税務訴訟 [Round.28 : 高裁判決の問題点など]
 

審理と判決の両方に問題あり (2004/11/13)

東京高裁・民事 17 部が、10/30 に「控訴棄却」の判決を出した。審理の過程で、見るからにやる気が (中略) という幹事の態度を露骨に見せていたので、この判決は織り込み済み。判決文も、基本的には国税側の主張を都合のいいところだけそのまま載せたという印象で、こちら側の主張に対して真っ向勝負をした内容ではない。判決文だか調査官の作文だか分からない、といったらいい過ぎか。

たとえば、「権利行使益は勤務先の企業から給付されたものではない」という主張については、以下のようにチンプンカンプンで意味不明な作文をしている。

また、本件ストックオプションは、それを付与されたものが権利行使可能期間内にその権利を行使するかどうかは自由とされ、権利行使を義務付けたり、権利行使に負担又はリスクを負わせるものではないが、権利行使益が生じることがあれば、それを米国マイクロソフトが自己の負担において当該被付与従業員等に対し提供するものであることが明らかである。

(中略)


そして、被付与者における権利行使益の取得は、付与会社たる米国マイクロソフトの損失にほかならず、付与会社が従業員に対してその損失分に相当する経済的利益を与える理由、根拠は正に従業員等である被付与者から受ける役務の提供にあると解するほかはない。

これはまさに「話のすり替え」以外の何物でもない。この文面だけ見ると、権利行使益を Microsoft Corporation が社員に引き渡しているように読めるが、これは事実に反する。社員と Microsoft Corporation の間に発生する取引は、当初に設定された権利価額 (option price) による株式のやり取りのみであり、それ以上でもそれ以下でもない。これはどういうことかというと、option price に株数を乗じただけの金額を社員が会社に支払い、相当する株式を引き取る、という取引だ。権利行使益に相当する損失を会社が負担しているわけではない。

したがって、「権利行使益をマイクロソフトが自己の負担において提供云々」のくだりは、「給与所得」という結論を導き出すための意図的な事実誤認、否、事実の歪曲である。ところが、後の方では、

当該従業員等が権利行使をすることによって、上記のとおり、当該従業員等に対して権利行使益に相当する含み益を取得させることになる場合があることを、付与契約の当然の内容として了解しているということができる。
そうだとすれば、ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、ストックオプションが付与された従業員等が付与会社から受ける給付であるというべきであり、これを本件についていえば、本件権利行使益は控訴人が米国マイクロソフトから受け取った給付であるというべきである。

と記述している。つまり、国税側の「含み益が移転した」という主張そのままだ。
これは、どう理屈をこねようが、実際に給付されていないものを「給付されたに等しい」とこじつけているだけだ。こんな言い分がまかり通った日には、あらゆる方面で無制限に「含み益が移転した」という拡大解釈がまかり通る事態になり、収拾がつかなくなる。第一、先に「権利行使益に相当する損失を会社が負担して」と書いておきながら、今度は「含み益が移転した」とはなんだ。

そもそも、この「含み益の移転」という記述と、先の「会社が権利行使益に相当する損失を負担して云々」という記述は真っ向から矛盾する。含み益の移転なら、会社に損失はないはずで、だからこそ「益」ではなく「含み益」という。どうやら秋山裁判長は、「含み益」という言葉の意味を御存じないようだ。

そもそも「所得」とは、経済行為によって得た「収入」から、「経費等」(必要経費に加えて、各種控除を差し引くという意味) を差し引いた残りである。したがって、所得の計算は、実際に行なわれた「経済行為」の実体に即して行われなければならない。それを含み益が移転したなどといい出した日には、適当に都合のいいタイミングを設定して「含み益が移転した」と主張して、現場の裁量で好き勝手に税金をかけることが可能になってしまう。そうなったら租税法律主義は瓦解する。

さらにすさまじいのがこれ。

控訴人は、ストックオプションの権利行使前に権利者が死亡した場合は、ストックオプション理事かに対して相続税が課されるものであり、税務実務上もストックオプション自体を評価しているとして、ストックオプション自体が経済価値を有するものとして給与所得の課税の対象とすることも理論的には可能なはずである旨主張する。しかし、相続税は、相続によって取得した財産の時価に対して課税されるものであり、これに対して給与所得は所得に対し課税されるものであって、両社は課税対象を異にしているというべきであるから、相続税法上ストックオプション事態が課税対象とされたからといって、所得税法上もそれが課税対象とされなければならないものではないというべきである。

こういう文章を、「言語明瞭、意味不明瞭」という。
問題は、相続税と給与所得の課税の対象がどうとかいう話ではない。ストックオプションの権利そのものに価値を認めるかどうかだ。一方で「価値を認めているから財産として課税する」といい、他方で「行使に制限があるものに価値は認めない」と主張する、その二枚舌こそが問題なのだ。つまり、課税対象を異にしているとかどうとかいうのはまるで本筋の話ではないのだが、そっちの話を持ち出すことで「争点逸らし」を行なっている。

こういうハチャメチャな判決文を書くとなると、理屈をこじつけるには「べき論」を連発して話をこじつけるしかない。かくして、

給与所得の該当するか否かの判断において労務の対価性を問題とするのは、所得の性質を決定する基準としての対価性であり、従属的労働提供の見返りとして給付がされたという関係が認められれば、例えろ有無の質および量と給付との間に数量的な相関関係が認められないとしても、担税力に質的な相違を求めるべきではないと解すべきである。

という暴論が登場する。もっとも、これは「直接原因ではなく間接原因を重視すべきだ」という国税側の主張をコピペしたようなものだが、この言い分を敷衍するならば、所得税法がいうところの「所得の態様」とは、どのような経済的事由によって所得が発生したかではなく、どういう理由、あるいは立場で所得が発生したかに帰せられるという解釈になる。そんなのありか。何のために「所得区分」という概念があると考えているのか。

例の「信義則」の問題については、もはや収拾がつかないことを書いている。その文面とはこれだ。

他方、控訴人の保護を優先して、本件権利行使益を一時所得として取り扱った場合には、法に従った場合に徴収されるべき多額の所得税を徴収しないことになる上、平成 10 年以降正当な取り扱いへの統一がされた後に権利行使益を給与所得として申告し、納税したものとの間に著しい不平等を生ずることになり、却って正義に反する事態が生ずるといわざるを得ない。

ちょっと待て。この裁判は、その「正当な取り扱い」なるものが本当に正当なのか、「法に従った場合に徴収されるべき」の、その「法の解釈」がどうなのか、といったことを争っている裁判だ。最初から結論は決まっているのでもなければ、こんな寝言は書けない。これって判決文だっけ ? 国税の準備書面だっけ ?
はなから「給与所得として申告するのが正当」と書かれた日には、「これが何の裁判で、裁判官は何のためにいて、何のために税務訴訟という制度があるのか」と小一時間、否、16,777,216 時間ぐらい、秋山裁判長を問い詰めたいところだ。争点と結論をゴタ混ぜにしないでもらいたい。

こちら側が「収入」と「所得」の概念に関連する主張を行って当局に釈明を求めたのに対して、秋山裁判長は口先だけは話を聞くそぶりを見せたものの、それは「10 月 27 日に判決を言い渡します」と宣言した第 2 回審理の席でのこと。
口頭弁論終結に対して異議を述べたところ、秋山裁判長は控訴人の主張について、判決で裁判所の判断を示す旨を約束しただけでなく、控訴人に主張を補充するところがあれば弁論終結後も弁論を再開する、あるいは補充した主張を事実上読むので書面を提出してください、と明言している。ところが、判決文ではこの件に関する控訴人の主張について、一切言及すらしておらず、「なかったこと」にしてしまった

すでに、腹の中では結論を決めてしまっている (のであろう) 裁判長に「話を聞きます」といわれたところで、どれだけやる気があるのかと疑いたくなるのが自然だ。そして、先のようなフザけた内容の判決文。いわんこっちゃない。これなら、国税側準備書面のタイトルを「判決文」に書き換えれば済む話で、審理も何もあったもんじゃない。印紙代返せ (ぉ

手続き上、口頭弁論終結の時点で弁論再開申立書を提出したのだが、あっさり黙殺されている。判決文の内容からみても、おそらく、最初から結論は決まっていたのだろう。そうでなければ、あれほどとっとと結論を出したがるはずはない。「十分な議論を尽くさなかった」という言葉は、国会を初めとしてさまざまな方面で濫用されているが、こういうときにこそ使うべき言葉だろう。

本来の争点もさることながら、何よりも、審理の過程で見せた「やる気が (以下略)」な態度と訴訟指揮の内容こそ、最大の問題点であったといえる。もっとも、上記のように、はなから「給与所得課税が正しい」という前提の下で判決文を書くような裁判長なればこそ、ということはいえるのだけれど。

調査官制度の問題点 (2004/11/13)

ついでに、何回か言及したことがある「調査官」の制度について、以前に書いたことと重複するかもしれないが、私見をまとめておこうと思う。

調査官とは、国税庁から出向する形で裁判所に送り込まれているポジションで、税務訴訟に際しては、裁判官と共同で作業を行っている。
この調査官の存在が、実際の判決に対してどの程度影響しているのかを定量的に推し量るのは難しいし、密室で行われている審理と判決作成に際して、調査官がどのように関わっているかを知る術はない。したがって、調査官制度があるから納税者敗訴が増えている、と単純に断言することはできない。実際、税務訴訟における納税者の勝訴率について調査したサイトもあり、調査官制度の存在が確実にネガティブに作用しているわけではない、という結論を出している。
(ただし、裁判長によっては調査官が書いた判決文をそのまま素通ししているケースもある、という業界筋のタレコミ情報もあるので、油断はならない)

ただ、だからといってこの制度に何の問題もないとは思わない。名目、あるいは実際の審理結果がどうあれ、この制度を納税者側から見ると、司法の中立性を疑わせる存在であるのは確かだ。なぜなら、税務訴訟において国税庁とは被告であり、その被告の関係者が裁判長と一緒になって働いているということは、野球の試合で一方のチームの当事者がアンパイアを務めているのと同じことになる。たとえば、ナベツネ氏がアンパイアを務める巨人戦で、正常なジャッジが行なわれると思うだろうか ? 税務訴訟では、それと同じことが堂々とまかり通っている。

これでは、公正な審理など期待できないのではないか、と納税者が感じてしまう方が自然だ。実のところ、ストックオプション税務訴訟における問題の本質とは、権利行使益の所得区分問題などという瑣末な問題ではなく、国税庁における税務行政の実務内容と、課税現場の裁量行政体質、そしと取らんかな主義にある。

当初は「一時所得で」といっていたにもかかわらず、NASDAQ で IT バブルが発生して日本国内に億万長者がゾロゾロ出てきた途端に、取りやすいところから税金をもぎ取るために方針を 180 度転換、いきなり「給与所得だ」といいだしただけでなく、「過去に一時所得だと指導したことはない」と放言して、さらに延滞税と過少申告加算税まで付加した挙句、とどめにマスコミ相手に嘘の情報で塗り固めたリークを行なう。
こうした悪事を平然としてやってのける役所の関係者が「調査官」という肩書きで裁判所に送り込まれて税務訴訟の審理に首を突っ込んでいるという状況下で、果たして公正な審理が期待できるのかと。最大の問題点はそこだ。

たまたま、国税側の証拠隠蔽が甘かった上に、訴訟に持ち込むケースが続発したことで、「過去に一時所得だと指導したことはない」という嘘はバレた。それでもなお、「あれは一部の税務署における誤指導で云々」と悪あがきしている。いわゆる「官庁本」に堂々と「一時所得で」と書いていたにもかかわらず、誤指導とは何事か。
訴訟に持ち込まれて嘘がばれたため、延滞税と過少申告加算税については賦課を取り下げているものの、だからといって過去の悪行がチャラになるわけではない。国税庁としては、延滞税と過少申告加算税をまけてやったんだから大目に見ろ、というつもりなのかもしれないが、それは筋違いというものだ。

それに、(あり得ないことだが) 「誤指導でした」といういいわけが本当なら、税務行政の現場ではバラバラに当局の統制の及ばない課税実務を行っていることになり、「指揮」も「統制」もあったものではない。そんな役所のいうことを信用しろという方が無理だ。信義則とは、こういうところで使うべき言葉ではないのか。

かように税務行政に対する信頼が問われている状況下で、被告側の関係者が審理に首を突っ込んでいるという現状は、税務行政のみならず、税務訴訟制度の信頼性をも揺るがしているものといえる。国税庁が納税者の信頼を勝ち取りたければ、こんな馬鹿げた制度は即刻中止するべきだ。当局の主張に一点の曇りもない、誰が見ても納得できるものであれば、調査官がいようがいまいが、ちゃんと取り上げられてしかるべきなのだ。それなら正面から正々堂々と勝負して、納税者の主張を論破して見せればいい。何か間違ってます ?

で、これからどうするの ? (2004/11/13)

ちゃんと審理を徹底的にやって、こちらの主張が国税側によってコテンパンに粉砕された上での控訴棄却なら、まだ分かる。しかし、こんないい加減な審理をされたうえで控訴棄却などといわれても、納得して引き下がるわけがない。当然、最高裁に上告である。
記事を書いたタイミングの関係で、これをライブした時点で、すでに上告手続きは済んでいる。実のところ、これからが本当の勝負だ。地裁でも高裁でも、どっちが勝っても上級審に行くのは同じなわけで、もともと、最高裁まで行くことを宿命付けられた訴訟なのだから。

幸い、高裁の秋山裁判長のやる気が (中略) なので、先行する他の事案を抜き去って、かなり早い時期に最高裁に上がった部類に属するらしい。もし、うちで最高裁判決を確定させて原告勝訴となれば、それこそ偉大な勝利になる。頑張らなければ。


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