放置しておきながら、一方で勝手に「解釈の変更」によって課税強化を図るというのは、筋が通らない。

  • 当局が主張するように「当初より給与所得のつもりでいた」とするならば、過去の「所得税確定申告の手引き」の記述は、いったいなんであったのか。また、それならそれで、以前の年度から、確定申告書の内容を継続的にチェックするべきであったハズだ。
    ところが、少なくとも私個人の場合、2000 年 4 月の時点で「1998 年度分以前についてはこれから調べる」という話であった。これは、それ以前の年度の申告書を、その時点ではまだ、見てもいないということの傍証になる。

  • また、「過去の申告に遡及する」という点にも問題がある。この論法で行けば、消費税が 5% に上がったら、それ以前の消費支出のすべてについて、消費税の差額 2% を追加納税しなければならないということになる。そんな馬鹿な話はない。

  • この件に関して当局がもっとも使いそうな主張は、「所得隠しは過去に遡及して追徴することができる」というものであろうと想像される。
    しかし、「一時所得にしろ」と指導していたのは、当の税務署である。それを「所得隠し」というならば、過去の経緯から見て、国税当局が納税者に対して「所得隠し」を指南していたということになる。

  • 過去の確定申告書については、単に税務当局の怠慢で物言いがつかなかっただけという可能性も考えられる。しかし、それなら自分たちの職務怠慢のツケを納税者に転嫁しているわけだから、ますますもって許しがたい。
    だいたい、マイクロソフト株式会社がストックオプション制度を運用し始めたのは、ここ数年の話ではない。また、武蔵府中税務署の管内に居住していたマイクロソフトの関係者は、私ひとりではない。だから、「数が少なくて見落としていた」という言い訳は成立しない。いや、よしんば数が少なかったのだとしても、数が少なければ見逃すというのでは、とても公平な課税とはいえない。

  • また、「1997 年の商法改正によって、日本でもストックオプション制度が利用できることになったので、それを受けて所得区分の解釈を変えたのだ」というかもしれない。しかし、この一件が勃発したのは 2000 年春のことである。商法改正後、3 年も放置していたのだとすれば、それは単なる当局の怠慢であるという結論が導き出されるのは、至極当然であろう。

  • こうした事情から見て、当局の本音の部分は、1999 年から 2000 年にかけてのアメリカの株高と、それによる、日本における外資系企業社員のストックオプション行使増大、それに加え金額が大きなものになってきたという様子を見て、「あいつらは儲かってるみたいだから、取れるところから取っちまえ」という話になったという話ではないか、とみなさざるを得ない。

  • 一時所得・給与所得のいずれを問わず、金額が大きくなると税額も馬鹿にならないので、「納税の原資を得るためのオプション行使」という悪循環が、実際に少なからず発生している。すると、納税のために行使したオプションの収入は、またもや「給与所得」と認定されて高額の所得税を課せられ、その税金を払うために… という「自転車操業」が発生するのは間違いない。

  • そして、最後にはすべてのオプションを取り崩してしまう以上、自腹切腹による納税が待ち受けている。そもそも、平素の生活は月々の給与で賄っているのだから、オプションの行使をするというのは、何か多額の現金が必要な場合ということが多い。それなのにこのザマでは、ストックオプション制度の存在価値がなくなってしまう。まさに、外資系企業の社員に対する、公権力の濫用による嫌がらせである。

  • 私のように、退職に際して手持ちのオプションを短期間に集中して行使したケースでは、さらに事態は深刻である。なにしろ、当時は独立したばかりであるから仕事による収入には限りがあり、まだ貯金を取り崩して生活しているのが現状であった。そこへ追加納税だなどといわれても、納税の原資を得る手段がない。
    これを無理して支払うことは、独立後の設備投資と生活の資金に対して悪影響を及ぼす。つまり、公権力の濫用による生活と事業活動の妨害であり、日本国憲法に定められた生存権をも脅かしかねないものである。それとも、当局は「腎臓を売って税金を払え」とでもいうのだろうか ?

  • また、国内企業の一部業種では権利行使に際して優遇措置が認められているが、同業種の外資系企業には、かような優遇措置はない。企業の国籍によって扱いを違えるのは、レッキとした非関税障壁である。かかる事態を放置しておきながら、一方で「平等な納税」を振りかざすというのは、支離滅裂である。

  • マクドナルドのように、権利行使の時点でいったん株式を取得し、それを後で売却するというケースでは、権利行使の時点で購入価格と実際の株式の市価の差額が課税対象になっている。これは日本企業に対するストックオプション制度では非課税であり、日米企業で扱いが違うという、これまた「非関税障壁」状態になっている。こうした扱いがまかり通る理由について、当局からは何の説明もなされていない。

  • ストックオプションの権利行使によって得られる所得が「労働の対価」であるところの「給与の一部」であるならば、当然、それは源泉徴収の対象となる。給与所得者の給与は、源泉徴収制度の対象であり、例外はなかったハズだ。この点に関する当局の見解もまた、今に至るまで発表されていない。

  • そもそも、「租税法律主義」といって、税金をかけるには法的裏付けが必要であるとされている。にもかかわらず、法的裏付けのない課税を強行すれば、これは「租税法律主義違反」に他ならない。日本は法治国家であるはずだが、法的根拠のない課税が税務署員の胸先三寸で決まるとすれば、とても法治国家とはいえない。

  • 本件の最大の問題点は、当局の「解釈」ひとつで課税の基準が決まってしまうという点にある。つまり、「ストックオプションで得た利益はこう課税する」という明確な基準が、法律として国会で定められることが必要なのだ。

  • 当局がいうように、商法改正に伴う解釈変更なら、法改正によって正々堂々と「給与所得だ」という法的根拠を整えればいいものを、そうしないのはなぜか ?
    現に、拙宅に電話してきた武蔵府中税務署の根屋氏 (仮名) は、電話の席で「みんなそうしてるんだからそうしろ」の一点張りで、理由らしい理由は 1 ビットも口にしていない。あげく、「納税の義務」を振りかざして恫喝するのだ。こうなると、何か他人にいえないような理由 (署長か局長あたりにどやされた、あるいは昇進をエサにされた等) があるのではないかと思いたくもなる。

  • こうなってくると、今に至るまで法整備がなされていないのは、「この期に及んで法整備を行うと、過去の分は「給与所得ではなかった」というのを認めることになり、都合が悪い。その点、「最初から給与所得と指導していた」と主張して所得隠しを捏造すれば、追徴課税も過去に対する遡及も可能になるので、実入りが増えておいしいし、これで手柄を上げれば昇進にも有利」という当局者の判断が働いていたのではないか、と邪推したくもなるのである。
    善良なる納税者を踏み台にして自己の昇進 (と退官後の天下り) を獲得するのが税務署員の一般的体質だとすれば、それは「公僕」ではなく「国賊」である。

つまり、要約すれば、本件は「当局によって捏造された所得隠し事件」である、ということである。自分で過去に指導していた内容を自分で反故にしたのだから、とんでもない話だ。


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