税務訴訟 [Round.4 : 当局側の欺瞞に満ちた主張と、その背景を考える]
 

税務署員の言い訳は、こんなに支離滅裂

では、材料が出揃ったところで、武蔵府中税務署の佐藤氏が語った内容と、それ以前の別の署員が語った内容を検証してみよう。

「国税庁のホームページがあるし、税務相談室っていうのもあるし、それから、「タックスアンサー」っていう、電話で答える、FAX で答えるのもあるし、そういうのを利用していただくしか、こちらとしては、ないわけですね」
あいにくだが、国税庁の Web にも、「タックスアンサー」の Web にも、ストックオプションに関わる記述は存在しない (2000 年 11 月時点)。
念のために、同じ時期に国税庁の Web の解釈通達についても調べたが、結果は同じ。国税庁サイトの「キーワード検索」で調べても、インターネット上のロボット型サーチ エンジンで調べても、国税庁のサイトにおけるストックオプションの所得区分に関連する記事は、ただのひとつも引っかかってこない。つまり、インターネット上で国税庁が公開している情報は、本件に限っていえば「使えない情報」ばかりということだ。そんなものを根拠として持ち出されても困る。

では、税務相談室はどうか。これについては、現在はともかく、過去に本件についてどう答えたかというのを実証することは不可能だから、過去の課税分に関する議論で取り上げることはできない。当局が「過去にずっと、給与所得にするように指導していた」と主張しても、それは口先だけだといわれれば、それまでである。

「こちらとしては、公にされてる法律が元になってますから、「知らなかった」ということは、冷たいいい方ですけど、理由にはならない、と」
法的根拠がないと自分でいっておきながら、この台詞はないだろう。まあ、現在では所得税法 28 条にある「給与所得」の解釈を強引にこじつけているのが当局の見解であるわけだが、それは佐藤氏の発言より後で出てきた話だ。

「更正します」
不覚にも、電話の内容を録音しておかなかったので、証拠を突きつけることができないのが、返す返すも残念。しかし、確かにこういったのである。
まあ、税務署内部でもみ消し工作にかかるのは、間違いなかろう。彼らにとっては、納税者よりも自分達の組織防衛の方が大事だろうから。

ところで。武蔵府中税務署の佐藤氏は、明確な理由なくして「労働の対価である」と言い張り続けた。そこで、労務行政の本家本元、労働省 (当時) の労働基準局長の名前で、1997 年に出された通達の内容を見てみよう。

ストックオプションと労働基準法との関係

(平成 9 年 6 月 1 日基発 412 号)

改正商法によるストック・オプション制度では、権利付与を受けた労働者が権利行使を行うか否か、また権利行使するとした場合において、その時期や株式売却時期をいつにするかを労働者が決定するものとしていることから、この制度から得られる利益は、それが発生する時期及び額ともに労働者の判断に委ねられているため、労働の対償ではなく、労働基準法第 11 条の賃金には当たらないものである。

したがって、改正商法によるストックオプションの付与、行使等にあたり、それを就業規則等にあらかじめ定められた賃金の一部として取り扱うことは、労働基準法第 24 条に違反するものである。

なお、改正商法によるストック・オプション制度から得られる利益は、労働基準法第 11 条に規定する賃金ではないが、労働者に付与されるストック・オプションは労働条件の一部であり、また、労働者に対して当該制度を創設した場合、労働基準法第 89 条第 1 項 10 号の適用を受けるものである。

つまり、ストックオプションを給与の一部として取り扱うのは違法だが、制度は労働条件の一部ではあるから、就業規則にそのことを明記すべし、というのが、この通達の骨子である。
日本語の分かる人なら、ここに書いてあることは容易に理解できるハズだ。税務署員とて日本人なのだから、ここに書いてあることは理解できるハズだ。それとも、税務署員というのは日本語を読めない人がなっているのだろうか (藁)

それとも、労働行政に関して、労働省のいうことよりも、国税庁のいうことの方が優先されるのが、霞ヶ関のルールなのだろうか ? お役所にはそれぞれ「ヒエラルキー」があって、国税庁は労働省よりも偉いということなのだろうか ?


"三年目" の疑惑

なかなか興味深いことに、「一時所得」として申告書を出しても、いきなり税務署から呼び出しが来ないことも少なくない。私が取材した範囲では、誰もが「三回目」の申告を行った時点で所轄税務署から呼び出しを食らっている。

また、申告を忘れていた人 (これは本人に非がある) の場合にも、三年分溜め込んでから呼び出しが来たらしい。現在では、会社から国税にデータを出させているのだろうから、それで足がついた可能性が高い。

せっかく、国民の血税をつぎ込んで KSD こと国税スーパー出鱈目…
おっと違った。KSK こと国税総合管理システムなるものを整備して、全納税者のデータをこれにぶち込んで管理しているのだから、高額の一時所得を含んだ申告書、あるいは特定の企業に勤めている社員からの申告書を抽出するようにクエリーを仕掛けておけば、一発でデータを洗い出せる。そのためのコンピュータ化だろう。

にもかかわらず、どうして三年分溜め込んでいるのかといえば、これはもう、「延滞税」ならびに「過少申告加算税」狙いで、わざと時効ギリギリまで溜め込んでから呼び出しをかけているのだと邪推されても仕方がない。2 年目でもなく 4 年目でもないところが、偶然とは思えない。
もちろん、当局がこんな邪推を認めるはずがないが、偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎる事例が目につきすぎるのだ。

現に私の場合にも、最初の 2 年分は放置プレイされていたにもかかわらず (なにしろ、電話してきたときに「これから調べる」と発言したのだから、放置プレイだったのは確かだ)、3 回目の申告書を出した途端に電話がかかってきたのだ。このタイミングの良さには、明らかに作為的なものを感じる。


更正する、というウソの恫喝

武蔵府中税務署の根屋氏 (仮名) は、4 月に電話してきた時点で「更正する」と宣言したにもかかわらず、結局のところ、何もしなかった。私の場合、最初の電話から更正処分の通知まで、実に 2 年近くかかっている。

何か、更正処分ができないような事情があったなら、それを確かめもせずに「更正する」とぶちかましたわけで、とてもプロの仕事とは思えない。事情はどうあれ、「する」といったことを「していない」わけだから、これはレッキとしたウソツキである。

次に、その際に私が「それに対して不服申し立てができるのか」と問うたところ、「税務署長に対して不服申し立てができる」という回答があった。これは間違っていないが、正しくもない。

署長相手の不服申し立ては確かに第一ステップとして存在するが、それで不満なら国税不服審判所に話を持っていくこともできるし、さらに西岡氏のように裁判を起こすこともできる。ところが、そんなことはビタ 1 ビットもいわなかった。

こういう、納税者に対して法制度上認められている権利を「わざといわない」というのは、「相手が知らなければ思い通りにできる」という役人の驕りに他ならない。これも、納税者に対して認められている権利を正確に説明しなかったという点では「ウソツキ」といえる。
アメリカの刑事ドラマなんか見てると、犯人を逮捕するときにはちゃあんと「黙秘する権利と弁護士を雇う権利」について言及しているのをよく見かけるが、日本の税務署には、そういう意識はないようだ。まさに「天上天下唯我独尊」である。


一時所得で申告しろと指導していた事実を認めなかったウソ

「西岡裁判」以来、あちこちのメディアに出てきているとおり、東京国税局の関係者が職名を出し、大蔵省の外郭団体から刊行している各種の手引書のバックナンバーには、ちゃんと「一時所得で」と書かれていた。これは事実だ。

その辺の事情については、たとえば、以下のサイトが参考になる。

「マイクロソフト日本法人 ストックオプション利益申告漏れ」報道にみる税制問題 (@IT)
税務訴訟 (鳥飼総合法律事務所)

にもかかわらず、法廷でこの件を追求されるまで、当局者は判で押したように「一時所得で、などと指導した事実はありません」と大見得を切っていた。武蔵府中税務署の佐藤氏も、私がトボけてみたところ、「それ見たことか」とばかりに「一時所得などといったことはない」とかさにかかって攻めてきたものだ。

この佐藤氏の場合、トボけたらそれにひっかかったわけだが、そもそも、相手が具体的な証拠を提示できなければ「最初から給与としていた」として押し通そうというのだから、まったくもって卑劣としかいいようがない。
しかも、訴訟の席で言い逃れができなくなった途端に、今度は「誤指導だった」といい出す始末。もはや、憤怒を通り越して笑ってしまうしかない。次には、どんな言い訳を持ち出すことやら。


そもそも動機は何 ?

今回の一件で気になっているのは、どうしてミエミエのウソをついてまで国税当局が強引に変節したのか、という点。そこで推測したことがひとつある。ただし、これはあくまで推測である点に御注意いただきたい。

今回、ターゲットになっているのは、主としてアメリカ系の外資系企業。これらの企業では、株価ベースのインセンティブ制度の導入によって、給与水準をある程度抑えていることが多い。
…ということは、ストックオプション課税の強化はこうした企業の社員の可処分所得を削減する効果が大きいから、結果として社員のモチベーション低下を招き、ひょっとすると人材の流出にもつながりかねない。それによって、間接的に日本企業の競争力を相対的に引き上げるという、一種の非関税障壁を作ろうとしたのではないか。

もちろん、直接的な動機としては税収増があるにしても、世界に冠たる優秀な日本のお役人のこと、他に何らかの深慮遠謀がないとは断言できないだろう。
目に見えやすい形で何らかの非関税障壁を導入すればアメリカの政府や議会が騒ぐだろうが、こういう方法なら目につきにくい。しかも、特に IT 分野で世界を席巻しているアメリカ企業の足を引っ張って、(i モードや TRON のような) 日本製品を世界に進出させる糸口になる可能性もある。

と、こういう推測をしてみたわけだが、これを考え過ぎと笑い飛ばせるだろうか ?


理解不可能な日本語 (2001/12/12)

また、当局の支離滅裂ぶりが露見した。

鳥飼総合法律事務所サイトの定期更新で、いわゆる「西岡裁判」の経過が逐次報告されている。その中で、原告側が

「雇用契約等に従属する従たる契約」の「従たる契約」とは、ストックオプション付与契約と解されるが、ストックオプション付与契約により、どのような労務の提供が課されたのか。

と問うたのに対し、被告側の返答は以下のようなものであったという。

ストックオプション付与契約は、一般にそれ自体によって労務の提供義務を生じさせるものではないので、説明の要はない。

さて。ここで、「税務調査の実況中継」の内容を想起していただきたい。
武蔵府中税務署の佐藤氏は、ストックオプションの権利行使によって得られた収入は「労働の対価である」としつこく主張した。しかし、それと上記の回答内容を突き合わせると、

ストックオプションとは、それ自体によって労務の提供義務を生じさせるものではない「労働の対価」である。

ということになってしまう。
「労務の提供義務は生じない」が「労働の対価である」とは、いったいどういうことだ。私ごときの平々凡々たる頭脳では、この日本語の意味するところは、まったく理解不可能である。まったく、世界に冠たる優秀な日本のお役人の考えることというのは、よく分からないものだ。


さらなる二枚舌ぶりが明らかに (2002/3/12-13)

相変わらず、法廷における課税庁側の言い訳は面白い。以下の内容は、鳥飼総合法律事務所のサイトに掲載されていた求釈明の内容を引用したものなのだが、

「雇用契約等に従属する従たる契約」の「従たる契約」というのは、ストックオプション付与契約をいうものと解されるが、本件ストックオプション付与契約により、どのような労務の提供が課されたというのか。

という原告側の問いに対して、被告である課税庁側の回答は

ストックオプション付与契約は、一般にそれ自体によって労務の提供義務を生じさせるものではないので、説明の要はない。

とのこと。
ところが、「西岡裁判」の席で原告側が「対価性」に関して追求したところ、

[1] 本件ストック・オプションが役務提供を原因として付与されている
[2] 本件ストック・オプションが役務提供を条件として付与されている
[3] 本件ストック・オプションの権利行使期間が退職により制限される

という理由により、「対価性がある」との回答。
「一般に労務の提供義務を生じさせるものではない」が「今回は役務提供を条件として付与されている」から「労働の対価である」とは、これいかに。一般論と各論を、都合よく使い分けているといわれても仕方あるまい。

この一連の課税庁側の回答を敷衍するならば、権利付与時に「役務提供義務」や「一定の期間勤務することの保障」といった項目がなければ、それは「労働の対価ではない」ということになってしまう。
そういえば、武蔵府中税務署の佐藤氏も「権利付与時の書類を見ないと (給与所得かどうか) 判らない」と発言していたが、その数秒前には「ストックオプションは労働の対価です」と言い切るという支離滅裂ぶりを発揮していた。それと同じだ。

つまり、一般論として「ストックオプションとは労働の対価である」と主張しているにもかかわらず、その根拠について突っ込まれると、いきなり各論に逃げるという対応ぶりが両者に共通している。
字義通りに解釈すれば、同じ課税庁による、これら 2 つの主張には明らかな矛盾があると思われるが、判ってるんだろうか。

それに、得られる利益が「市場価格に依存する偶発性」を帯びている以上、インセンティブとしての「動機付け」にはなり得ても、役務の提供に見合った「インセンティブの保証」は成立し得ない。そこのところの説明は、見事なまでに逃げている。(どうせ、訊かれても答えられないだろうけど)

ついでに付け加えるならば、課税するときには「行使時課税」で、まだ含み益しかない段階で税金をもぎ取るくせに、所得区分の解釈のときは「権利付与時」を持ち出してくるというのも、御都合主義丸出しな話。
権利付与の時点を指して「この契約は精勤の対価だ」と主張するなら、権利付与の時点で課税するべきなのでは。

結局、税金をかけるときと所得区分の解釈をするときで、それぞれ自分に都合のいい話を適当にピックアップしているだけで、制度の趣旨に対する理解もなければ、一貫性も理念も何もあったものではない、ということだ。
…いや、理念はあるか。「儲かってて、なおかつ取りやすいところから取る」という理念が。


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