Opinion : いわゆる国防軍論議について (2012/11/26)
 

しばらく前、「自衛隊にも海兵隊が必要」という話が出たときに、「必要なのは海兵隊という看板ではなくて、島嶼防衛に必要な能力ではないのかという趣旨のことを書いた

そしたらなんですか、今度は「自衛隊を国防軍に」ですって ? なんだかなあ。以前から、「国防軍」とか「国軍化」とかいうことをいう人がいるけれども、なんだかピントを外しているように思える。


そもそも、どうして「自衛隊 (Self Defence Force)」という名前を変えたいのか、という根底の議論がすっぽ抜けているのが、この手の話に対して自分が冷淡になってしまう根本の原因。たとえ「憲法を改正した上で云々」という説明書きをくっつけてみたところで、この辺の事情は変わらない。

と、上の段落を書く際に確認してみて気付いたけれど、自衛隊の英語表記って "defence" であって、"defense" じゃないのね。と、それはともかくとして。

追記 (2012/12/3)
↑の記述、確か海自関連のサイトで確認して書いたのだが、後で「公式には "defense" を使用している」との御注進をいただいた。そのため、打ち消し線を付けておくことにした。

仮に、「自衛隊を国防軍に改称すべき」と主張している人が、「今の自衛隊では日本の国防の任を果たすことができない」と考えているのであれば。

それなら最初になすべきことは、「どうして国防の任を果たすことができないと考えているのか」「その際のボトルネック要因は何か」「それはどうすれば解決できるのか」「そのことと、国防軍という看板に掛け替えることの因果関係は何か」ということを、順序立てて、かつ筋道立てて説明できなければならないのでは。

そうではなくて、「今の自衛隊でも国防の任を果たすことができる」と考えているのであれば、今度は「それならどうして看板を掛け替えなければならないのか」を説明する必要がある。まさか、そこで「"軍" という看板が付かないのでは国家としての沽券に関わる」なんてことを、本気で考えているのかどうか。

冒頭でも書いたように、本当に必要とされるのは「看板というよりも、まずは能力」であり、その能力を発揮させるために必要な「意志」であり、そして「能力を発揮できる環境の整備」であるはず。

最初の二つについては、説明は必要ないだろうと思う。

では、最後の「環境の整備」とはどういうことかというと、必要な装備が適切に行き渡っているとか、燃料・弾薬を初めとする補給物資の備蓄・集積がちゃんとできているとか、隊員が心おきなく戦闘任務を遂行できるような法律や交戦規則の整備ができているとか、待遇面の手当てがちゃんとできているとか、そういう話。

たとえばの話、「ここで引金を引いたら、後で裁判沙汰にされやしないか」なんて心配をしながら任務に就くのでは、国防の任もヘッタクレもない。もちろん、不必要に他国との緊張を高めるような「イケイケドンドンな方針」を掲げるのは問題であるにしても、逆に「意思も能力もあるのに、後ろ手に縛られた状態で戦わなければならない」なんていうアホな状態を放置するのも、負けず劣らずの大問題。

どこの国でも交戦規則は必要なのだから、現状の規定で実情に合わない、任務を果たすのに不十分、ということであれば、他国のそれを参考にしながら手直しをするのが筋道。もしも、「日米同盟を基軸にした国防」という方針があって、しばしば議論のネタにされる集団的自衛権の問題が足を引っ張っているというのであれば、まずはそれを国民的議論の俎上に載せるべき。

といった具合にいろいろと書いてみたけれども。
繰り返しになってしまうけれど、「本来の目的」と、その「本来の目的を達成できているのか」「達成できていない場合には、阻害要因は何なのか」「それはどうすれば解決できるのか」という話をそっちのけにして看板掛け替えの議論だけやってても不毛じゃないかと、そういうこと。


誰がいい出すにしても、その「国防軍に改称する」とか何とかいう類の看板掛け替えの話ばかりを先行させると、却って「過去の時代に戻そうとしているのか」という要らぬ突っ込みを引き起こす事態につながる可能性が高い。実際問題、そういうことをいい出しそうな野党はいくつもあるわけだし :-p

そうなると、そもそもの本筋であるはずの「国防の任を果たすためには何が必要か、何が足りないのか」という議論が置いてけぼりになってしまう。それは結果として、本来目的である「国防」自体を危うくする。そういう事態を懸念する次第。

これって、たとえば「核武装」の話にも同じことがいえる。「核武装しないと国防が成り立たない」と思っているのかどうか、もしも核武装を実現しようとしたら何が必要で、その際の障壁が何で、それをどう乗り越えるつもりなのか。そこまできちんとまとめた上で核武装論議をするべきじゃあないかと。

もしも「大国たるもの、核兵器ぐらい持っていないと格好がつかない」とか「核兵器を持っていれば外交における発言力が増す」とかいう程度の了見だったら、それって北朝鮮やイランのことを、どうこういえないレベルではないのか ?

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